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1.わたしはお薬屋さんです

思いついたので勢いで書きました。

よろしくお願いします。

 生まれ変わり、というものを、わたしは信じていなかった。

 過去形なのは、わたし自身がその生まれ変わりを経験してしまったからだ。



 わたしことメルリィ・レイリアは、『隠遁の魔女』と呼ばれる女性に六歳から師事し十一年、今年の誕生日にやっと許しを得て、自分の店を持てたばかりだ。

 魔女といっても、彼女の場合は治癒術以外に魔術を使うことはない。いや、適性がないために使えないと言った方が正しい。それに、魔術を扱うものは皆、男女関係なく『魔術師』と呼ばれるのが常だ。


 ならば、なぜ彼女が『魔女』と呼ばれるのか。

 それは、彼女があらゆる傷を癒し、あらゆる病を治すことのできる賢女にして、至高の『調合士』だからである。そんな彼女に畏敬の念をこめ、誰ともなく『魔女』と呼ぶようになったのだとか。



 わたしが彼女の存在を知ったのは、五歳の時。兄が、高熱で死にかけているわたしのために、件の『魔女』からお薬をいただいたことが切っ掛けだった。


 今のわたしの家族は、優しくて器用でおっとりした母と、強くて逞しくて物静かな父。そして、わたしをとても可愛がってくれる、年の離れた兄の四人家族だ。

 死んだらそれで終わりなのだと漠然と捉えていたわたしは、死を経験したあとに何故か目を覚ましてしまったことで狼狽えた。しかも、見覚えのない女性が、何か大きなことをやり遂げたような表情でわたしを抱いている。そこに寄り添うように、女性共々、とても温かな目でわたしを見つめる穏やかな表情の男性。

 一体何がどうなっているのか分からない、聞きたいけれど声が出ない、苦しい。二人がだんだんと心配そうな表情になる。ああ、そんな顔しないで。今度は知らない年配の女性が何か言っている。いや、この人と離さないで、一緒にいたいの。お願い、あの心地よい温もりを。

 そこに、さらなる闖入者が現れる。


「父さん、母さん、妹か弟か知らないけど生まれるって本当!?」


 勢いよく開けられた扉の音と、その大きな声にびっくりしてわたしは泣いてしまって。

 自分の声で上手く聞き取れなかったけれど、彼がわたしの兄で、さっき見た女性と男性が両親だということ、そして『普通の家族』を持つことができたのだと知った。


 十五歳離れた妹ということで、兄はとてもわたしを可愛がってくれた。名前は忘れたけれど、馬を飛ばしても二日はかかる距離の、王都にあるお屋敷に奉公しているようで、あまり家にはいなかった。なんでも剣術と槍術の腕を買われて、そのお屋敷の息子さんの使用人兼護衛のような形で雇われているらしい。


「あんまり家に帰らないせいで、可愛い妹に忘れられたら、僕は生きていけないよ!」


 と冗談なのか本気なのか分からない台詞と、沢山のお土産と共に帰省する兄のことなど、忘れようがないとは思うが、本人は結構真顔で言っていたので本気だったのかもしれない。一度雇い主の息子と一緒に来ていた時など、兄が相好を崩す様子を見て「お前そんな顔できたのか、気持ち悪いな」と言わしめたほどだ。


 父も母も大事にしてくれたけど、兄のあれは「溺愛」というやつだろう。そんな兄だからこそ、『隠遁の魔女』と呼ばれるほど探しだしにくいはずの彼女を見つけ出し、薬を手に入れることができたのだろうから。

 熱で朦朧としてよく覚えていないが、兄も結構な怪我をしていた気がする。本人に聞いてみたが、魔女が薬の材料を切らしていて、その調達の手伝いをした時に、少し転んだだけだと笑っていた。きっと嘘だ。

 わたしがその時発病したのはトルビック死熱病という珍しい病気で、放っておけば、熱が上がり続けて死に至る。特効薬はあるにはあるが、その薬の材料が尽く、険しい山や断崖や谷底、魔物の巣窟などにあるため手に入りにくい。買えばかなり高価だ、だが、かといって必ず薬種屋に在庫のあるものでもない。確かに材料調達の手伝いをしたのだろうが、兄はかなり危険な目に遭ってきたのだろう。転んだだけで済むはずがないのだ。現に何箇所か骨折していたし。



 そして、その時に聞いたのだ。わたしを直した薬は、『隠遁の魔女』たる賢女、リーヴァテーム・ソル・レンベクティのものだと。


 わたしの記憶には、わたしではない『前世の私』という誰かの記憶がある。と言っても、それに感情などは伴っていないため、誰かの一生分の記録を知っているという方がしっくりくるものがある。記憶メモリーではなく、記録データなのだ、あくまで。それでもそのひとが生きた記録は膨大で、赤ん坊の間の殆どを、その記録を脳に処理させるために睡眠時間に当てるハメになった。お陰様で、ぐずつくこともなく、手のかからない良い子だと評判だったが。

 そうやって知った『私』は、生きていた時に壊すことしかできなかった。どうしても力加減が分からず、仲良くなりたくて近づいても傷つけてしまった。それを何度か繰り返し、どんなに加減しても壊してしまうのなら、最初から近づかなければいいのだとそう学んだ。温もりを手に入れることは諦めた。


