第三十四話 空賊船を追え!
「めんどくせぇな……」
レオはやけに冷静な口調でそう呟いた。
ラミロとレオの借り物の避難用モーターバードの右サイドには真っ赤なドラゴン型のモーターバードが。左サイドには灰色のコウモリ型モーターバードが。真後ろには、真っ黒な鴉型モーターバードがU字に取り囲んでいた。
「リーダー、やっちゃっていいの?」
コウ・リンがヌンチャクを構え、チャン・フェイに訊ねた。
潤滑油を浴びせられた彼女だったが、滑り止め効果のある特殊な粉をふりかけたことで、飛行が可能になったようだ。
ハンドルレバーから座席から、全てか茶色い粉に塗れている。
「兄上からは、追跡せよということしか聞いていない」
後方で今か今かとウズウズしていうテイ・ファンにも聞こえるように、チャン・ルイが言った。
こちらのテイ・ファンも、レースでは失格になったものの機体は無傷のようだ。
「……が、攻撃してはいけないという命令も聞いてはいない」
それを聞いた途端、コウ・リンのゴーグルごしの目が僅かに光ったような気がした。
「つまりそれって、死なない程度に痛めつけてもいいってことだよね、リーダー?」
ヌンチャクを持つ手に力を込め、コウ・リンは攻撃態勢をとる。
「ガキんちょ相手に銃ぶっ放すって大人気ない?」
ラミロは腰にひっかけていた銃を足元でそっと手にとり、そうレオに訊ねるのだった。
「立ち塞がる敵は、ガキだろうと女だろうと関係ねえだろ」
レオは呑気にもぐんと操縦席で伸びをする。
「だよなー」
レオは伸びをした左脇から流れるような手つきで銃弾を連続で放った。それとほぼ同時にラミロもぴったりのタイミングで右脇から銃弾を放つ。
レオの放った銃弾はコウ・リンの肩を掠め、素早く動きを読んだチャン・ルフェイがレバーハンドルを右に切ったことで、ラミロの放った銃弾はチャン・フェイの真っ赤な機体のサイドボディーに当たって銃痕を残した。
「やれ」
チャン・フェイの一声が戦闘開始のスイッチとなった。
銃弾が肩を掠めたコウ・リンは歯を食いしばり、すっかり頭に血を昇らせてヌンチャクを勢いよく振り回し、後方のテイ・ファンは遠慮なく鋼鉄のワイヤーを筒口から発射した。
「あっぶね」
ラミロはギリギリのところでコウ・リンの攻撃を交わし、レオも戦闘における勘を頼りに、テイ・ファンの攻撃を避けてみせた。
上空からは容赦なくチャン・フェイの火炎放射が吹き付けられ、それも回転をかけることでなんとか回避した二人だったが、それさえもチャン・フェイ達をムキにさせる一つの大きな要因となった。
態勢を立て直したチーム火鳥の三機は、再びレオとラミロの乗る脱出用モーターバードに襲いかかった。
その間も島の南端からは、少しずつ一隻の空賊船が遠ざかりつつあった。もう一隻の太陽のシンボルマークの描かれた最新式の空賊船も、リンベル王国の二隻の軍用飛行船と交戦しながらも、少しずつ後退を始めている。
「まるで戦場だな」
アレン・パーカーは呟いた。
彼は王立ヘルシオン航空学校を卒業の後、軍への推薦を受けたにも関わらず、それを蹴ってまでモーターバードのレース界へと飛び込んだ。
争いを嫌うからこそ、脇目も振らずにレーサーを続けてきたというのに、ここにきて、こんな形で国の駒として戦場に赴くことになるとは考えもしていなかった。
隣を翔ける齢十三歳の少年でさえ駆り出されるという状況に、嘆息をもらさずにはいられない。
そんな折、ハルは一〇〇カリア程先に、見覚えてのある三機のモーターバードが脱出用モーターバードを囲むよう攻撃を仕掛けている姿を発見した。
「アレンさん、あれ見て!!」
アレンはリュックの中から双眼鏡を取り出すと、ゴーグルを一時外してその方角を確認する。
「……ソウシン国の軍航学校の奴らじゃないか。襲われているのは、観戦用飛行船の脱出用モーターバードだな」
