魔王の嫁
「か弱い女性をいつもいつも攫って!魔王!だが、今回もこの正義の味方のこの私、勇者の勝ちだな!」
片腕で可憐な女性を抱きかかえた眉目秀麗な男が、地にうずくまる男に剣を突きつけた。
「くそ、勇者め。今回も私の崇高なる計画を邪魔するか。仕方がない。戦略的撤退をしてやることにしよう。」
うずくまる男、魔王の周りに黒い光が輝く。
「なっ!魔王!今回も逃げるのか!ここで決着をつけようぞ!」
しかし、片腕に女性を抱えている勇者は魔王を追うことはできない。
「くそっ。今回も取り逃がしてしまったか。まあ、いい。君のような美しい女性が無事に助かったのだ。良しとしよう。」
「ああ、勇者様。ありがとうございます。これから先もぜひ私だけの勇者様でいては下さいませんか。」
悔しそうな顔をする勇者の胸に女性がしなだれかかってくる。それを剣を地に突き立てた勇者の片腕がしっかりと抱きしめる。
「ああ、僕もできることなら君だけの勇者で在り続けたい。しかし、僕には既に守らなくてはいけない女性たちがいる。僕には、君だけの勇者になってあげる事はできないが、どうか、君が僕だけの大切な女性になってくれないか?」
「勇者様。わかりましたわ。私は只今より、あなただけの存在になります。どうかいつまでも。」
そして、2人の唇が触れ合った。
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「以上が、魔王様が撤退した後の顛末になります。その後、件の女性は勇者の38人目の妻として、彼のハーレムに入りました。」
自身の敗退後について、近くで監視させていた興信所の人間から報告を聞いた魔王は苦虫を噛んだような顔をしていた。
「どうしてあいつばかり、女に囲まれるんだ!しかも、最初にいたあいつの幼馴染以外の37人は全て私が最初につばをつけたのに!」
魔王がそう憤るが、興信所の人間はしれっとしたように言った。
「それは、魔王様が毎回、女性を拉致るのがいけないんでしょう。その後、勇者が助けるという吊り橋効果が今の結果かと思います。」
「じゃあ、勇者が女を攫えばいいんだ。そして、私がそれを華麗に助ける。」
ひらめいたとばかりに魔王が目を輝かせるが、興信所の人間は呆れたように現実を突きつける。
「どこに、女性を攫う勇者がいるんですか?魔王が攫う女性を助けるから勇者と呼ばれるんじゃないですか!」
「では、どうすればいいんだ!」
「それは、ご自分でお考えください。これ以上は、個別相談対応として追加料金をいただきますよ。」
うんざりとした興信所が言うと、魔王がキレる。
「うるさい!とっとと出て行け!」
「はいはい。またのご利用、お待ちしていますよ。」
ひょうひょうと帰っていく興信所に向かって、魔王はあっかんべ~をしながら、塩を撒いていた。
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数日の休息により、勇者との戦いの傷を癒した魔王は、早速次なるターゲットを探すために人通りの多い繁華街に出ていた。
「どいつもこいつもブスばっかだな。最近の若いのはなっちゃおらん!」
じつは、魔王も攫う女性は手当たり次第というわけではない。容姿端麗はもちろん、頭脳明晰など実に108項目に及ぶ細かい評価基準がある。魔王はまず、候補となる女性を見つけると、平均3週間におよぶ追跡調査により108項目を厳密に調査する。そして、適当と判断すると、更に2週間に及ぶ綿密な計画のもと拉致(本人は魔王城に招待しているだけと思っている)を決行する。
もちろん、途中で候補者として脱落する者もいれば、計画途中で勇者に保護される場合もある。
「あの女は、惜しいな。あれで長いストレートな黒髪だったら何も文句はないのに・・・。」