 それでも、一度だけ、そんな『私』に触れて傷を癒してくれたひとがいて。


 そのひとが使う治癒の法に憧れた。そのひとは『私』とは対極に位置する、治す力を持っていたのだ。頑張ってそのひとに教えてもらったけれど、どうしても身につけられなかった。そのひとが言うには、きっと身体に合っていないのだろうということだった。がっくりと膝をつき、『私』は自身の体質に完敗したことを悟った。



 もしかしたら、そんな彼女の記録のせいもあったのかもしれない。


 わたしは六歳になった時、家族が揃った目の前で告げた。


「わたし、『隠遁の魔女』を探して、弟子になります!」


 わたしの突然の宣言に狼狽えたのは、両親はもちろん、兄もだった。必死に説得してきたが、わたしが旅支度を整え引く気がないと分かると、兄が自分も一緒に探すと言い出した。お屋敷との連絡専用の風精霊シルフィード速達便で許可をもぎ取り(兄の愛家ぶりはお屋敷ではすでに有名だったらしく、反対してもどうせ行くだろうからという内容だったと思う)、ついて来てくれた。余談だが、その旅の道中で出会った不幸な山賊や盗賊のお陰で、兄が本当に腕の立つ人なのだと思い知った。そして相当重度の妹ダイスキーシスコンだということも。思っていた以上だった。



 そんなこんなで、わたしは無事『隠遁の魔女』に弟子入りし、彼女の元で医学と薬学を学び、さらに治癒術まで教わった。


 彼女が言うには、わたしには莫大な魔力があるのだという。どうやら前世で悩みの種の一つであった莫大な魔力は、魂自体のもつ魔力だったらしい。しかし今世でのわたしの体質は、その魔力を使って魔術を操るよりは、治癒術を扱う方に長けているのだとか。かと言って、彼女のように全然使えないというわけではないらしいが、あまり強力なものを使うと身体が耐えられないのだそうだ。


 前世の方に教えてくれる師匠もいなかったためわたしは知らなかったが、魔力というのはそもそも、肉体に宿るものと、魂に宿る二種があるそうだ。それは誰でも同じで、肉体に宿る魔力の性質で、得意な魔術(属性と、攻撃型か防御型かなどの)タイプが決まる。そして魂に宿る魔力が多ければ多いほど、強力な魔術の使用や、長時間の使用に耐えることができるとか。少ないと、そもそも魔術を使えない。

 で、この魂なのだが、精神という膜が、魔力を覆っているという風に考えるのが、一番近い構造なのだそうだ。精神が弱く脆ければ、魔力が溢れ暴走を起こす。逆に強靭すぎて硬いと、自在に魔力を引き出せない。そういうものらしい。




 そんな風に様々なことを教わった、『隠遁の魔女』の弟子生活十一年。

 師匠の卒業試験とやらをクリアしたわたしは、十七を迎えた今年、やっと独立の許可を頂いたのだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 現在のわたしの活動拠点は、マルキアット大陸という最大の大陸の隅っこ、わたしの故郷もある、レークフォード王国という緑豊かだが小さな国の、『ファーベンベルグの森』の中だ。この『ファーベンベルグの森』だが、薬草をはじめ、豊富な薬種が自生するのに人の手が入っていないという、なんとも嬉しい場所である。


 こんな好条件な場所なのに、なぜ人の手が入っていないのか?


 それは、この森の奥には古の魔獣が眠り、弱いとはいえ魔物が出るからだ。しかもその魔獣だが、不定期に目を覚まし、森の中をうろついている。そんな場所に入るのは、命知らずかただの馬鹿だと言われているような、いわゆる『魔境』なのである。



 なのになぜわたしが無事なのかというと、実はこの魔獣、人の言葉を解し、対話ができるのだ。ちゃんと挨拶をしたら、「これはご丁寧に」と挨拶を返してもらえた。こんなことをする人間は初めてだと何故か爆笑もされたが。


 これは前世の記録から得た情報なのだが、魔獣は魔物と違って高い知能を持ち、礼を持って接すれば、良き隣人として共に暮らしていけるそうなのだ。誰だって、出会い頭にいきなり攻撃されたら怒るし反撃するだろう。逆に、「こちらに越して参りました、これからよろしくお願いします」と挨拶されれば、「まぁ、煩わしくない程度には付き合おう」くらいにはなるだろうと、そういうことである。


 ちなみに名前はガルムレスク。六百年程生きた、緋色と鳥の子色を纏う巨狼のような獣の姿をして、その左目には縦に傷が走っている。その片方だけ残った鋭い瞳は、淡く黄色を混ぜたような銀色をしている。額には、荒く削った岩のようなごつごつとした角を持ち、戦闘になるとこの角が雷と炎を宿すのだ。一度間近で見たが、凄まじいものだった。


 そんな彼だが、眠っていたのは暇で他にすることもなかったからだそうで、最近では時折人の姿をとり、薬臭いと評判の我が家へ遊びにきてくれる。わたしも人恋しくなることがあるので、結構嬉しい訪問だったりする。

 それに。


「では、行ってきます。留守番お願いしますね、ガルムさん」

「ああ、行ってこい。夕飯を楽しみにしている」

「はぁーい」


 薬を届けに行ったり、近くの町へ売りに行く時に、こうしてその日の夕飯を条件に、留守番を頼まれてくれるのも、とてもありがたい。彼ならば、野盗や密猟者なんかの類が出ても、万が一ということもないだろうし。





 お見送りまでしてくれた彼に笑顔で手を振り、わたしは今日の最初の目的地、『パスク村』へと急いだ。

ちなみにメルは、『魔女の弟子』とそのまますぎる名前で呼ばれているようですよ。

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