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01,


 ひとりの幼女が路地裏で死んだ。


 初秋に入り、急速に気温が下がり始めたあくる朝の事だ。

 長い長い道のりをたった1人でやってきたその幼女はぼろぼろになりながらも目的地であるこの迷宮都市バルメドゥにたどり着く事が出来た。

 それは奇跡と言い換えてもいいほどに困難な道のりであった。


 幼女の住んでいた村は突如魔物の大群に襲われ壊滅した。

 間一髪なんとか逃げる事が出来た幼女とその両親だが、追いかけてきた魔物を撒く事は難しく、殲滅する事は到底不可能だった。


 幼女には魔法の才能があった。

 それは小さな村では本当に奇跡といえるほどの才能だった。

 5歳と言う幼さで村で唯一魔法が使える老婆に弟子入りし、たった1年で初級を修めるほどの才能だ。

 一般的な才能の魔法使いが5年はかかる初級をたった1年で、しかも5歳と言う幼さで修めてしまうのは異例といえる。


 しかし悲しきかな。

 如何に才能があっても初級を修めた程度では一人前の魔法使いというには少し足りない。

 魔法の勉強に忙しかった幼女には戦闘経験など皆無であり、魔物の大群になど敵う筈がなかった。

 一流には届かずとも、それに近い地位にまで上り詰めた魔法使いであった老婆ですら魔物の大群には敵わなかった。視界を埋め尽くすほどの量の魔物の半分は彼女の手によって葬られたとしても。


 しかし老婆の決死の行いにより魔物は半分にまで減っていた。

 バラバラに逃げ散った村人を追う数は確実に減ったのだ。

 それでも大多数の村人は魔物の餌になった。幼女の両親も。


 だが全てではなかった。

 そして村人の生き残りに幼女も含まれていた。

 両親がその身を犠牲にして稼いだ時間が幼女を救ったのだ。


 幼女は類稀なる才能を活かすために10歳になったら王都にある魔法学園に通う事になっていた。

 魔法学園に通うためには莫大な金がいる。

 小さな村の農家の1つでしかない幼女とその両親にそんな金は払えるはずがなかった。

 しかし老婆と村の皆全てが支援してくれるという、小さな村故の堅い結束が越える事が出来ない大きな壁を越えさせてくれた。


 そんな矢先の魔物の大群の襲撃。


 幼女にとって絶望してもし足りないほどの厳しい現実。

 しかし幼女は諦めなかった。

 両親や老婆や村人皆が笑顔で祝福し、望んでくれた魔法学園への道。


 幼女にとってそれだけが生きる希望となっていた。

 しかし魔法学園に通うには莫大な金がいる。

 全てを失ってしまった幼女には自身の魔法の才能しか残っていない。


 しかし幼女の魔法の才能は老婆にして奇跡と言わしめるほどのものである。

 老婆は魔法の勉強以外にも若かりし頃の冒険譚を幼女に聞かせていた。

 だからこそ幼女はそこを目指した。


 一攫千金の可能性のある場所。

 実力こそが全てであり、全てであるが故にどんな者でも受け入れる。


 迷宮都市――バルメドゥ。


 全てを失った幼女であろうと受け入れるその場所へ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 2年。


 幼女にとって長く苦しい2年だった。

 6歳だった幼女は8歳となった。

 しかし彼女の体はガリガリに痩せ細り、とても8歳には見えない成長不良を起こしていた。

 それも全て迷宮都市バルメドゥへ行くため。


 動けるギリギリまで食費を削り、宿に泊る事もせず軒先を借りたり、運が良ければ納屋を借りる事も出来た。

 服も継ぎ接ぎだらけの襤褸切れといえるものをずっと着、贅沢など無縁の生活を送り続けた。


 修めた初級の魔法を頼りに旅費を稼ぎ、稼いだその分だけ進み続けた。


 8歳の秋の初め。


 幼女は辛く長い旅を終え、目的地にたどり着く事が出来た。


 しかし現実は非情だった。

 幼女には魔法の才能はあってもそれ以外は普通の幼女であった。


 ガリガリに痩せ細り、とても8歳には見えない体はすでに限界を迎えていたのだ。


 迷宮都市バルメドゥにたどり着くのは、魔法学園に通うための資金集めという目的を達成するための手段でしかなかった。

 しかし辛く厳しい2年間が手段を目的へと変えてしまった。

 変えなければ心が折れていただろう。

 幼女の心を守るための無意識の防衛本能は結局のところ……。


 辿りついた迷宮都市バルメドゥ。


 その路地裏で目的を達成した幼女は眠りについた。



 ガリガリに痩せ細り、とても8歳には見えない体。

 継ぎ接ぎだらけの襤褸切れの服。


 誰がどうみてもそれは迷宮都市に数多く存在している奴隷かスラム街の1人にしか見えなかっただろう。

 そんな存在を助ける者はいない。



 故に。


 秋になり、急激に冷えたその日。


 1人の幼女はその人生に幕を下ろした。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 はずだった。


「にゃっふー! つまりアレだろ? オレ様はチートで、この子が持ち主!

