第三十二話 決死の救出劇
上空を砲弾が飛び交い、イリオン島に落下する際に地響きを立てる。
逃げ場を失った観戦用飛行船からは観客達の悲鳴が聞こえ、島中に緊急を知らせるサイレンが鳴り響いていた。
「砲弾に気をつけるんだ」
リリーの救出の為、互いに連絡を取りやすいようにと、ハル、ゾイ、ラビ、それからシェリアンの機体はカバーガラスをしないまま飛行していた。
上空から砲弾に当てられたモータバードが真っ逆さまに落下していくのが目に入り、四人のハンドルレバーを握る手には力が入る。
リンベル王国側の軍用船もいよいよ反撃を開始し、二隻の空賊船に向けて砲撃を始めた。
「リリーの機体が落ちたのは、この辺りですわ」
シェリアンは、スピードを最低まで落とし、急勾配のコースの上空を旋回し始めた。
確かに、下の雪面にはその残骸と思われる物が落ちている。
「救急班のモーターバードの姿がないね」
ハルは自分達以外のモーターバードの他に、その辺りを捜索している機体がないことに気付いた。
「そんなもの、とっくに逃げたに決まってるだろうが」
分かり切ったことを言うな、とでもいうように、ラビは小馬鹿にした口調でそう言うのだった。
「……兎に角、いつこの辺りに砲弾が飛んでくるかもしれない。できるだけ早く救出を行おう」
急勾配のコースに沿って、スピードを落としたままゾイはゆっくりと高度を落としてく。
「この辺りは、さっきわたくしも丁寧に探しました。ですが、見つかりませんでしたの」
シェリアンは強張った声でそう話した。最悪の状況を自ら考えないようにしてる風だ。
「……風向きが関係しているかもしれない。角度とスピードとそのときの風速で計算して割り出すと……」
飛行を続けながら、ゾイは頭まで単純計算を行う。
「……確率的には低いが、森のコースに飛ばされた可能性も考えられなくはない」
サイドミラーで振り返ると、まだ、赤々と燃える森が映し出された。
「助けに行かないと!!」
ハルは機体を回転させると、一直線に森のコースへと翔け始めた。
「ハル!! 燃え落ちかけた木の枝や幹が倒れてくるかもしれないぞ!! 気をつけろ!!」
ゾイが後ろから忠告する。
「わかった!! 注意する!!」
ハルはくるくると回転しながら、燃え盛る森の中へと頭から突っ込んでいった。
「わたくしもいきますわ!!」
「君はここで待て!」
シェリアンがその後を追おうとするが、それをゾイが止めるのだった。
「ソリ型での走行は不可能だ」
彼女ははふとそんなゾイを振り返る。
「というよりも、誰にも森の中には入れない。僕やラビのモーターバードでは幅がありすぎる。それに、燃え落ちた倒木が邪魔して、君のモーターバードでも無理だ。救助を要請する者の数が増えるだけだ」
そう言って、ゾイは森のコース手前でゆっくりと機体を着陸させた。
「じゃあ、あの子なら大丈夫とでも言いますの……??」
不安そうな顔で燃え盛る森を見つめ、シェリアンが訊ねた。
「それはわからない……。はっきり言って、ハルは僕自身も予想できないところがある。勿論、いい意味でだ」
旋回させた後、ラビもゾイの機体のすぐ傍に機体を着陸させる。
「そんな……! リリーの命がかかっていますのよ……?」
「何も、ここで見捨てようなんて考えてはいないさ。ハルが森の中を捜索し、きっとリリーを見つけ出してくれる。その後が僕らの出番だ」
ゾイの言葉を耳にし、ラビがすっくと肩を竦める。
「いいから、君もここでしばらく待て。ムカツクが、あいつはここぞというときに役に立つ奴だ」
天地がひっくり返るのではないか、なんとラビまでもがそんなことを言い始めた。
頭上では、相変わらず砲弾が飛び交い、いつの間に現れたのか、太陽をシンボルマークとした空賊船までもがそれに加わっていた。
真新しいその空賊船は電撃音と共に、まばゆい光線を発射し、翔けつけたリンベル王国の大型巡視船にぶつけている。
砲弾は次々にイリオン島のあちこちへと落っこち、いつこの辺りに飛んでくるかも分からない緊迫した状況には違いないなかった。
ハルは燃え盛る木々をすり抜け、森の中を進んでいた。
