那波編
今度うちに恭ちゃんと音川さんを呼んで、バレンタインのチョコレート作りをすることにしたのよね。
そしたらアスラくんったら、
「あ、それなら俺も手伝いますよ」
なんて言うの。
だからね、つい言っちゃった。
「ええ~、それは変よぉ。自分がもらうチョコレートを自分で手作りするなんて~」
ってね。
「あ…それもそうか。でも、もう、その…」
「?」
なんだろう、アスラくんちょっと赤くなって何か言いよどんでる。
「那波さんには、もう、す・好きだって。何度も言ってもらってるのに…」
「あら、いいでしょ。だって、もっと、もーっといっぱい好きだって言いたいもの」
するとアスラくんは、またまたボフンと真っ赤になって言う。
「そ!それは…だったら、俺からも贈りたいです。俺からだって何度でも言いたいです」
「何度でも?」
「はい」
「なんて…言いたい…の?」
私はアスラくんの言葉が聞きたくて、ぶら下がるように抱きつきながら言う。
「好きだって…」
アスラくんは本当に恥ずかしいんだろう、ぶっきらぼうにそう言って。でもそのあと私を抱きしめて、すごく優しいkissを落としてくれた。
ここは私とアスラくんが一緒に暮らし始めたマンション。
うそじゃないのよ。夢でもなくて。
ただいま2人は婚約中。「もう婚約をすませたんだから、一緒に住め!」ってね、あのお父さんがあんまりうるさく言うから、じゃあそうしましょって、驚くアスラくんを引っ張って不動産屋さんへ行って、ちょうど新婚さんにピッタリなここが空いてたので、即入居したって言うわけなの。
でね、お父さんが私たちの結婚を許してくれたのには、ちょっと面白い訳があったの。
恭ちゃんが新婚旅行から帰って来て何日かしてから、うちにお土産持って来てくれるって言ってくれたの。半分はお父さんの説得のため。恭ちゃんはラスボス対決だー!なんて言ってたけど。
ふふっ。
でもその日、リビングに入ってきた恭ちゃんは、普通を装っているけどなんだかちょっと元気がなかったのよね。その上、一直さんもちょっぴり心配そうな様子だったので、お土産受け取ったらすぐに帰ってもらおうと思ったんだけど。
「まあー恭ちゃん、久しぶりね。どうぞゆっくりして行ってね。あ、今日は嬉しくってケーキ焼いちゃったのよ~。どうぞ召し上がれ」
お母さんがとっても喜んでて。その日はクリームたっぷりのケーキを焼いてたの。
恭ちゃんは一直さんや私にしかわからない感じで、ちょっと躊躇しつつも、
「ありがとうございます」
ってニッコリ笑って、ひとくち口に入れようとした。
そのとたん。
「ウウッ」
と、口にてを当てて「すみません!」って、バタバタとお手洗いに走って行っちゃったのよね。
あっけにとられてるお父さんとお母さん。
「あ、すみません。俺もちょっと失礼」
一直さんが後を追うべくソファから立ち上がると、お母さんが一直さんをちょっと手招きして聞いたの。
「ねえ、もしかして恭ちゃん、おめでたじゃない?」
「ええっ!?」
どうしたのかしら、お父さん、ものすごくびっくりしてる?
でも、一直さんはちょっと苦笑いして、なんだかはっきりしない。
「えっと、その」
それを肯定と勘違いしたお母さんたら、
「まあー、そうなの?まあ!おめでたいわー。でも、貴方たちのお子さんならきっと可愛いでしょうねぇ。ねえねえ、おとうさん?孫ですって。うちの那波は誰かさんのせいで当分無理ねー」
「う…うむ…」
なんだろう、お父さんなんだか変?よね?
