2.これも縁、なのでしょうか
なんか段々設定増えていきそうだなー、なんていう嫌な予感がしています。
森を抜けて、少し南へ下れば街道に出る。赤いレンガが敷かれたこの街道は、レークフォード初代国王陛下監督の元作られた、魔物除け効果を持つ道である。道幅いっぱいに敷き詰められたレンガに、何か細工があったと記憶している。
魔物除けと言っても、なんかヤだから近寄らない、といった程度の効果しかない。そのため、せいぜい戦う術を持たない者が気休めにこの道を辿るくらいだが、それでも護衛を雇う事の出来ない一般市民には、重宝されている。富裕層でも無い限り、護衛なんて雇う金があったら、日々の生活に充てるだろう。
わたしだってそうする。小市民には、戦闘なんてものは縁遠い話である。そんなものより、日々の糧を得るための、目先の戦いの方が大事なのだ。
見上げた空には雲ひとつなく、綺麗な晴空色が広がる。
ふんふんと上機嫌に鼻歌を歌いながら、お薬の入った籐の籠を持ち直して、東西に伸びた街道を東へ向かう。
目指すはパスク村だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おや、魔女のお弟子さんじゃないか」
パスク村へは、徒歩で二時間強かかる。
村に着くなり額に浮かんだ汗を拭うと、恰幅のいいおばさんが、畑で採れたらしい野菜を籠に抱えているのに出会った。この村に住む主婦のフィナさんだ。
「おはようございます、おばさま。傷薬と風邪薬を持ってきましたけど、いかがですか?」
「ああ、おはよう。
うーん。今年の風邪は、性質が悪いって聞いたからねぇ…いつも通り、うちの野菜と交換でもいいかね?」
「ええ、とてもありがたいです」
「あら、メルちゃんじゃない。お薬売りにきてくれたのね!」
フィナおばさんと、風邪薬と採れたての野菜を交換していれば、わたしよりも少し年上のお姉さん、レビアさんが嬉しそうに声を上げる。
パスク村は小さな村だ。大きな声を出せば、それこそ村中に聞こえると言っても過言でないくらいの大きさである。レビアさんの声を聞いて、パスク村の住人たちが薬を求めて家から出てくる。手にはそれぞれ、フィナおばさんのように家の畑で取れた野菜や、生みたての鶏卵、搾りたての山羊や牛の乳など、交換できる物を持っている。
大きな商隊の来ない小さな村では、薬が手に入りづらい。まして辺境であれば、尚更のことである。その他物資も入りづらいことは確かなのだが、この村、というよりこの国の土地は作物がよく育つ肥沃な大地なので、一番困るのは薬なのだ。
「ちい魔女さん、これとこれ。うちの鶏が生んだ卵と交換しておくれよ」
「はい、ありがとうございます」
「メルちゃん、腰痛の薬はないかねぇ。最近痛めちまって」
「では、こちらの飲み薬を試してみてください。シロップになってますから、一日一回、ひと匙舐めればだんだん治まりますよ。今回は……お試し品ということで」
「お弟子さん、うちの息子にこの間の傷薬送ってやりたいんだが、二つほど貰えないかね?今朝絞ったばかりの牛乳だから、そりゃあ美味いよ、どうだい?」
「ええ、もちろん。確か息子さん、城抱えの兵士をなさっていましたね。こちらの大きな容器のものと交換しましょう」
そんな調子で物々交換していけば、抱えた籠の中身は半分ほど減り、背中の背負子には交換で得た戦利品が積み上がる。
ふふ。今夜はご馳走が作れそう。ガルムさん、意外と肉料理より卵料理が好きだからなぁ。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、無表情ながら嬉しそうに目をきらきらさせているのを見た時は、笑いそうなのを必死で堪えたものだ。よく耐えた、わたし。
「メルちゃん、次はレルエ村に行くの?」
籠にまだいくらか残った薬を見て、レビアさんが可愛らしく小首を傾げて聞いてくる。
「はい、あそこも滅多に商隊の来ない土地ですから」
「森深い上に、国境付近だものねぇ」
レークフォード王国は、魔人族と呼ばれる亜人たちの住まう国、ブラウ=メシェックに属するラグ・メイエ領と隣り合わせだ。レークフォードとブラウ=メシェックは、非公式ではあるものの結構昔から仲が良いのだが、近年では他の国の人間たちが彼の国を侵略しようとちょっかいを出しているので、国境付近が物騒なことになっている。
