03,
小さなクレーター。
そう表現するのが1番適切であろう痕跡。
それが真闇の神魔鎧とアンデッドの幼女――ホニャの初戦闘の名残だ。
標的は小さな犬の魔物――ミニドッグワン。
子犬のような外見だが立派な成犬である。
その牙は鋭利であり、錆びた包丁よりは切れ味が鋭い。
その後ろ足は強靭であり、カモシカよりも高い跳躍力を持つ。
しかし爪はない。
びっくりするほど前足の肉球が気持ちいいだけだ。
故に攻撃方法はカモシカよりも高い跳躍力と錆びた包丁よりは切れ味の鋭い牙を活かした飛び噛み付きが主流。
迷宮から産出される資源というものは基本的に魔物から得られるモノである。
魔物の部位を剥ぎ取り、手に入れる。
しかし資源となる部位はどこでもいいわけではない。
基本的には魔物が最も信頼する部位――攻撃に用いる部位が資源となる。もちろん例外は存在するが。
ではミニドッグワンの素材は何か。
それは当然鋭利な牙。これは基本に忠実にその通りである。
そして強靭な後ろ足……ではなく前足の肉球である。
大した装備がなくても潜れる雑魚迷宮であるオイトでは真っ先に剥ぎ取りの例外が待ち構えているのだ。実にいやらしい。
しかして初戦闘を見事勝利で飾ったホニャ達はどうか。
初戦闘の痕跡は小さなクレーター。
ミニドッグワンは子犬のような大きさである。
素材は剥ぎ取らないと手に入らない。
つまりは。
「マイマスターよ。オレ様は悲しい」
「ぁぅ……」
「さすがにコレはないと思うのだよ」
「ぅぅ……」
「マイマスターの才能の凄さは嫌と言うほどわかった。だからといって素材も何も残さず魔物を消滅させなくてもいいんじゃなかろうか」
「ぁぅぅ……」
真闇の神魔鎧の中という幼女にとっても狭い空間でさらに身を縮めて小さくなるホニャ。
ハイテンションがモットーの真闇の神魔鎧ですら平坦な声しか出ないのは仕方あるまい。
ホニャが放ったライトバレットは奇跡の集中力により、最高に近いポテンシャルを発揮した。
初級と言う初歩に過ぎない魔法は、強力な事象を引き起こす事が出来る技術としては最小の効果しか生み出せない。
それでも同じ程度のキャリアの戦士を相手にすれば手玉に取れるだけの効果はある。
魔法とは使えるだけで十分なアドバンテージとなる技術なのだ。
だがモノには限度と言うモノがあり、素材は剥ぎ取らないと金にならない。
「……まぁ金はあった方がいいが今は魔力の方が優先だよな!」
「ぁ……う、うん!」
「マイマスターなら練習すれば威力もどうにか出来るだろうし、次だな、次!」
「うん! わたし頑張るよ!」
だがしかし、この2人に限って言えば必ずしも剥ぎ取りが必須というわけでもない。
要は魔物を倒して魔力を吸収できれば良いのだから。
だが金はあればあるだけいいものだ。
真闇の神魔鎧はただのハイテンション鎧ではない。
その精神は元人間であり、この世界の住人ではない。
彼は死んでこの世界に来た存在であり、彼が生きた世界では金があればほとんどの事が可能だった。
故に彼は今現在でも金はあればあるほどいいと思っている。そしてそれはこの世界でも通用する真実でもある。
「さぁマイマスター元気よく次をぶちのめすのだ! 見よ! あそこにいるのはサルっぽい何かだ!」
「えっと……アレはスリーハンドウッキだね」
「スリーハンドウッキ? うっきっきー?」
「ううん、ウッキ。さっきのミニドッグワンがワン種の最下級のようにウッキ種の最下級だよ」
「ほほぅ。マイマスターは博識だな。オレ様びっくり」
「えへへ……」
ホニャは老婆から魔法の知識を学んでいたのと平行して魔物の知識も教え込まれていた。
それは魔法使いという戦力はいずれ戦いの場に引きずり出されるものだからだ。
そのほとんどが魔物との戦闘であるために魔法の知識と魔物の知識は平行して教えられるものなのである。
当然知識だけではいざという時に戦えない可能性があるため、実戦も経験させる必要性はある。
しかし老婆の教えを受けていた当時、ホニャはまだ6歳だ。
実戦はあと1年は早いと老婆は思っていた。その考えは決して間違っていない。
彼女が住んでいたあの小さな村は魔物など滅多にでない極々平和で平凡な村だったのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ……マイマスターよ。原型を留めて倒せたのはいいのだが……」
「ぅん……」
発見したスリーハンドウッキ――背中にも腕が生えた3本腕の小型の猿――は今その頭部を消滅させた状態で漆黒よりも尚暗い鎧の前に転がっている。
頭がなくなってしまっているが完全に消滅してしまったミニドッグワンに比べればずいぶんとマシだ。
2回目の戦闘にしては筋がいいと褒めるべきところだ。
しかしそれはすでに過ぎ去った過去である。つまり真闇の神魔鎧はホニャの事をたっぷりと褒めた。
ホニャが犬であったら尻尾がはちきれんばかりに激ブレするほどに褒めてあげた。
しかしてそれはもう過去の事。
今はその後の反省である。だが今回はホニャは悪くなかった。
何が悪いのか。
「袋……とか、ないの……?」
「マイマスター。オレ様! 超! 手ぶら!」
誤魔化すようにハイテンションで言ってみた真闇の神魔鎧だったが、鎧の中から感じるジトっとした視線に恐怖と畏怖を撒き散らす外見にほんの少しだけ影が差した。
「と、とりあえず持てるだけ持っていく! そして換金して袋を買う! 完璧!」
「……そう、だね」
「それでマイマスターよ。こいつの剥ぎ取り部位は?」
「えっと、背中に生えている腕の二の腕部分」
「さすがマイマスター、博識だ! オレ様賞賛!」
「えへへ……」
ジトっとした視線をホニャを持ち上げることで消滅させた彼は計画通り、とばかりのあくどい笑みをその厳つい兜に浮かべ……ようとしたが出来なかったので心の中でだけやっておく。
そして剥ぎ取ろうとして気づいた。気づいてしまった。
「ま、マイマスターよ……。この辺をこう、切れ……ないか?」
「……剥ぎ取り用のナイフも買わないと……」
「も、申し訳ない……」
戦闘能力がないというのは伊達でも酔狂でもない。
厳つい恐怖と畏怖を撒き散らす鎧にも出来ない事はたくさんあるのだ。
故に彼は素直に謝罪した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戦闘能力がなくても真闇の神魔鎧は見た目は2メートル半もある巨大な鎧である。
その手は相応に大きく、多くの物が持てる。
しかし彼をしても腕は2本しかない。スリーハンドウッキのように背中に腕を生やす事は出来ない。
今彼は非常にあの3本腕の猿が憎い。
なぜならもう彼の大きな手には素材がいっぱいだからだ。
オレ様にも背中に腕があれば……!