などと、ブツブツ言っている彼が後ろを振り向いた瞬間、雷が落ちたような衝撃を受けた。よく、小説などで、運命の人物と会うことなどをこのような表現で表すことが多い。しかし、それはこの場合には当てはまらなかった。いや、一部ネタバレをすると、確かに魔王にとって運命の人となるのだが、そのような比喩表現を持っての表現ではなかったのだ。
魔王は、雷のような衝撃を浴びた瞬間、それがスタンガンを押し付けられたのだと理解した。魔王はすぐさまアースの魔法を唱え、体内に流れ込んだ電流を地面へと流す。毎度、勇者に負けているので、ヘタレと思われがちな魔王であるが、そこは王の名の付くもの。魔法の腕前は超一流である。
スタンガンが効かないとわかると、それを押し付けた張本人(女性)は大声で叫びだした。
「この人、ストーカーです。誰か~~。取り押さえてくださ~い!!」
「なっ!!」
再度確認するが、魔王は勇者にこそ毎度負けているが、実際の戦闘では魔王はかなり強い。今この場で多数の警官に取り押さえられても無傷でそのすべてを無力化できるだろう。しかし、この場で騒ぎになるのはいろいろ都合が悪い。結果魔王は、その女性の口を抑えながら、魔王城へ転移していった。
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魔王城へ到着した魔王プラス1名は、テーブルを挟んで向かい合うように座り、お茶を飲んでいた。
しつこいようであるが、魔王が求めていたのは花嫁である。今まで招待(誘拐)した女性たちに対しても丁重なもてなしをしていたし、何より誠意を持って求婚していた。しかし、皆魔王ということで怖がってしまい、結果として、まともなコミュニケーションすらもままならなかったのである。それどころか、恐怖による吊り橋効果から全て勇者に奪われていたのである。
「そろそろ、私に対する説明があってもいいのではないかしら?」
不敵に笑うその女性は、出されたティーカップをくいっと持ち上げて微笑んだ。その女性をこちらも不敵に笑う魔王が余裕を持って見つめていたが、その実、全く余裕なんてなかった。
(やばい、どうしようか。今までは招待してきたのだから良かったが、今回は完璧な誘拐になってしまう。しかし、私と面と向かって恐怖しないのは彼女が初めてだ。)
「私は魔王だ。お前が言いがかりをつけてきたからな。あの場で私の正体が公になってしまうと何かと都合が悪い。だから、こうして我が城までお招きをしたということだ。」
「でも、あの時やっていたのはれっきとしたストーカーじゃない!」
女性が疑いの目で魔王を見てから、ズズッと紅茶を飲む。
「あれはストーカーじゃない!私は自分の伴侶になるのにふさわしい女性を探していたのだ。私の調査だとあの女は、108項目の審査基準の内、78項目までクリアしていたのに、おまえが邪魔するから見失ってしまったではないか。っと、なぜそんな汚いものを見るような目を向けるのだ!」
女性がドン引きしていることに気付くくらいは魔王も周りを見ている。
「じゃあ、今まで多くの女性が誘拐されていたのってのは、その伴侶候補を拉致していたってことなのね?」
世間一般的な噂について女性が呆れたように聞くと、魔王は慌ててかぶりを振る。
「そんな事はない。私は憲法にもある両性の合意について、しっかりと尊重している。誘拐や拉致っていうのは勇者の私魔王に対するネガティブキャンペーンだ!」
いや、魔王の悪行を広げるのがなぜネガティブキャンペーンになるのか?恐怖の対象になるのが魔王としてはこれ以上ないポジティブキャンペーンになるのでは、と思う女性だったが、そのことは口にしなかった。
「じゃあ、真実はどうなのよ?」
女性の質問に対し、魔王はよくぞ聞いてくれたとばかりに話し始めた。