ブラウ=メシェックの王は、魔人族の王ということで魔王と呼ばれている。その魔王様直々のお達しで、レークフォード王、並びにその民をこちらの騒乱に巻き込むべからずということで、対外的には他国と同じ扱いで「隙を見せたら侵略される前に侵略するからな」という姿勢を取っているのだとか。それでもわたしのように、事情を知る者は知っているし、知らずとも何か理由あってのことだろうと、レークフォード国民は皆納得しているのだ。何せ付き合いが長い。兄さんに教えてもらった、裏歴史とかいう貴族やら王族が教わるらしい歴史によれば、四百年くらいだったかな、確か。
でもなんでそんなもの知ってるんだろう。聞いたらはぐらかされたのだけれど。
何にしても、そんな物騒な場所に自ら好んで行く者はいない。いくら友好国とはいえ、国境を越えようとすれば、問答無用で魔術の威嚇射撃と共に追い返される。怪我をしない保証はどこにもない。
レビアさんは、わたしを心配してくれているのだ。
「国境付近だけれど、あそこは狩人の村ですから。傷薬に消毒液、毒消しやノミ・ダニからの感染症予防の薬は特に切らすわけにはいきませんし」
あと、虫除けと虫刺されの薬も、と言って微笑んで見せれば、レビアさんはやれやれと諦めたような、それでいて「分かっていたわ」とでも言いたげに溜息をつき、肩をすくめる。
「そうよね、メルちゃんのお薬が、命綱なんだものねぇ。行かないというわけにもいかないか」
「です。それに、大丈夫ですよ。近いというだけで、国境そのものに行くわけではないのですから」
「分かってるわ。それでも、気をつけるのよ?レークフォード側から越境しようとする、どこだかの国の斥候とか、ちらほらいるらしいから。怪しいひとには、近づいちゃダメよ?お姉さん心配だわ」
頬に手を当ててそう言ってくれたレビアさんと、さらに二言三言話をする。こんな風に誰かに心配されることが嬉しいだなんて、わたしはきっと、性格が悪い。それでも、嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。兄さんのはちょっと、過保護すぎる気がするけれど。
太陽はすでに中天を越えた所だ。急がなければ、冗談でなく帰りは月明かりに歩くことにもなりかねない。
よしと気合を入れて、重くなった背負子を背負い直すと、わたしは足早に街道から外れ、森に囲まれたレルエ村へと急いだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
レルエ村は、元々が移ろう山の民たる『レ・ルエ族』と呼ばれた狩猟民族が、その地に根付いてできた村だそうだ。レルエ村の人に教えてもらった話だったが、根付いた理由は教えてもらえなかった。機密情報なのだとか。ついでにいたずらっぽい笑顔で、「うちの村に嫁に来るなら教えてやるぞー」なんて言われたから、きっと一族の信仰する、山だか森の神なんかが関係しているんだろうと結論付けておいた。
ともあれ、流浪の民であったのは今は昔の話で、今や彼らは立派なレークフォードの国民である。たまに見慣れない祭事をやっていたりもするが、建国記念日なんかの大きな行事や通貨なんかは共通で認識がある。
そんなレルエ村があるのは、国境たる『雷獣山脈』の麓に広がる森の奥深く、細い獣道を進んだところだ。ちなみに『雷獣山脈』っていうのは、昔この山脈に、その形が変わってしまうほど毎日落雷が降り注いだことから、雷獣が棲みついているのだろうと囁かれたことからついている。
…の、だが。
真相は前世のわたしが、情緒不安定になったせいでこの山脈の上空で魔力の制御不能に陥り、そのまま計らずも山籠もりをしていたためである。だってこの『雷獣山脈』、雷の魔力粒子が潤沢なんだもの。そこに魔力が暴走して垂れ流し状態のヤツがいるのだ、次々に落雷が起こる起こる。ばかみたいに魔力量が多いのも考え物だ。あの時は確か、結局暴走した魔力が落ち着くまで、二月程山籠もりする羽目になった。その間放電しっ放しである。
なのでもちろん、今の『雷獣山脈』に、地形が変わるほどの落雷は起こっていない。当然である。原因はここで、魔女の弟子としてお薬を売っているのだもの。
いつものように、獣道を辿る。既に国境が近いからか、どこかピリピリした感覚が肌を刺す。この間来た時より、緊張感が増しているようだ。
