戦後のファンタジー
ファンタジー小説の皮をかぶった何かです。
ファンタジー小説ファンの人。すいません。
「動くんじゃねぇ!!」
店の中は水を打ったように静まる。店の入り口には剣や弓で武装した集団がいた。
客や店員たちは手を上げて反抗する意思がない事を示す。
「手、上げたほうがいいですよ」
店員を務める少女は客の中で手を上げていない者がいたから小声で注意を促すが、彼は手を上げなかった。
彼は服というよりもボロ布を身体に巻きつけた、いわゆる乞食のような身なりだ。まだ若い。働き盛りのはずの年齢だ。彼はたまたま酒を買いに来ただけで、運悪く強盗に巻き込まれたのだ。
強盗団は客を嘗め回すように観察する。いやに落ち着いているところが不気味だ。
強盗団の長らしい人物がカウンターに近づいた。そこには手を上げていない乞食と店員の少女。
「噂どおりの上玉だな」
「隊長! 後で俺たちにも貸してくださいよ」
強盗団の言葉に少女はたちまち青くなる。
「あ、あの!! 金なら払いますから、娘は! 娘だけは!!」
店員をしている少女の父親が歩み寄るが、両刃の剣を隊長から向けられれば止まらざるを得なかった。
「ゆ、ゆるして下さい! お願いします!」
「いいねぇ。そうやって抵抗するのは悪くない。抵抗するから犯しがいがあるってもんだ」
店にいた客たちは皆、少女が空気であるように自然と視線をはずした。
金だけ取られるならまだしも、命まで取られてはたまらない。
少女の悲鳴に客たちは眉ひとつ動かさずにうつむいている。出来ることなら早く少女と金を取って出て行って欲しい。
「お前たち……その紋章は名のある傭兵隊の紋章だ。どこで手に入れたんだ?」
その言葉を発したのは乞食だった。誰もがその乞食らしからぬ発言に面食らった。
「なんだテメェ? 手に入れるもクソも、元々これは俺たちの部隊のだ」
「魔王がいた頃は自警団から出発した民衆を魔物から護る存在だったはずだ。こんな下らない事をするために結集したというのか?」
「舐めた口をきくんじゃ――」
乞食は素早い身のこなしで隊長との間合いをつめて、隊長を投げていた。
「な、よ、よくも隊長を!!」
しかし威勢がいいのもそこまでだった。強盗団に切りかかられた乞食は1人ずつ的確に攻撃を避ける。対する傭兵たちは切りかかるたびに昏倒するものが出た。
終いには倒れた仲間を見捨てて逃げるものもいた。乞食は逃げるものを追うようなことはせず、かかってくる者のみ、相手をした。
「すいません。店内が……」
傭兵たちのうめき声が聞こえる店内はまさに嵐が去った後のようだ。椅子は倒され、テーブルはひっくり返っている。
「あ、ありがとうございました!!」
少女とその父親に礼を言われて乞食はそそくさと店を出た。店の外には興味津々といった浮浪者がいた。
乞食が出てくると彼らは逃げるように消えた。
「あの! お酒!」
店から少女が出てきた。それは乞食が店に頼んだ酒だ。いや、頼んだものより明らかに上物の酒だ。量もそれなりにあるようだ。
「助けていただき、ありがとうございます」
「かまわない。あの連中は、よく来るのか?」
「うちには初めてです。でも他の店によくたかりに来るって……」
少女は暗い顔を背ける。乞食もふと、その方向に視線を向ける。そこには闇で覆われた路地だ。
路地からは人の気配が漂っている。きっと浮浪者が巣くっているのだろう。
「この町には浮浪者が結構いるのだな」
「はい。あの人たちは元々は自警団の人たちが多いって聞きました。魔王がいた頃は町を護るために戦ってくれた青年たちだとか……」
「町の英雄じゃないか。どうして浮浪者生活を?」
「お父さんが言っていました。町を護ることだけに青春を使い果たしてしまった。彼らは戦うこと以外を知らないから職人にも商人にもなれないって」
町を魔物の手に落ちないように戦い続けた彼らは軍人だった。彼らは自分のしていることに誇りを持っていた。誰かを護ることが嬉しかった。町の人々から感謝されるのが嬉しかった。
どんなに辛い戦いでも護るべきものがある嬉しさで乗り越えられた。
だが、それは唐突に終わった。
勇者が魔王を討伐したのだ。
そのおかげで魔物から町を護る戦いは終わった。散発的な魔物の攻撃はあったが、それは今までの攻撃から比べればたいしたことは無かった。
戦う必要が無くなった自警団は縮小した。多くの団員が剣を置いた。
しかし、彼らは戦うことしか知らなかった。
工房の技術や商店の経済を知らなかった。
かといって王国の騎士団は血筋によって編成される。入隊など出来ない。
傭兵隊も続々と規模を減らしていた。それに元々ただの商人の息子と戦闘訓練を重ねてきた兵士とでは胆力が明らかに違った。
彼らは普通の平和な世界での居場所が無くなってしまった。
町は最初、彼らに生活を支えるために褒章を出したが、それも長続きしなかった。
褒章が無駄であると言う人物がいた。魔王との戦いが経って時間が流れる度にそう言う人間が増えた。すでに町を護っていたことは遠い過去になっていた。
そうして彼らは浮浪者になってしまった。
「あの強盗さんたちも、元々は名のある傭兵隊で、この町を自警団と供に護ってくれていました。ですが、魔物から攻められることが無くなって、町はあの人たちとの契約を終わりました。そしたら、職がなくなったから、今度は私たちから奪うようになったんです……」
「……」
「……西の王国で王位継承戦争が起こったり、北の帝国から領土問題を理由に紛争が起きたり……魔王がいた頃は西も東も、北も南も1つにまとまっていたのにどんどん分解していってしまう……人も国も、みんなバラバラになってしまう。勇者なんて、現れなければよかったのに。あ、すいません。こんな話をしてしまって」
「いえ、構いません。ありがとうございます」
「え?」
「お話が聞けて、よかったです。お酒も、なんと礼をしていいか」
「とんでもありません。あ、お名前を伺いたいです。教えてください」
乞食は少女から受け取った酒を担ぎ、歩き出した。乞食はだんだん夜の闇の濃い方向に向かっていく。乞食が消える瞬間、声が聞こえた。泣きそうな、悲しげな、そして怒りをにじませた声だ。
「みんなからは、勇者と呼ばれていた」