黒き燃える部屋で
ボクは料理長にマナの事を包み隠さず話した。
もちろん初めは信じられないような顔だったが、ルナやシラを見せた事により少しは納得してくれたようだ。なにより、ボクがあまり嘘を吐かない事を知っている料理長はボクの話に驚きながらも頷いてくれた。
ボクは、料理長からマナの居場所を聞くと、料理長に会釈をして厨房を出て行った。
ここからならあまり離れていないから〈鏡花水月〉は使わなかった。その代わり身体強化魔法を使い、ボクは風の速度で走って行った。
「確か……この家だったような気がするんだけど……」
ボクは足を止め、家を見上げる。屋敷から少し出たところにある離れの家らしい。料理長が言うには魔法の練習するための建物だとか。
小学校のころはこんな家を知らなかったので、マナはてっきり屋敷のどこかの部屋を魔法の練習をするために改装してそこに居るのかと思っていた。それだけの広さがあるのだから。
家の中を覗くと、中は一つの部屋しかなかった。ところどころに壁があるが、天井までは届いていない。そして、何が起きているのか普通の人ならわからない現象が起きていた。
それは、部屋中が黒い炎で燃やされているのだ。みたところ、鉄製の物まで簡単に燃えている。
そして……その部屋の中心にマナが立っていた。
「……これ、割っても怒られないかな?」
『普通は怒られるじゃろ』
『でもこの際は仕方ないです』
二人の声を聞くと、ボクは刀を構え、窓を斬って中に入った。
パリィンッと窓の音を散らせてボクはその家へと入った。
「!」
マナが振り向く。
ボクはそのマナの驚いている目を真っ直ぐに見た。
「…………リクちゃん……」
マナはすぐに不安げに目を落とし、そしてオドオドしたような雰囲気でボクの名前を呼んだ。
「よかった……。まだ完全に汚染はされてなかった……」
まだ、悪魔には完全に汚染されてない。このままならまだ克服できる望みがある。
「マナちゃん。ボクに……教えてくれませんか? ボクのどこがそんなにマナちゃんを追いつめているのか……。どうしても、教えてほしいんです。ほら、ボクってバカですから」
自嘲気味に笑う。実際にそうなのだから。マナの変化にも気づいてあげられないだなんて、ボクの完全なミスだ。
そして、しばらく黒い炎が燃える音だけが響く。外は日が高いのに、この訓練場のような家の中だけが夜みたいに暗かった。
すると、マナが落ち込んだ声で小さく沈黙を破った。
「リクちゃんに……落ち度なんて無いよ……。……全部、ウチ自身の問題だから……」
自分自身の問題? だったらボクの名前が出てくるはずが無いんだ。
「マナちゃん。悪魔が言ってました。ボクに気づけと。ボクが関わっていなければボクに言うはずが無いんです」
「…………」
ボクの言葉に、マナは苦い顔をして目を伏せた。
「教えて。マナちゃん……」
ボクは優しく声に出す。
そして、やっとのことで話してくれた。
「リクちゃんはさ……。すごいよね」
「え? ボクが?」
それは予想外の言葉だった。
ボクをすごいだなんて言葉は出てこないと思っていたからだ。
「そうだよ。だって、神使いだなんてすごく強くてさ……ウチなんかあっという間に追い抜いて行っちゃったもん。ううん。追い抜いてない。初めからウチよりも上にいたんだよね?」
初めからマナの上? それは、ボクの力じゃない。ボクの借りているルナやシラ、ツキ達の神様の力だ。そして、聖地の力だ……。
「でもね。違うんだ」
違う? それは何を違うと言っているのだろうか? 強さなら確かに違うが……。
「リクちゃんが強くなることはウチにとってはとっても嬉しい。他の人だって強さを持ってて、ジーダスで役に立ててたもん」
「それは……。マナちゃんだって頑張ってたじゃないですか」
「うん。でも、役には立ってなかったよ……。むしろ足手まといだもん」
足手まといだなんて誰も思ってない。マナもいたから悪魔との戦いだって、誰も大きな傷を負わないで勝てたんだ。
「それから……夢を見るの」
「夢?」
マナがその時初めて足を動かして歩きはじめる。ボクを中心として円を書くように。