「私は、先ほどの108項目をクリアした女性に対し、さり気なく接触しているのだ。そして、親密な関係になり、そして、我が城に招いている。いつも、女性は喜んでそのことを承諾するのだ。だから私は、女性を連れて魔法で転移をする。そして、城につくとなぜか、女性は怖がっているのだ。あなたは魔王なの?いや~、食べないで!って。本当はここから、素晴らしいティータイムの中で愛の言葉をささやき、求愛。そして、晴れて結婚という流れになる予定なのに。」
「魔王がここまでロマンチストだと、気持ち悪いわね。しかし、その女性たちの気持ちも解るわ。だって、あの魔王城の外見を見ればだれでも逃げたくなるわよ。もっと何とかならないの?外装をピンクにするとか。」
女性は笑いを堪えるようにして言った。
「先祖代々、神聖な魔王城を変えるなど言語道断だ。それに、ピンクでは魔王としての威厳がなくなってしまうではないか!」
魔王は必死に反論する。それを抑えて女性が言った。
「それで、女性が怖がっているうちに勇者が来て、女性をさらって行く、と。」
「まさにそのとおりだ。笑うなら笑え。」
結末をあっさりと予想された魔王は渋い顔をしながらそっぽを向く。
「じゃあ、これで問題は解決するわよ。私が、あなたの花嫁になればいいんだわ。なんか、あなたの話に同情しちゃった。」
ころっと言う女性に対して、魔王が怒り出す。
「バカ言え!お前は、検査項目第1、5、17、33、56、71、89、100、102、107条に該当していない。そんなお前が私の嫁になどなれるか!」
それを言った瞬間、魔王は地面にたたきつけられた。気がつくと、女性が完璧な関節技を決めていて、身動き一つとれない。
「つべこべうるさいわよ、あ・な・た。で、どうするの。このまま死ぬか、私を娶るか。」
この選択肢は微妙過ぎると思う魔王であるが、死ぬわけにはいかないので渋々了承する。
「わかった、不本意だが、お前を娶ろう。」
立ち上がった魔王ははっきりという。
「私は魔王、ガルディーン・ゼクス・バンドルフだ。我が力の及ぶ限り、お前を守り、愛そう。」
それを、女性がまっすぐ正面から見つめ、そして言った。
「ああ、そういう重い愛はいらないから。イザベラ・レインハートよ。あなたの妻になるわ。魔王よ、生涯私に尽くしなさい。」
「ちょっと待て。尽くすってどういうことだ。それでは私のほうが立場が下になってしまうではないか。」
イザベラの言葉に魔王が反論するが、逆ににらめつけられて声を失う。そして、2人は夫婦となるためのキスをかわそうとした時、突然扉が開かれた。
「魔王よ!お前はまた、いたいけなご婦人をさらったのだな。今回という今回はこの勇者が討ち取ってくれよう!」
突然の勇者の登場に、魔王がすっとイザベラをかばうように前に出て勇者と対峙する。
「勇者よ。お前はなぜ、こうも私の邪魔をするのだ。しかも今回は長年の夢が叶おうとしたところによくも。今回は私がその息の根を止めよう。」
しかし、魔王が勇者に向かって進もうとした時、後ろから底知れぬ恐怖を感じた。
「ガルちゃん、ちょっとそこどいてくれる?」
「え?ガルちゃんって?」
「ガルディーンなんだからガルちゃんでいいでしょ。それより、早くどいて!」
あ、はいなどと言いながら魔王が慌てて横に逃げる。そして、前に出てきたのは、笑顔の底に隠し切れない怒りを纏っているイザベラであった。
「あなたが、勇者さん?いつもガルちゃんがお世話になっているわね。あなたさえいなければガルちゃんはもっと早く幸せになれたかもしれないのに。まあ、それは不問にしておくわ。でも、せっかくの私とガルちゃんのキッスを邪魔してくれたことは万死に値するわ。」
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その後、ハーレムに帰った勇者は、勇者の廃業を宣言したとか。更に、女性不信に陥った彼はハーレムの解散も宣言した。
そして、魔王城では、最凶の魔王夫婦(主に魔王妃)が長きに渡り君臨したと史実に残ることになった。