耳に付けた、イヤーカフやピアス型の魔道具に触れる。
これは、わたしの独立の時に、師匠が「餞別、」だと言って渡してくれたものだ。魔力を体外に貯めておける、師匠お手製のある意味お守りだ。いくら魔力が魂などに内包される力だとは言え、肉体に一切影響がでないわけではない。魔人族と違って、人族の肉体は魔力を行使するのにはあまり適しておらず、膨大な魔力を持っている者ほど虚弱体質だったり、魔力あたりを起こしたり、あるいは身体のどこかが不自由(目に出ることが大半だ)になることが多い。酷いと、体内魔力過多で死亡することもある。魔人族ではせいぜい熱を出す程度で、身動きのとれない状態になる者など、まして死亡する者などいない。その点だけをとってみても、人族の肉体に、魔力という力があまりあっていないことは明白だ。まぁ、例外もあるにはあるが。
とにかく適度に体外に出してやることが必要なのだが、かと言って適当に魔術を行使すれば暴走の危険も伴う上、そういった異常を引き起こすほどの魔力を持った者では、最下級の魔術ですら、最低でも中級以上の規模の魔術になる。そのため、暴走など有事の際に対応できる、限られた役人立ち会いの元に行われなければならず、たいへん時間と手間がかかる上にお金もかかる。ために、待っている間に……ということもざらにあったほどだ。
しかしてそんな現状を打破すべく考案、開発されたのが、この魔道具である。
二つ付けたイヤーカフにも、三つ付けたピアスにも、それぞれ色の異なる小さな石がついているが、実は全て同じ石だし、一見宝石に見えるが宝石でもない。魔石と呼ばれる、内部に魔力を溜める性質を持った石で、溜め込んだ魔力によって色が変わるのだ。わたしが今身につけている魔石は、それぞれ赤・青・緑・金茶・黒だ。それぞれ火・水・風・地・闇の属性魔力として変換、蓄積されている。
この魔道具は、魔石の持つ「大気中に含まれる魔力を少量ずつ勝手に吸い上げる」という性質を活かし、そこに魔術式で「身につけた者の余剰魔力」などの制限を加えた画期的なアイテムだ。これが普及したことで、暴走を引き起こす者や、魔力過多による死者などが激減したらしい。
ただし、当然だが貯めておける魔力量にも限界があるため、限界を迎えたものは、壊れる前に新しいものと交換するか、売って新しいものを買う足しにするかという選択肢が取られることになる。魔力の込められていない魔石は、魔力の込められた魔石よりは安価に買える。魔術式は石の嵌められた台座やアクセサリー自体に刻まれているため、魔石さえ交換すればほぼ永久サイクルで利用できるのだ。
師匠のくれたこれは、彼女自らが厳選した最高品質の魔石を丹念に磨き上げて加工してくれたものだ。「お前の魔力値は規格外」だから、既製品ではすぐに容量がなくなるだろうと色々手を加えてくれた、師匠の愛あふれる一品だ。それが嬉しくて思わず泣いたら、普段めったなことでは動じない彼女が、珍しく狼狽えるという貴重な様子が見られた。なんだか妙に可愛らしくて、涙もひょっとひっこんだ。
師匠謹製のこの魔道具で既製品と一番違う点は、魔石に溜め込まれた魔力を圧縮することで、魔力量を誤魔化す術式が組み込まれていることだろう。おかげで魔力探知に引っかかっても、特に危険視されない程度にしか、感知されない。なんとも有難い。
くふふ、と自分でも怪しいと思う笑い方をしてすぐ、直にレルエ村だと気付いてにやにや笑いを引っ込める。怪しく笑う女から薬なんて、わたしなら絶対買いたくない。
残りの薬を捌くため気合を入れ直した所で。
「おぶっ!?」
ぐにゅりとしたナニかを踏んづけバランスを崩し、顔面からすっ転ぶ。
これはあれだ。前世の方で経験がある。肉の塊を踏んだ時の感覚。それも、ちょうど人の…
「ひぃやぁぁぁあぁ!や、やっぱり人の手ぇぇ?!」
そぉっと。踏んづけたナニかの方を振り見れば、経験則通りの物体X、もとい、人の腕があった。
獣道のわきから伸びているそれには特に血が付いていると言うわけでもなく、辺りから鉄臭い匂いもしない。戦闘の痕跡なんかもないし、ならば行き倒れか何かの、不運な人の腕でも踏んでしまったのだろうか。
「あ、ああああの、すみません!大丈夫ですか!?」
切断されたパーツでない可能性に気づき、慌てて腕に縋り付くようにして脈をとってみれば、ちゃんと生きた体にくっついているものだと分かる。が、これは少し。
「!