 そういうことだろ? そうだろう?」


 吐く息が白く煙る朝。

 とある幼女が死んだ路地裏。

 冷たく人気の無いその場所に無駄に元気な声が木霊……はしない。


「おーい、起きろよ。朝だぞう! ほれほれオレ様と一緒に朝のダンスを踊ってしまおうZE!

 軽やかにー! 腕を伸ばして深呼吸からー!」


 その声は持ち主である存在にしか聞こえない不思議な声。

 故に持ち主には聞こえている。聞こえているのだが……。


 すでに街は活気付き始め、路地裏にもその喧騒が聞こえ始めている。

 そんな中1人でこの世界には存在しない体操を始めた存在はやはり元気にテンション高く声を発……してはいない。

 やはり不思議な声は持ち主にしか聞こえないのだ。


「ジャンピングからのー腕ぐるぐるー! にゃっふー! 深呼吸しておわりんぐ!」


 この世界には存在しない体操……いやどこの世界にも存在しない体操を終えた存在は最後に悩ましげなポーズを取って完了とした。

 しかしそのままのポーズで動きを止める。


「……なぁ、そろそろ起きてくれよ、マイマスター」


 今までのハイテンションが嘘のような声音に、もしその声が他の人にも聞こえたならば何かしらの突っ込みが入っただろう。

 悩ましげなポーズはそのままだからだ。だが聞こえなければ誰も突っ込みようが無い。


「オレ様もなぁ? 死んだと思ったらいきなりこんな姿だし。

 いや一応説明は受けたんだけどな? あ、じゃあいきなりってのはおかしいな。すまん、言葉のあやってやつだ。

 そんでな? 結局のところこうして存在しちまったんだからもう面白おかしく楽しくエロく……おっと今のはお子様にはまだ早かったな。うん、早い。

 まぁんでな? つまりは諦めろよ」


 未だ悩ましげなポーズのまま語りかける存在に持ち主は一切反応を示さない。

 しかし悩ましげなポーズを取り続けているがために、持ち主を一切見ていない存在は意にも介さない。


「マイマスターは生前すげー才能があったんだろう?

 聞いてるぜ? 奇跡といえるほどの才能だったらしいな。

 しかも今現在もその才能を引き継いでいる。……いやこれは違うか。

 奇跡の才能故に、存在している」


 ピクリと、今まで一切の反応を示さなかった持ち主が反応を返した。

 しかし悩ましげなポーズの存在にはその反応は見えない。故に持ち主にしか聞こえない声は止まる事無く続いていく。


「その才能が存在を許し、許されるが故に存在している。

 哲学だな。オレ様超哲学! にゃっふー!

 ……だからよー。そろそろオレ様の中に入った方がいいぜ? 今度こそ本当に死ぬぞ?」


 小さな反応を1つ返しただけだった持ち主は、その一言に大きな反応を返した。

 体をきつく両手で抱きしめ、震えるという大きな反応。



 きつく抱きしめるその手は骨と皮しか残っていない。

 比喩などではなく、本当に骨と皮しかないのだ。


 流れる血も、肉も、存在しない。



 手だけではない。

 抱きしめている体にも、骨と皮しかない。


 痩せ細りガリガリだった体とは圧倒的に違う。違いすぎる。


「マイマスター。もうあんたにはオレ様の中に入るしか選択肢がないんだ。

 いい加減覚悟決めようぜ? 諦めちゃえよ、YOU!」


 骨と皮。

 人であった以前とは違いすぎる自身の体に恐怖しか沸いて来ない。

 確認していないが顔も同じような……いや教えられた知識によればその眼窩には赤い炎が眼球の代わりに灯っているだろう。


 アンデッド。


 死して魔物に変わり果てた化け物。


「わたし……は……」

「いやそういうのいいから! さぁオレ様というチートに入りたまえ! マイマスター!」


 呼吸すら必要ない、その喉から言葉が紡がれる。

 しかし空気をまったく読まない存在がどうでもいいとばかりに悩ましげなポーズを解除して堂々と胸を張って骨と皮だけになった持ち主を見下ろしている。


「わた……し……」

「いいから、そういうのいいから! とっととオレ様の中に入って魔力をがっつり集めて生き返れよ!」

「……ぇ?」



 秋の初め。


 とても冷え込んだその日。


 路地裏で死んだ幼女はアンデッドとしてこの世に再び舞い戻った。




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