表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/37

第八話 親と誇りと


この王立ヘルシオン操縦士学校には、ヘルシオン王国の資産家や政治家、軍事関係者の子息が多く在籍している。


高い教育機関ではあるものの、国王がこの学校の教育水準を維持するために、この学校の運営資金は全て国税によって賄われていた。


そういう訳で、勿論裕福な家庭の子息ばかりが在籍しているだけでなく、一般的な家庭からも優秀な人材が入学できるシステムなっていた。


とは言え、この学校に入るための最初の難関である入学試験に合格できる程の家庭環境に恵まれた一般家庭はやはり少数派で、比率にすると八対二の割合だ。


下手をすれば、そのニ割さえ年度によっては下回ることだってある。


そんな状況からすると、ハルのように国王の目に留まり、中途編入するパターンは大変珍しいことだった。


そんな二人の元へ、突如もう一人のハルの友人が現れた。


「やあ」


ハルはハツサンドを頬張ったまま、満面の笑みで手を挙げた。


「ゾイ!」


「聞いたよ、ハル。早速スタンリー教官の授業でやらかしたって?」


口をもぐつかせ、慌てて口の中の物を早く飲み込もうとするハルに、ゾイは忍び笑う。


そして、そのすぐ隣で硬直したように動かない眼鏡の少年に目を留めたのだった。



「初めまして。君は……、フラン・ベル君だな?」


上級クラスの主席である、憧れのゾイ・ボルマンがまさか目の前に突然現れるとは予想だにしていたなかったフランは、緊張で手からフォークを滑り落としていた。


フランが何より驚いたのは、ぞんなゾイが、自分のことを知っていたという事実である。


「君の父上は、確か、あの浮遊石の開発で有名なギー・ベル博士だったかな?」


フランがゆっくりと頷いた。


「僕は、ゾイ・ボルマン。僕の父はヘルシオン王国の空軍大将を務めているんだけれど、君の御父上にも、随分協力をいただいたと父が以前話していたよ」


未だ固まったままのフランに、ゾイが右手を差し出す。


フランが真っ赤になって、おそるおそる自らの手も差し出した。


ぐっと強くその手を握り返したゾイは、


「よろしく。どうやら、君には僕と共通の友人ができたようだ」


と、茶色の大きな目をパチパチさせているハルに視線をやって小さく笑みをした。


「ん?」


やっとのことで、頬張ったカツサンドを飲み込み終えたハルは、その右手に、まだ半分程かじりかけたカツサンドを持ったままである。


「ゾ、ゾイ・ボルマン先輩っ……! お、お会いできて光栄です……」


真っ赤に染まったフランの顔に、ゾイが苦笑を洩らす。


握られた手がびっしょりと汗ばんでいることに気付いたせいだ。



「2人のお父さんってすごいんだね!」


ハルは目をきらきらと輝かせた。


「そ、そんなことないよ。ゾイ・ボルマン先輩のお父さんに比べたら、うちの父さんなんて……」


恥ずかしそうそうに俯くフランに、ゾイが眉を顰めた。


「何を言っている。君の御父上の研究と開発があってこそ、このスカイ・グラウンドにおいて人工島が未だこうして空の上で、なんの不自由もなく浮いていられるんだ。君のお父上の力がなければ、人工島がこうして宙に無事浮いていられることもなかっただろう。君は自分のお父上をもっと誇りに思うべきだよ」