空気がひどく乾燥しているせいか、この寒さの中でも炎の弱まる気配はない。
おそらくは、この森の木をすべて燃やし尽くしてしまうまで、燃え続けるだろう。
「リリー!!」
ハルは叫んだ。燃え尽きた木の幹がミシミシと音を立てて倒れくるのを、ハンドルレバーを巧みに操り避ける。
「無事かな……」
この火の中、リリーがここに飛ばされて救出を待っているとすれば、時間との勝負だ。
いつなんどき、巻き添えをくうかはわからない。いや、もうひょっとすると手遅れかもしれなかった。
「ダメだ……。この視界じゃ探しようがないよ」
兎に角、黒い煙が立ち込めていて、リリーの居場所どころか一寸先程しか見えない。
『ハル、リリーは見つかりそうか?』
無線からゾイの声が響き、ハルは咄嗟に首を振る。相手に見える筈もないというのに。
「ううん、ダメだ。煙が立ち込めていて視界が悪すぎる。これをなんとかしないと……。それこそ、こっちに爆風の一つでも吹きつけてくれたらいいんだけど」
とんでもないことを口にした後、ハルははっとあることを思いついた。
急に黙り込んだハルに気付き、
『ハル?』
ゾイが呼びかけるが、ハルは、
「僕、今すごくいいことを思いついちゃった。ラビに、すぐに森の上へ上がるように伝えてくれる?」
とだけ言って、通信を切ってしまうのだった。
「ハル? おい、ハル!」
ゾイが携帯用の無線機に向かって呼びかけるが、その後は反応がない。
「彼に何かあったんですか?」
心配そうなシェリアンが、今すぐにでも自分が森の中へと飛び込もうという勢いでゾイに問いかけた。
「いや……。何か思いついたらしく、無線を切られた……。なんでも、ラビに森の上空まで上がって来いって」
そんなゾイの隣で、ラビが盛大に溜息をつく。
「一体、何をしでかすつもりだ、ハル」
ゾイは困った顔でそう呟き、腕組みをしたまま森の方を見つめていた。
ハルは、ジェットエンジンのスイッチに指をかけていた。
既にレース中に半周分の燃料は使い果たしてしまっていたが、まだ半分は残っている。そこにハルは目をつけたのだ。
煙があまりにひどい為、今はカバーガラスをつけたまま、ハルは煙の中を森のすぐ真上までやってきていた。
ラビは既に同じく上空へと翔けつけてきてくれている。
それを確認したと同時、ハルはなんとジェットエンジン噴射で高速で森の上空を翔け始めたのだ。
「何のつもりだ!?」
ラビは目を丸くし、一体彼が何を考えているのかを一瞬考えたが、すぐに理由がはっきりした。
ハルの機体がジェット噴射を続けながら飛行した部分の煙が吹き飛ばされ、少しの間だが視界がクリアーになっていくのが目で見ていてもはっきりとわかったのだ。
あの高速で同じ上空を翔け続けることはなかなか骨の折れることだろうが、ハルはそれを見事こなしている。
ラビはその努力を無駄にせぬ為に、懸命に森の中に視線を潜らせた。
「どこだ……?? というより、本当にここにリリーとかいう女がいるのか?」
ぶつぶつと呟きながらも、ラビは僅かな時間にモーターバードを旋回させながら、森の捜索を続ける。
「……あれは……」
ふとラビの目に留まったのは、森の中でも僅かに場所が開けた場所だった。
そこに、燃え落ちた倒木が何本かと、僅かだが、雪と同化するような白い機体の一部が見えたような気がしたのだ。
だが、その一瞬のうちに、再び煙が立ち込めてしまい、それも確認できなくなってしまった。
『ラビ、見つかりそうか?』
無線機からのゾイの声に反応し、ラビは、
「ええと……。一瞬だったのではっきりとは言えないですけど、それらしい物が見えた気がしました」
『ラビ、君の操縦技術なら、その視界でも彼女を救出できる筈だ。僕とシェリアンも、すぐにそっちへ向かう』
と言って無線を切った。
ハルにジェット噴射を停止させるように指示を出した後、ラビは完全に煙が立ち込めてしまう前に、機体を慎重にそのあたりに下ろしていく。
「ふん。君の操縦技術なら、この視界でも彼女を救出できる筈だ、だって?、どうしてこの僕が、人命救助なんてことに付き合ってるんだ」
