第一章『有馬』
男は闇の中にいた。闇の中で光が近づいてきた。その光は記憶。男はそれをふれようとしたが、本能がそれを止める。「記憶を取り戻すな」と言っているようだった。男はその本能に逆らい、光を手に入れた。その瞬間、さまざまな記憶が走馬灯のように流れ、驚いた。「うわ!」と情けない声を出し、思わずその光を逃がしてしまった。しかし、自分のことを少しだけ思い出した男はこうつぶやいた。「俺の名前は……有馬…だったな」と。
「馬鹿な!なぜ抜けない!?」
瞬の剣は男の胸に刺さったまま、抜けない。どんな力で引いても、押しても、剣の位置は変わらなかった。
「俺の…名前は有馬…」
男がしゃべった。確かに心臓は貫かれている。しかし、男…有馬は生きていた。
「…とんでもない自己紹介をされたものです。どういう体をしてるんですか?」
「俺も……わかんねぇよ……。でも、あんたの…おかげで少し思い出した」
「…思い出せたのは、私のおかげ…ですか…。感謝してください。そして、死んでください」
瞬は思いっきり剣を回そうとする。しかし、剣はびくともしない。瞬が力を込めている時、剣がどんどん抜けていく。瞬の意思とは無関係で剣が抜けていたのだ。
「…なんだ…と!?」
「俺の名前は有馬。歳は18で、超能力が使えるみたい、だな」
「…超能力…ですか。だとしたら、この能力は念力かもしれませんね」
(もっとも、なぜこの有馬という男が死んでいないのか、は念力では説明できないんですけどね)
心の中で瞬は苦笑する。
「そうみたいだな。しかし、念力…ねぇ。まぁいいか。お前を倒せる力みたいだからな」
剣は完全に抜けた。そして有馬が手を横に振ると、暴風のような強大なエネルギーが瞬を襲う。瞬は吹き飛び、岩にぶつかった。
「が…はぁ!」
「一気に決めさせてもらう」
有馬はもう片方の手のひらを瞬に向ける。すると、瞬は岩にぶつかったまま落ちない。念力のエネルギーで押しつぶそうとしているのだ。
「はぁー!!」
有馬の力がどんどん強くなっていく。瞬はこのままでは死ぬと確信する。しかし、瞬には他の確信もあった。
(この…念力のエネルギー…。強すぎる。だが……この強さを維持するには、それだけの集中力を要するはず。……なら!)
瞬は剣を地面に落とした。その直後、瞬の鎧が飛び散った。鎧の魔法…鎧纏の魔法が解けたのだ。急な魔法の解除に有馬は一瞬、ほんの一瞬だけ集中力が途切れた。それが仇となる。
「なに!?」
念力が弱まったのだ。瞬はその一瞬を見逃さず、すかさず岩を蹴り、地面に着地した。
「甘いですね。私はあなたが驚いて、念力を弱めようとしていたのですよ」
有馬はすぐにもう一撃、念力のエネルギーを放つ。しかし、そこには瞬の姿がいなかった。
「ここです」
瞬は有馬の後ろにいた。数十m先まで念力で吹き飛ばしたはずなのに、一瞬で有馬の後ろに移動していた。
「…馬鹿な!」
「縮地の法…と言いましてね。ある程度の距離を一瞬で移動できるんですよ。これを習得するのに、かなり苦労しました。まだまだ修練不足ですけどね」
瞬は有馬を殴る。顔、顔、腹を殴られ、うずくまる。瞬はうずくまった有馬の顔を蹴る。
「ぐ…」
有馬は倒れた。白い髪に泥がつく。有馬の上にまたがり、何回も顔を殴る。
「早く…死んでくださいね」
瞬は無表情で殴る。ただの作業のように。普通ならこれで勝負は決した。砂をかけることも、金的を狙うことも、瞬は予想できている。おそらくそれに対応できるだろう。それだけ頭の回転が速かった。しかし、これは喧嘩ではない。殺し合いでもない。異能に近い能力者の戦いなのだ。そのことを瞬は考えていなかった。
「いい…かげんにしろ!!」
有馬の背中越しの地面が……なくなった。なくなった、というよりは巨大なクレーターができたようだった。念力のエネルギーを後ろに放ったのだ。直径5mのそのクレーターに二人は落ちる。こうして、絶対的不利をくつがえした。
「……めちゃくちゃじゃないですか…」
「……俺もそれだけ必死ってことだ。さっさと落ちろ」
有馬は瞬を蹴り、地面にたたきつける。勝負は決着した。
瞬と有馬の戦いを遠くで少女が見ていた。美しさと可愛さが両立している美少女。彼女はそれを見ていた。
「…へぇ…やるわね」
感心したようにつぶやく。
「決して、瞬が弱かったわけじゃない。むしろ、知能戦では勝っていた。あの有馬という男……戦略、戦術をくつがえすほどの力を持っていた。何より……あの顔は……」
少女は空を見上げ、悲しげに呟いた。
「まだ…終わってないみたいね」
「悪いな」
有馬は瞬に言って、走る。明美おばさんの家に。
「無事でいてくれ。村のみんな……明美おばさん!」
有馬が立ち去った後、少年が瞬のそばに立っていた。