脈が弱い…加えて、肌も冷たい…」
辛うじて分かる程度の弱い脈に、僅かな温もりしか感じられないほど、下がった体温。
考えられるのは、仮死状態か、或いは死にかけているか。
「っ、どちらにせよ、放っておけませんね」
背中の背負子を降ろし――どのみちこけた拍子に戦利品はぶちまけている――、腕の主を担ぐために脇の草むらを掻き分けてみれば、くすんだ金髪が目についた
。ここいらでは、あまり珍しくはない色だ。
だが。
「この耳…魔人族じゃないですか!」
その金色から伸びる短く尖った耳は、その人物が、人族ではなく魔人族であると雄弁に物語る。
しかしなぜ魔人族が、この時期に人族の領地側で死にかけている?
わたしは携帯している短剣で、辺りの草を軽く刈り、金髪の魔人族の様子をざっと眺める。動かしてはいけないような、そういった類の外傷はなさそうだ。
ごろりと、しかし出来るだけ頭を動かさないように仰向けにし、気道を確保。さらりと零れた前髪の間から見えたのは、血の気が引いて青白いが、端正に整った少年の顔と、その額に鈍く光る宝玉。
魔人族の中で最も虚弱体質を誇る種族、有石族の証だ。彼らは、魔力に満ちた場所で常に外部から魔力を供給される環境でなければ、生きてはいけない種族なのである。人族とは真逆に位置すると言っても過言ではない。故に、魔人族よりも魔力に耐性のない人族の領域に、有石族が生きていけるほど、魔力に満ちた場所など存在しないのだ。
加えて、かつて有石族の額に輝くその宝玉を手にするために、人族には彼らを絶滅寸前まで追いやった歴史がある。彼らの額の石は地上のどんな宝石よりも美しく、しかし生きたまま抜いた石でなければ、その輝きは格段にくすんでしまう。当然だ、有石族の額の宝玉は、彼らが生きるために必要な魔力を凝固し結晶化させた、そのままの意味で、まぎれもない「命の結晶」なのだから。
故に、その額から石を抜けば、死に至るのは自明の理というやつである。
あの時は、当時の魔王陛下がその事にブチ切れたらしく、御大将自ら「狩場」にお出ましになり、地形を変えるどころか、大陸をぱかっと割る騒動にまで発展した。ついでに「オレの身内を畜生扱いしたんだから、オレも貴様らを同じ扱いにしても文句はねぇよな?」的なちょっと外交的にアレな感じのことも言っちゃったらしい。
以来有石族が人族により狩られる事は、表立ってはなくなった。しかし未だに細々と、「密猟」は続いているらしい。有石族を「密猟」してきた密猟者達が、捕縛されるところを見たことがある。
つまり未だに、有石族の命たるその宝玉の輝きを欲する者が、少なからず存在しているということだ。
と、すればだ。
そんな有石族が、自ら人族の領域までのこのこと出てくるわけがない。何かが起きて逃れてきたか、もしくは――
「お嬢ちゃん、そいつをこっちに渡してもらおうか」
「…わはー、素敵に典型的な悪党面ですね」
――…うん、「密猟」されてきた方で合ってるようだ。
典型的な悪党面の強面兄さんが、がさがさと草を掻き分けこちらへ寄ってくる。いつの間にいたのか、仲間の密猟者達もぐるりと囲むように姿を見せ、その包囲網をじわじわと縮めてくる。わたしは後ろに下がることもできずに、最初に声をかけてきた密猟者を睨む。
「なぁ、お嬢ちゃん。俺たちゃぁよ、ソレに用があるだけなんだ。誰にも言わねぇでくれるなら、お嬢ちゃんにまで手荒な真似はしねぇ」
アンタだって怖いんだろう、といやらしい笑みを浮かべる悪党面。わたしの顔のつくりはどうも大人しく見えるようになっているらしく、いくら必死に怖い顔をいしようがねめつけようが、ひたすら可愛い(勿論、我が親愛なるお兄様談である)だとか、困って泣きそうなのを必死に堪えているようにしか見えない(兄の護衛対象様談)だとか散々なことを言われた。多分、「怖くて泣きそうなのを我慢している」となんとも腹立たしい勘違いをされているのだろう。