悔しさで恐怖と畏怖の撒き散らし加減が増大してしまっている真っ黒鎧には魔物は近寄ってきてもそれ以外は近寄ろうともしないだろう。
だがそこに救世主は現れた。
その救世主とは口を紐で簡単に閉じるだけの麻袋。
まさに彼が求めしメシアであった。
しかしメシアだけが彼を救ったのではなかった。
もう片方は救いの女神。彼女は言った。よく切れるかもしれない。あ、やっぱり無理かも。
ちょっと錆びが浮いている小振りなナイフ。
彼女こそが救いの女神。これで無理やりライトバレットで削る必要もなくなるかもしれない。
しかしてそれは別に素材を売りに行って買ってきた物ではなかった。
大草原と表現すべきこの迷宮に落ちていたものだ。
迷宮に物が落ちている事はたまにある。
なぜなら迷宮は死んだ物体を吸収するからだ。
迷宮に潜り、死んだ人がいれば迷宮に吸収される。その際に吸収されるのは肉体のみである。
つまりこの落ちていた袋やナイフは遺品というべきものだ。
だが迷宮に於いて全ては自己責任。
残った遺品を遺族に返す必要など微塵も存在しない。
それどころか拾った物はオレの物。オレの物はマイマスターとオレの物という理論が成り立つのだ。
自己責任万歳。どこかの鎧がガッツポーズをしながら叫んだかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
他にも残っていた小汚いを通り越した服はちょっと遠慮したいため放置することになった。
しかし素材を入れる袋と剥ぎ取りに使えるかもしれないナイフを手に入れた真闇の神魔鎧は非常に上機嫌だ。
彼が犯したミスはこれで帳消しも同然だからだ。その上これらは無料で手に入れたのだ。帳消しどころか倍返しものである。
大草原を上機嫌で跳ね上がったテンションのままに疾走し、獲物を発見すればホニャに狙撃させる。
端から見れば黒い塊が高速で魔物に突っ込み、魔物を衝撃波で駆逐している図にしか見えない。
疾走していても鎧の中のホニャには振動も伝わらなければ向かい風の邪魔もない。
ただちょっと流れる景色が早いだけだ。
魔法の才能以外は幼女のソレでしかないホニャだが、意外にもジェットコースター系には強いようだ。
基本的に発見すれば魔物へ向かって一直線に疾走するために狙撃もあまり難しくなかった。
普通はそうでもないのだが、ホニャにとってソレは止まって撃つのと大差はなかった。
これも意外な才能というべきものだろうか。
「にゃっふー! ワココニャンの尻尾の先ゲットだぜー!」
疾走と狙撃。
その後は当然楽しい楽しい剥ぎ取りタイムが待っている。
ホニャの魔物の知識により剥ぎ取る部位にも迷う事がないため、あとは真闇の神魔鎧の技量次第となる。
最初は手つきも怪しかったものだが、回数を重ねるごとにその腕前はメキメキと上達して……はいかなかった。
そんなに簡単に腕が上がれば苦労はないのだ。
この世界には剥ぎ取りを専門とするような職業がしっかりと存在する。
それほど剥ぎ取りとは重要な行為であり、技術を要するものなのだ。
どの角度からどの程度の強さでどのくらいの速度をもってナイフを入れるか。
剥ぎ取る部位の知識も然ることながらその技術ははっきり言って天井が見えない奥深さを持っている。
一見誰でも出来そうな剥ぎ取りだが、熟練者のソレはまさに芸術と称するに相応しいものである。
当然熟練者が剥ぎ取った部位と未熟者が剥ぎ取った部位では買取価格に差が生じる。それが故に職業として成り立つのである。
まぁそれも雑魚迷宮のようなオイトではあまり意味はないのだが。
結果として、剥ぎ取り初心者の真っ黒鎧でも買取合格ラインの剥ぎ取りには成功しており、疾走と狙撃という比較的高速な狩りが齎した本日の成果は上々といったところだった。