ゾイの言葉に、フランはますますと赤くなって頷いた。


フランは謙虚のつもりだったのだろうが、ゾイにとってはどちらの父も国に貢献しているという点では、優劣をつけるようなものではなかったのだ。


「そうだよね、人工島の劣化に伴う浮遊力低下現象ってすごく問題になっているもんね。僕らが生まれるよりもずっと前から」


と、ハルが話題に加わった。


この事実は、学校へ行っていなかったハルでもよく知っていたからだ。


「ああ。その劣化を最小限に止める研究に成功したのが、ギー・ベル博士。

今じゃ、我が国の人工島だけでなく、この世界に点在する人工島全てになくてはならない技術となった訳だ」


「へぇ、そりゃすごいな~~!!」


そう言ってすっかり感心しているハルだったが、ふとゾイによってその話題のボールがハルのところに向けて投球されるのだった。


「そう言えば、君には立派な祖父がいると言っていたね。君の祖父は何をされているんだ?」


にっこりと微笑み、ハルは迷いなく言った。


「じいちゃんは死んで今はもういないんだ」


はっとしてゾイがハルの顔を振り返る。フランも固い表情でハルの顔を見つめた。


「……悪いことを聞いたな」


配慮が足りなかったことに、ゾイは申し訳なさそうな表情でハルを窺い見る。



「ううん、いいだん。じいちゃんは今はもういないけど、すっごいよ! じいちゃんの修理工場はヘルシオン王国一、いや、世界一だ!」


ちっとも気落ちした様子を見せず、しっかりと胸を張り、ハルは嬉しそうに話した。


「じいちゃんの手にかかれば、どんなポンコツだって魔法みたいに直る! それに、じいちゃんの手から生まれた機体は、全部命が宿るんだ!」


上流階級の生まれでは無いことを明言するハルの言葉だったが、ゾイはその話を真剣に受け止めていた。


何より、ハルが茶色い大きな目を輝かせ、大好きな祖父のことを嬉しそうに話す姿が、ゾイとフランの目にはとても印象的だったのだ。


ハルは、自分の生まれや育ち、そして祖父を失ったことを嘆くどころか、その全てを誇りに思っていた。



「そうか。君のそれ程の才能を引き出した人だ。きっと素晴らしい方だったんだろうな、君の祖父は」


この目の前の未知の力を秘めた少年を育て上げた、その祖父とやらに、ゾイできることなら一度は会ってみたかったと心底思うのだった。


「そうさ。じいちゃんは世界一のパイロットだぞ。ぼくの自慢の師匠なんだ」


フランは、自信の無い自分とはまるで正反対の、自信と誇りに満ち溢れたハルの様子にひどく心を揺さ振られた。


フランにとっては、ハルという存在はあまりに眩しい。



「フラン、ハルはすごいだろ? 初めはきっと驚くことばかりだけれど、きっと今に慣れる。君もこの学校に入学したということは、航空関係の職を目指しているんだろう?」


フランの心情を読み取り、ゾイがぽんと細っこいフランの肩を叩いた。


「は、はい……」


眼鏡の奥で、フランの目が揺らぐ。


「僕はハルの友人でもあるが、ライバルだとも思っている。君はそんなハルと友人になった。これも何かの縁だ、何か困ったことがあればお互いに力を貸し合おう」


そう言って、ゾイは少し大人びた表情に小さな笑みを浮かべた。


そのとき、周囲の視線が主席であるゾイと何気なく話している自分達に注がれているということに初めて気付いたフランは、ますます顔を上気させて、コクコクと人形のように何度も首に縦に振る。




「ハル。そして僕は上級クラスで君が上がって来るのを待っている。一刻も早くここへ上がって来い」


ゾイは利口そうな目を、じっと静かにハルに向けるのだった。






ハルとフランはそのヘルシオン操縦士学校の大食堂にて、昼食を摂っていた。


あの実地訓練の日の事故以来、フランはハルにとってこの学校で二人目の友人となった。


「みんな、君を見てる」


フランがおどおどと周囲を見回し、居心地悪そうにハムをつつきながら言った。


「ぼくを? まさか」


ハルは気にした様子もなく、この学校での一番のお気に入り、ヘルシオン特性カツサンドを大口で頬張った。


「見てるよ。だって、君ってば……」


「うむむ。ひゃっぱりこれ、おいひい!!」


 “やっぱりこれ美味しい” と言ったつもりのハルに、フランが困った顔で眼鏡越しに溜め息をつく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