「そう。悪魔が憑いてから見れなくなっちゃったんだけど……。その夢でウチはね。言われたんだ」
「何を……ですか?」
恐る恐る聞くと、マナは足を止めてボクと初めて目を合わせてくれた。
「いつまで殻に籠ってるのって。何言ってるかわかんないよね」
殻に籠る……。
『なるほどのぅ』
『まなさんは、『夢』でだれかにはなしかけられていたのですね……』
『ん? それってつまりどういう事?』
『『ツキは黙ってなさい(るのじゃ)。話がややこしくなります(なるからのぅ)』』
頭で神三人が話すがそんなのは聞いていなかった。
「そしてね? その夢で聞こえる声はウチに力があるんだって。なのに殻に籠ってるから声の人が羽ばたく事も出来ない。……だからウチは、ジーダスでの戦いが終わってからずっと魔法の練習しててね……。でも、成果なんてなんにも出なかった……」
ボクの頭で魔法の練習を必死にするマナの姿が思い浮かぶ。
そこには、魔法をいくら練習しても一向に強くならない事にイラつくマナの姿があった。
「だからさ……何でもいい。ウチに……リクちゃんを守れるくらいの力が欲しいって……強く思っちゃった」
「え……? ボクを……?」
ボクは目を開き、呆けたようになる。
まさか自分を守るためにだなんて、そんなこと思ってなかったから……。じゃあ、あの悪魔が言った言葉って……。
「それが知らない間に悪魔にまで願っちゃったのかな……。最低だよね……。悪魔なんて、欲しがっちゃダメなのに……。だから……ウチがリクちゃん達といちゃいけないんだよ……」
「マナちゃん……」
マナは背を向き。ボクから体を逸らした。
もう、これ以上見ていられないと背中が語ってるような気がする。
でも……。
「マナちゃんが願ったのは、悪魔じゃなくて、自分自身なんじゃないですか?」
ボクは、ここでマナを引き離すわけにはいかない。
「確かに、初めはそうだったけど……。でも、そんなの今となっては意味の無い物だよね」
「意味の無い物なんかじゃありません」
ボクは少し強めに返す。するとマナは振り向いた。その顔は崩れ、涙が流れていた。
「意味の無い物だよ! だって……結局はただ願っただけ! ウチは最終的には願うだけのダメ人間なんだよ!」
「違います」
「そうだよ! だったら何!? ダメ人間以上とでも言う!?」
「それも違います」
「じゃあ何! みんなして……みんなしてウチを惑わせて楽しいの!?」
声が響き渡る。それはおそらくこの訓練場のような家の外にまで聞こえているだろう。
だけどボクは、そのマナの言葉を黙って聞いた。
「あの声も! 悪魔も! そして今、リクちゃんも!! ウチみたいなそこらへんの雑魚同然をリクちゃんの傍に置いといても――」
パァンッ!
『『『!?』』』
神三人が驚き、呆然とする。
それは、ボクが……。
――マナの頬を平手で強く叩いたからだ。
「な、なんで……」
「…………言うな……」
「え?」
マナが、ボクの小さな言葉に声を漏らす。
だからボクはマナの肩を抱き、ハッキリと。そして声を大きくして叫んだ。
「自分の事を雑魚同然だなんて言うな!! ボクはマナちゃんを傍に置きたくないだなんて一度も言った事無いし言うつもりなんてさらさら無い!! ボクはマナちゃんに傍に居て欲しいと思ってる!! マナちゃんはボクにとって大切な人なんだから!!」
力の限り叫ぶ。のどが潰れそうなほど。ボクの心の想いを、マナに伝えた。
それを前にして、マナは震える声を微かに漏らした。
「どう……して……? ウチは……ただの邪魔者……。これからだって……役に立てない……よ……?」
「そんなことありません。誰の役にも立たない人なんてこの世に居ないんです。マナちゃんは、ボクにとって必要な存在です」
ボクはマナの体を包む。身長はマナの方が高いから完全に包むことなんてできないが、それでもボクはマナを正面から抱きとめ、顔をボクの胸に埋ませた。
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