と、レンズに映った様子を口に出して説明するのだった。
「なんで脱出用モーターバードなんか襲ってるんだ……? この騒ぎに紛れて強盗でも働く気だろうか?」
双眼鏡を目から離し、アレンははてと考える。
「なんだか様子が変だ。脱出用モーターバードにしては、えらく操縦に慣れてる」
肉眼で確認するしか方法のないハルは、じっと目を細めてそちらを見つめるのだった。
チャン・フェイ達のモーターバードはまるで手加減なしで三機同時に攻撃をしかけ、逃走する二機の脱出用モーターバードを追い詰めている。
「なんだか嫌な予感がする。近づかない方が無難だ」
危険なレースは今までに幾度となく経験してきた。そんな経験と勘が、あのモーターバード達に近づくなと言っているような気がする。
「俺達は空賊船本体から少し距離をとって追跡しよう。いざこざには首を突っ込まないのが得策だ」
じっとその方角を見つめたままのハルに、アレンが告げた。
「なんてしつこいクソガキどもだ」
スピードが八段階しか出ない借り物のモーターバードでは、いつもの半分の力も発揮できない上、この煩わしいソウシン国の軍航学校の生徒を振り切ることさえできないことに苛立ち、ラミロはフットペダルを踏みかえ、敢えて一番緩いスピードに落としてやる。
突如傍を翔けていた機体が姿を消したと勘違いしたコウ・リンとテイ・ファンが目を丸くし、探すように視線を彷徨わせている。
「よそ見してんじゃねえよ」
レオはテイ・ファンに向けて銃の残り弾を全て放った。
一発はテイ・ファンの腕を貫き、直後に彼の機体は僅かにスピードを落とした。どうやら、利き手を怪我したようだ。
「舐めるなよ」
コウ・リンがヌンチャク片手に飛びかかってきたところを、レオは逆にヌンチャクの先を手の平で掴み、そのとてつもない握力でもって彼女ごとモーターバードから
引き摺り下ろしてしまった。
ヌンチャク一本で空中で宙ぶらりんになってしまったコウ・リンは、悲鳴を上げた。
「ガキども。喧嘩を売る相手を見誤るな。でないとこうなる」
レオは防寒マスクの下で黒い笑みを浮かべ、ヌンチャクを掴む手を放した。
「ダメだーーーーーー!!!!」
颯爽と現れた真っ白いツバメは、落下してゆくコウ・リンの姿を追った。
「ハル君!!」
アレンが止めるよりも先にハルは飛び出していた。
ハルがエアリエルの前部分で彼女を見事受け止める瞬間、上空からそれをしっかりと見ている人物がいた。空賊船ビアンカ号の船長、レオである。
「ようやく来たか、チビ助」
そう呟き、レオは後ろを翔けるラミロにハンドサインにて合図を送る。
前方から、ラミロがルイスに頼んだ援護の戦闘用モーターバードが三機こちらへ向かってきているのが見えた。
サイドミラーでラミロを確認すると、ガッツポーズをかましている。
いつの間にやら、真っ赤なドラゴン型モーターバードの姿は傍から消えていた。
一体どこへ雲隠れしたのやら……。だが、今までのしつこさから考えると、チャン・フェイがそう簡単に諦めるとも思えない。
下を向けば、真っ白いツバメは、受け止めたコウ・リン地上すれすれのところで雪面に降ろし、再び上空へと舞いあがってくるところであった。
「船長、援護します」
翔けつけたビアンカ号の戦闘用モーターバードを操縦する三人は、かつては暴走族と称されていた荒くれ者達ばかりだ。
力自慢のガイ、歯抜けのデューク、スキンヘッドの見た目に似合わず菓子作りが趣味のギル。
やっと一安心かと思いきや、今度はまた前方から六機の戦闘用モーターバードがこちらに向かってきているのが目に入る。
「ちっ、エリーか」
六機の先頭で、一つに結い上げた真っ赤な赤毛を防寒用の帽子からはみ出させ、いつもと変わらない派手なティーシャツの上に毛皮のコートを羽織っただけというなんとも寒そうな恰好でモーターバードを乗りこなす女は、あの空賊船アポロン号の女船長、エリーに違いない。