ああ、でも実際どうしよう。
こんな国境付近で、攻撃系の魔術を発動させて敵だと勘違いされるような真似をするわけにもいかないし。かと言って、衰弱している彼を渡すわけにもいかない。魔術がダメなら体術、といきたいところだが、ことこれに関しては完全に不得手とするところである。それこそ、戦闘における体術センスは全て、兄に捧げたのではないかと自分でも考えてしまうほどに、いっそ絶望的なのだ。
どうする。
きゅっと、意識なく横たわる有石族の少年の頭を、胸元に抱き込むようにして引き寄せる。今世にてようやく手にできた癒しの術式を、組み上げた後、己の魔力に溶け込ませ、触れた場所から彼の中へと流し込む。
この状態を見ても密猟者達が騒がないという事は、彼らの中に魔術に通じた者がいないということだろう。いくら無音で魔術を組み上げることができても、構成時特有の魔力のぼうっとした輝きは誤魔化せないもので、魔術に少しでも通じていれば、それは見えるものなのだ。つまり、騒がないということは、何が起きているか分かっていない=魔力粒子の放つ燐光が見えていない=魔術に通じたものはいない、ということになる。
だがそれは同時に、捕獲されたこの少年にとっては何よりの不幸だと言えるだろう。彼を殺さずに連れてきたということは、何らかの思惑があって生け捕りにしたはずだ。だが魔力を外部から供給できないということは、即ち、死に直結するのだから。
どうする、考えろ。
助かるには、なんて、考えたこともなかった前世の知識はアテにならない。今のわたしの知識と、今わたしに使えるもので、切り抜けるには。どうすればいい。
ふと頭をよぎったのは、意外と優しくて、律儀な我が家のお留守番。
ここまで、彼の足ならどれくらいだろうか。
そう考えた時には既に、わたしは音を運ぶ風の魔術を使い、犬笛のような音を鳴らしていた。
「――さぁ。いい子だから、ソレをこっちに渡しな」
手を伸ばせば、もう触れる位置に悪党面はいる。
周囲を囲むのは、下卑た笑みを浮かべ、ねっとりと絡みつくような視線で値踏みする彼の仲間達。
「そーそ。それとも、俺たちのお相手でもしてくれるのかなー?」
「あああー、くっそ、このガキ羨ましいなァ。場所変わってほしいぜ」
「バカ共が、ヤってどうすんだ。こんな乳臭い小娘に盛ってんじゃねーよ。
…しかしまぁ、こんな田舎の割に、結構な上玉だな。コウキなる変態サマに売りつけりゃぁよ、それなりに――」
そう言って手を伸ばしてきた密猟者の指が、わたしに触れようとした時聞こえたのは、微かだが、確実にこちらへ近づいてくる葉擦れの音。
そして――
ザザザザザ…
ドゴッ、 ドッ、 ガッ グォシャッ!
「とりあえず殴ってみたが…良かったんだよな」
――轟と駆け抜ける一陣の風のように現れ、ほんの一瞬で、手を伸ばしてきた密猟者を始め、相手を複数纏めて冗談のように吹っ飛ばした彼は、聴き慣れた低い声で唸るように言う。
「はい…っ!助かりました、ガルムさん!」
頭上から声が聞こえると同時、わたしたちを覆う影に安堵し、思わず笑みがこぼれる。
ついと見上げれば、よく知る頼もしい魔獣の、柔らかそうな淡い毛並みのお腹がそこにあった。
…うん、おかしい。
当初はここまで二話目が長くなる予定はなかった。
密猟者の強面兄ちゃんとか出てくる予定もなかった。
…彼を最虚弱体質種族にする気もなかったんだけどこれはこれで面白いからまぁいっか(笑)