で、その日は恭ちゃんが本当に気分が悪そうだったので、見かねたお母さんがもう帰りなさいって言ってくれたの。恭ちゃんはずいぶん恐縮してたけど。
でもそのあと何日かして、お父さんがいきなり言い出したのよね。
「那波。あの、なんと言ったかな、お前がつきあってる」
「アスラくん?」
「ああ…どうなんだ。彼とはまだ上手くいってるのか」
「あたりまえじゃない」
「うん、そうか。そうか、それは良かった。で、だな。どうだ、お前そろそろ、け…」
「け?」
「結婚したらどうだ…」
「え? ええー!?」
私、今まで生きてきた中でいちばん驚いたかもしれない。
すごい大声出しちゃってたみたいで、お母さんがびっくりして飛んで来たくらいだもの。なんで?なんで?って何度も聞いちゃったら、お父さんがね。
「この間、蔵木さんが来て、おめでたじゃないかと聞いたときな。なんだそのー、もうそろそろ私も、ま・孫を抱いてもいい年になったんだと」
するとお母さんが割って入る。
「お父さんったら、恭ちゃんがおめでたかもしれないって言うから、うらやましかったのよー」
「う・うるさい」
なんと、お父さんは孫を抱きたい一心で、私に結婚してくれっですって、もう。
でも、私はものすごく嬉しかった。アスラくんと結婚出来るの?これは夢じゃないのよね? そしてね、これで恭ちゃんも、ずっと一直さんと一緒に暮らせるんだもの。
あ、でもその前にもう一つ、両親に言わなきゃならない事があった。隠してた訳じゃないんだけど、お父さんの説得が終わってからでもいいかなって思っていたあること。
「あの、お父さん、お母さん」
私はちょっと居住まいを正して両親に向き合った。ふたりは何だろうって顔をしてる。
「あのね、隠してたわけじゃないんだけど。アスラくんってね、実は、じつは……悪魔なの。驚いた? 今まで黙っててごめんなさい!」
そう言いながら頭を下げた。
でも、両親からの驚きの声が聞こえてこなくて。
あんまりびっくりしたので声も出ないのかしら? 不安になってそっと顔を上げると、ふたりともそれで?って顔をしてこっちを見てる。
「えっと、お父さん?お母さん?驚かないの?」
「なんで驚くの?最近聞かないわよね~、悪魔がこっちへ来たって。でも、アスラくんって殊勝な子なのね、その若さでこちらへ来て生活してるなんて」
「え?どういうこと?」
「昔、と言っても貴女が産まれた頃には、悪魔もよくこちらに来てたわよね。あ、そうそう、ヒューマンハーフもたくさんいたのに、どうしていなくなっちゃったのかしら?」
「バカなヤツらが彼らの能力に嫉妬して差別しだしたからだ。今でもたくさんいるのだけど、おおっぴらにしていないだけだよ」
「まあ、そうなの?なんてひどい」
驚いて話をよく聞くと、うちの両親がまだ私くらいの頃は、悪魔もヒューマンハーフも正体を隠さず、普通に生活していたらしいの。
でも、数の少ない優れたものは、数の多い、ただの人に差別される運命にあって、能力を隠して暮らすようになったんですって。
だから一直さんもパンダさんも、あのときまでヒューマンハーフだって隠してたのね。うちの会社の人は、正体を明かした後も全然態度が変わらないけれど。
まあそんなことがあって、あれよあれよという間にアスラくんと私の結婚話は進んで行き、婚約と同時に同居しだしたと言うわけ。
あ、それから恭ちゃんのおめでた話の真相はね。
うちへ来る前日のこと。
音川さんが恭ちゃんに、彼氏とけんかして彼氏が出ていっちゃったー!って泣きながら連絡してきたんですって。で、電話ではどうしようもなくて、一直さんに了解とって家に来てもらい、なぐさめていた…までは良かったけど。
音川さんのやけ酒につきあってた恭ちゃん。
「もう飲めないーって言ってるのに、甚のヤツ!アタシのついだ酒が飲めないのーって、ほーんとしつこくて」
あの日のあれは実は二日酔い、だったんですって。でも、それが結局お父さんへの説得になったんだから、世の中って良く出来てる?わよね、ふふっ。
でね、バレンタインのチョコレート作り当日。
キッチンに入ってきた恭ちゃんは、アスラくんの顔を見たとたん、ええ!ってびっくりしたあと。
「なんでアスラがいるのよー」
なんて言うから、アスラくんも負けてない。
「うるさい、ここは俺んちだ。イヤならお前が帰れ」
「アスラくん」
「あ…すみません」
結局アスラくんも一緒にチョコを作ることになったの。お互いにブーブー言い合う恭ちゃんとアスラくん。この2人って見てると面白いのよね~。まるで本当の姉弟みたい。
音川さんもあきれて、
「那波ちゃん。こんなヤツらほっといて、とっとと作りましょ。はいはい、最初はどうすんの」
ってさっさと始めようとするから、恭ちゃんもあわてて参加する。
今回作ったのは、音川さんからリクエストのあったトリュフと、恭ちゃんからのリクエストで、バターをたっぷり練り込んだチョコレートケーキ。
生徒が優秀だから、どちらもとっても上手に出来あがったのよね、良かった。でも…
「あ、那波さん。そんなこと俺がやりますよ」
「アスラくん、頬についてる」「あ、ありがとう…」
「重くないですか?那波さん」
「アスラくん。ちょっとこれ混ぜてくれる?」「はい」
「アスラくん…」「那波さん…」、「アスラくん…」「那波さん…」
なんでかしら、2人とも途中で何度かため息ついてたんだけど。片付けが終わってお茶でもどう?とお誘いしたら、珍しく恭ちゃんも音川さんも断ってきたのよね。
「あー、えーと。今日は帰るわ。ちょっと、じゃなくて、すごくあてられちゃった」
「ホントホント。こんなとこにいたら、熱出て来ちゃうわよ」
とか言って、さっさと帰っちゃった。
私とアスラくんは訳がわからず、お互いに顔を見合わせてたんだけど。
「まあ、チョコはちゃんと出来上がったんだし。2人でお茶にしましょうか」
「はい。今日のは疲労回復のハーブティです」
その日のハーブティはアスラくんの愛がこもっていて、本当に美味しかった。
あらためて…
ありがとうアスラくん。大好きだよ。
ようやく!
那波とアスラも一緒に住み始められました。
こちらは那波視点のラヴラヴバレンタイン前、です。
仲の良いふたりに、どうぞあてられて?下さい。