「エリーさん!?」
やっと追いついてきたラミロが、驚いて思わず声をあげる。
「レオ! お望み通り日誌に奪いに来たよ。こっちに日誌をよこしな!」
エリーはアポロン号と同じくシンボルマークがくっきりと描かれたモーターバードの操縦席から叫んだ。
「ガイ、後ろへずれろ。そっちの操縦席に乗り移る」
すぐ隣を翔けるガイの操縦席に、レオは間髪入れずに空中で飛び移った。
操縦者のいなくなった借り物の脱出用モーターバードは、斜めに高度を落としながら離れていく。
「誰も頼んじゃいねぇぜ、エリー。日誌が欲しけりゃ力ずくで奪ってみろ」
防寒用マスクをずらし、レオは挑発するようにエリーを見てニヤリと笑った。
「言ってくれるじゃないか。その言葉、今に後悔することになるから、覚悟しな!」
エリーの手の合図で、後ろの五機の戦闘用モーターバードが一直線にこちらに向けて飛び出した。
そして、迷うことなく銃撃を開始した。
「奴ら、打ってきやがった!!」
咄嗟にハンドルレバーを切って攻撃をかわしながらデュークが喚いた。
「ちょっと詰めろ」
これはそう簡単にはいかないと予感したラミロが銃撃の合間を見計らい、ギルの戦闘用モーターバードに乗り移る。
「逃がすか!!」
エリーはモーターバードから止めどなく銃撃を行い、三機を追いかけた。
レオとラミロが操縦する戦闘用モーターバードは、先程の脱出用モーターバードとは違い、ずっと速くスピードを上げていく。
それでも、エリー達のモーターバードも負けてはいない。一〇カリアとも離れずぴたりと後ろを追跡してくる。
後ろの座席に移ったガイとギルは、積み込んできた連射式の銃で対抗し、後方のモーターバードに向けて発砲を続けた。
そのうちの数発が見事エリーの手下のモーターバード二機に当たり、煙を吐きながら二機は後方へと高度を下げながら離れていくのが見えた。
「っちい!! 何やってんだい、馬鹿やろう!! あっちは三機でこっちは六機なんだ。やられてんじゃないよ」
二機が同時にやられたことで苛立ったエリーが部下を罵った。
「船長、この調子だと、数分後にはビアンカ号の砲撃圏内だぜ」
ラミロはレオにそう伝えた。
既に二人乗る戦闘用モーターバードにも弾が何発か当てられている。
「ルイス。俺だ」
ベルトの無線機からレオが船長代理、ルイス・カミュを呼び出した。
『こちらルイス。まだ生きていたようで何よりです』
冗談ともとれないそんな台詞を口にし、ルイスが柔らかい口調で応答した。
「アポロン号の戦闘機から攻撃を受けてる。あと数分でビアンカ号の攻撃圏内に突入する。俺達が突入し次第、次の計画に移れ」
『了解。こちらはいつでも準備はできていますよ』
そう言って、ルイスの落ち着いた声が切れた。
「エリーさんには申し訳ないけど、俺達はこのまま島を離れる」
サイドミラーでエリーの機体を見つめ、ラミロはそう呟やくのだった。
「ハル君! 何やってるんだ!」
アレン・パーカーは焦燥していた。それでなくとも危険な任務の最中で、それなりの慎重さを保たなければならない中で、ハルが後先考えずに一人飛び出して行ってしまったからだ。
アレンは、自らの白鳥のモーターバードを、上空に浮上してきたハルのエアリエルの傍に寄り添わせ、叱責するのだった。
「衝動で行動するのはあまりにも危険だということを、君は理解してないのか!?」
「ご、ごめんなさい」
小さくなって、ハルはしゅんと頭を下げた。落下しかけたコウ・リンを見て、いてもたってもいられなくなり、思わず助けに飛び込んでしまったのだ。
「謝ったったって仕方がない。今ので空賊たちにこちらの存在に気付かれたかもしれないぞ。ここからは、今まで以上にもっと慎重に動かなければ……」
あの後、少し距離をとって飛行してはいるが、あの戦闘用モーターバードがどう見ても空賊船のものらしいことは、ここから見ても明らかだった。