そう言いながらも、すっかりこのチームに汚染されていることに薄々勘付きながらも、ラビは細心の注意を払いながらゆっくりとその場に着陸させていくのだった。
森のすぐ手前で待機していたゾイとシェリアンも、いつの間にか近くの上空まで翔けつけていた。
三人は固唾をのんでラビから連絡が入るのを待った。
『リリーを発見した』
という連絡が無線機に入ったとき、シェリアンは泣いて喜んだ。
『操縦席ごと吹き飛ばされ、森の中に落下したようだ。倒木の下敷きになっているが、雪が深くて助かった。本人は気を失っているが、息はある。けど、倒木を動かすのにかなりの力がいる』
そんなラビの報告に、ゾイは素早く言葉を返した。
「上空から三機それぞれからロープを垂らす。君はそれを倒木の丈夫そうなところにしっかりと巻きつけてくれ。こちら側のロープの端はそれぞれの翼の根本辺りに
結えつけておく。僕の合図で三機同時に倒木を持ち上げる。その隙に君はリリーをそこから引っ張り出すんだ」
シェリアンとハルはそれを聞くなり、大きく頷いた。
『了解』
三人はロープを煙の中へ垂らす。
しばらくの後、
『オーケー。倒木に巻き付けた。カウントを』
シェリアンは涙を拭い、ゾイの合図を待つ。
「よし、いくぞ。三、二、一」
互いに目配せし合い、三人は同時に高度をゆっくり上げた。
翼にロープを結わえ付けたあたりが、ミシミシと音を立てる。相当な重量らしく、これ以上高度を上げることはかなわない。
けれど、下ではリリーを引き出せるくらいの隙間はできている筈だ。
『救出完了。脱出する』
そのすぐ後、煤だらけになったラビのモーターバードが煙の中から姿を現した。
カバーガラスは開けたまま、ぐったりとしたリリーを乗せて……。
三人はそれを確認した直後、同時にロープを切り落とした。
ドサッという音とともに、持ち上げられていた倒木が森の中へと落下していった。
「リリー!!」
シェリアンが無事に救出されたリリーを見て、歓喜の声をあげた。
「まだ喜ぶには早い。見ろ」
ラビは上空の大型巡視船が、集中砲撃を受け、船体を大きく傾かせ、島へと落下してくるのを指差した。
「まずい……。このままだと、この場所へ突っ込んでくるぞ」
危険を察知したゾイが言葉を発した。
「逃げるんだ!!」
ぐんぐん高度を下げて近づいてくる大型巡視船に、ゾイは思わず叫んだ。
今の今まで、下ばかりに気をとられていて気付かなかったのがいけなかった。
四機はフットペダルを勢いよく踏みかえ、最高速度で駆け出した。
今からだと間に合うかどうかもわからない。
けれど、今は巻き添えをくわないよう、必死で逃げる、それだけだった。
三機は翔けた。兎に角巡視船の下敷きにならないよう全力前進で翔け続けた。
墜落間近の大型巡視船の脱出口から、次々と脱出用モーターバードやモータービートルが虫のように飛び出していた。
乗組員も皆、船を乗り捨てる気らしい。
巡視船の下は大混乱だった。
逃げることに必死な乗組員と何度もクラッシュしかけ、四機はもうそれどころではなかった。
シェリアンは、雪面に降り立ち、ソリ型で障害物の少ない雪面を走行し、ラビはその操縦技術を駆使し、見事に他の脱出用モーターバードを避けながら飛行をしていた。
ハルとゾイはラビの空けてくれた僅かな隙間を縫うようにして翔け、危険地帯からの脱出を図った。
傾いた巡視船の端がイリオン島に突っ込む頃、四機はぎりぎりのところでその下から這い出してきた。
「全員、無事か!?」
ゾイが振り返ったとき、背後でとうとう墜落を果たした巡視船が火を噴きながらひしゃげる瞬間が目に入った。
「ラビのおかげでなんとかね」
ハルは親指を立て、ゾイの隣に並んだ。
「僕が選抜メンバーの一人で命拾いしたな」
ラビの飛行技術はこんな緊急時でさえ本物だった。それは、今回のことではっきりと証明されただろう。
「皆さん、命がけでリリーの命を救ってくれたこと、心から感謝致します……」
地上から上がってきたシェリアンは、目いっぱいに涙を浮かべ微笑んでいた。
そんな瞬間さえ、上空では空賊船二隻とリンベル王国の軍用飛行船が激しい砲撃戦を繰り広げているのだった。