「…負けてしまったね。兄さん…」
「………純…ですか」
少年は瞬の弟だった。瞬は言った。
「…彼は…純…あなたぐらいの強さを持っていますよ」
「それはないよ。彼、僕より強いもん」
髪の色、目の色、顔つきがそっくりな兄弟。兄は20歳相応の顔立ちだが、弟はかなり幼い。しかし、二人は双子だった。
「有馬さんは僕たちを超えている。彼の力は世界を滅ぼすほどの力になるかも、しれないね」
そう言った純の目には恐怖や畏怖ではなく、羨望や尊敬の念がにじみでていた。
有馬は明美の家に着いた。家に入ると、誰もいない。気配がないのだ。
「……遅かった」
家の中は散らかってはいない。いつも通りのきれいな家。争った形跡はない。
「…くそ!」
「遅くないわ」
有馬はその声に振り向いた。そこに少女が立っていた。先ほどの二人の勝負を見ていた少女。有馬はそのことを知る由もない。
「あなたが有馬…ね。瞬をよくぞ倒した」
「…あいつの知り合いか。誰だ?」
「私は『自由なる騎士団』リーダーのキクリ。よろしくね」
「自由…なる?」
「明美さんは心配いらないわ。私の部下が助けてる最中だからね。それより、あなたと戦いたくなったの。戦ってくれる?」
「……事情はわからんが、俺はあんたたちが、明美おばさんを襲った連中だと思ってた。そのあんたたちが真犯人を探しているとなれば、俺には戦う理由はないな」
「戦わないと、すべてを教えないけど」
「…それはだめだな。あんたに勝ったら、すべてを話してくれるんだな?」
「勝ったら、じゃなくて戦ったら、ね。あなたが私に勝てるわけないもの」
それを聞いた有馬は少し腹が立った。
「…おいおい、なめやがって…後悔しても知らんぞ」
(とは言ったものの…あの女…隙が無い)
先ほどから、ただの少女ではないと思っていた有馬。しかし、戦いという言葉を口にしてから、急に気配を変えた。
(今、俺から仕掛けるのはまずい。まだ…まだ距離が必要だ…)
有馬は後ずさりしていた。本能的にこの距離はダメだと、感じていた。
「そんなに下がって大丈夫なの?瞬を倒した力、見せてみなさい」
普通なら、この戦闘は無意味であり、必要もない。有馬が少しプライドが高いということと、彼女のあまりに強大で禍々しい気配が彼の冷静な判断力を鈍らせていた。
「お望み通り…見せてやる!」
有馬はキクリに手のひらを向ける。この動作により、念力のエネルギーを放ち、相手にぶつけることができる。そう…手のひらからしか、放出できないのだ。キクリはその弱点を瞬との戦いで見抜いていた。だから、避けるのは容易い。
「な…なに!?」
キクリは一歩横に移動し、念力を避けた。何発放っても、一発も当たらない。
「あなたの弱点は大きく分けて3つ。そのうちの一つはこれ」
話しながら、念力を避けるキクリ。その話し方はまるで何かを教えているような感覚だった。
「エネルギーを放出できる場所が限られているということ。まぁ、これは修行や修練次第でなんとかなりそうね」
言い終わった後、キクリは一瞬で有馬の目の前に移動した。
「うわ!?」
有馬は思わず後ろにステップする。
「2つめは、集中力がすぐに切れる」
「……お前…」
有馬はキクリを睨む。そして手を振る。有馬はキクリの余裕そうな表情が気に食わなかった。瞬の時とは比べ物にならない威力のエネルギーを放ったが、キクリはびくともしない。
「3つめ、威力が弱すぎ」
「……なんだと……」
威力が弱い。瞬を持ち上げ、吹き飛ばした念力のエネルギー。そのエネルギーが弱すぎると言っていた。しかし、キクリが言いたいことはエネルギーの威力だった。
「このエネルギーをわざと当たったとしても、ダメージ自体は皆無。吹き飛ばして、地面や壁にぶつけないとダメージにならない。その程度の力。風のようなもの。打撃のような、斬撃のようなエネルギーをイメージしなさい。そうしなければ、この強いエネルギーの威力が殺されている」
「……」
有馬は言い返さない。キクリが言ったことがその通りだと理解していた。事実、瞬に2回念力をぶつけたが、彼はすぐに行動できていた。
(そうだ…斬撃の…刀の…イメージ)
有馬は集中する。自分の放つエネルギーの形、性質を思い描く。
「あー、あと4つめね」
その言葉を聞いた瞬間、有馬の腹に衝撃が走る。
「が・・・は」
「集中する時間が長いこと、ね」
有馬は強いショックに襲われ、吐いた。そして、そのまま気を失った。
「まったく…瞬も、こんな相手に負けるとは、ね。ただ…」
キクリは有馬が倒れている横の地面に目を向ける。地面には切り傷があった。鋭利な何か。もちろん刃物のようなものは使っていない。そう…念力のエネルギーだ。
「吸収力は雑巾よりはありそうね」
キクリは有馬を担ぎ、明美の家に入った。