しかも、前を翔ける三機を現在は四機のモーターバードが銃撃しながら追っている。
どういう訳か、二つの空賊船は互いに同盟を組んでいる、という訳ではなさそうだ。まるで、何かを取り合っているいるかのようにも見える……。
「わかりました。次からはよく考えて行動するよう気をつけます」
「わかってくれればそれでいいんだ」
あまりにも素直な少年に、アレンは苦笑を浮かべて肩を竦めるのだった。
「……とはいえ、空賊の母船一隻は既に島の外に逃走を始めているし、もう一隻の新型の空賊船もそれを追うように逃走を始めている。あの戦闘用モーターバード
達も、そちらを目指して飛行しているようだし、オレたちはこのまま距離をとりながら追跡を続けるしかなさそうだな」
イリオン島の南端を抜け、逃走ルートを辿り始めた二隻の空賊船の背を見つめ、アレンは一人そう話した。
(しかし、一つ大きな謎が残るな。空賊どもは、一体何の為にイリオン島を攻撃する必要があったんだ……? 何か狙いがあったのか。これ程派手に攻撃をしかけておいて、潔く去るには訳があるのか?)
いつもは爽やかな笑顔を浮かべているアレンの表情が僅かに険しくなる。
「でも、すごい戦闘だね。あの追われている方のモーターバードの前の二機のパイロットは、ものすごく個々のモーターバードの持つ特性をよく活かしてるって感じ。じいちゃんが、どんな機体に乗っても、その特性を活かして操縦できるパイロットは本物だってよく話してた」
ハルの言葉が過去形なのことに気付いたアレンは、深くそのことについて追究しないことにしておいた。と同時に、この少年の祖父とやらがどんな人物なのか些かの興味も同時に湧いてくるのであった。そんな話をできる程、モーターバードやその操縦について深く熟知しているとなると、相当の人物だと予想できたからだ。
そんなことを考えているうちに、空賊船の戦闘用モーターバードはいよいよイリオン島の南端へと辿り着いていた。
見ると、母船との距離は縮まっており、その距離約五百カリアというところだろうか。
「見て!! 空賊船から煙が出てる!!」
追われている方の戦闘用モーターバード三機の方の母船から、ハルの言うように、赤みががかった煙が噴出し始めていた。
その煙はみるみるそのあたりに立ち込め、霧を作り出していく。
「なるほど、目くらましか」
煙聞いてピンときたアレンは、指を鳴らした。勿論、防寒用の手袋を着用している為、音が鳴ることは無かったが。
みるみる周囲を覆ってしまった人工の霧の中に、戦闘用のモーターバードは吸い込まれるように掻き消えてしまった。
「このままじゃ見失っちゃう!」
霧の中に入ってまで追跡することは、あまりに危険な行為だということはっきりしていた。
霧の中で、空賊の戦闘用モーターバードにいつ出くわすかもわからない上、敵機と間違われて攻撃をしかけられる可能性だって十分あり得る。
「これまでか……」
唇を噛み、アレンは呟いた。これ程までに短い追跡になろうとは、アレンだって思いもしなかった。
それなりに、国王の命令をある程度はこなした上で、颯爽と国王の元で自分達はやれることはやりました、と自信を持って報告できる筈だったが……。
引き際は自分でもよく分かってはいるつもりだった。深追いすれば、それこそ命取りだということも。
「アレンさん、諦めるのはまだ早いと思うよ。霧をよく見て」
ハルが指さしたのは島のずっと下だった。
霧は、ある程度の上空で留まる性質らしく、下の方へいけばいく程薄くなり、もっと下へ降りれば霧がすっかりなくなっているのがわかる。
「霧の下を通って追跡を続けられるよ。母船が翔けたあたりから濃い煙が噴き出していたから、濃い霧を辿れば方角を見誤ることがないし」
アレンはこのたった十三歳の少年の洞察力に驚き感心するばかりだった。