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第二十八話 ハル、参戦


会場から響く悲鳴とともに、大画面に映し出された悲劇を誰もが茫然として見つめていた。




『し、信じられない……。チーム火鳥ファイヤー・バードのテイ・ファン選手が突如方向転換し、チーム氷鳥アイス・バード)のリリー・グリムソンの機体を破壊してしまいました……』



会場に響くいつになく物静かな解説者ビーブスの声。


まるで画面は、空中で大破した白いリリーの機体の残骸をしばらく捉えていた。



「嘘だろ……」


フランは手にしていたドライバーを手から滑り落とした。


双子も、そしてトニーも、険しい顔で画面を見つめている。




だが、カメラはしっかりとその他のモーターバードの動きをも捉えていた。


シェリアンのモーターバードが勢いよく転換し、チームメイトであるリリーの落下してゆくモーターバードの破片を追った。



テイ・ファンのモーターバードはそれでも次の標的を目指し前進を続ける。


ラビのモーターバードが傷だらけになりながらも、なんとか首位をキープし、その右と左斜め両後方に、チーム岩鳥ロック・バードのカマールとマジドのアルマジロとトカゲそっくりの機体が護衛するかのように飛行していた。


さらに、その少し後方の上空には、真っ赤なドラゴン型のモーターバードが三機を追っていた。


チーム火鳥のチャン・フェイのモーターバードだ。


「ハル!! まだか!?」



ゾイが急かすように言った。


「あと少し! ゾイは先にレースを再開してて。僕は後から追いかける!!」



仕方なくゾイは頷いた。


自らの機体に乗り込み、そろそろスタート地点を通過するだろうラビの機体を待った。


ゾイのモーターバードは、ダメージを追ってはいるが、応急処置をなんとか済ませ、飛べない程ではない。


ただ、あまり無理のきくような状態でもないだろう。



「大丈夫! 信じて。僕はすぐに君達に追いついてみせるから」



ハルが白い歯を見せて笑ったのを見て、ゾイは大きく頷き、操縦席のカバーガラスを閉じた。





『ハル、頼んだぞ』




ゾイがそう無線機に向けてそう言ったとき、ジャストのタイミングでラビのモーターバードがスタート地点を通過した。


それと同時に勢いよくゾイのモーターバードが飛び立った。



『ここで、チーム風鳥ウィンド・バードの天才、ゾイ・ボルマンが再びレースに戻ってきました!! これで、このレースは七周目に入り、残ったチームは首位のチーム風鳥ウィンド・バード、それを追うチーム火鳥ファイヤー・バード、それから、周回遅れにも関わらず、信念を貫く熱い男達、チーム岩鳥ロック・バードの闘いとなります』



ビーブスの解説の中に、チーム氷鳥アイス・バードの名はあがらなかった。

リリーがあの後どうなったのか、それを助けに行ったシェリアンがどうなったのかさえ、未だはっきりとはわかっていないらしい。





『ゾイ先輩、ハルは?』



ラビが無線で隣を翔けるゾイに訊ねた。


「すまない、スタート地点通過に間に合わなかった。でも、彼ならすぐここまで追ってくる」


ゾイは確信を持った目でそう訴えた。



『すいません……。さっきの周回で、六つもサークルを潜り損ねました』


こんな弱気な発言は、いつものラビからはとても信じられないセリフだった。


すっかり覇気をなくしているラビにゾイは親指を立てた。



「謝る必要なんてない。この状態でよく持ち堪えてくれた。君の操縦技術だからこそこの程度で済んだと言える。君じゃなければ、今頃はサークルミスで失格になっていたかもしれないぞ」


けれど、そんな励ましの言葉もゆっくりかける暇も与えてくれない。


目標を再びこちらへと変更してきたテイ・ファンの攻撃が、再開されたのだ。



発射されたワイヤーは、深緑色のカマールのトカゲ型モーターバードの背に当たり、激しい金属音を立てて跳ね返った。


僅かに衝撃を受けたカマールの機体の背は少し凹み、空中でグラついたものの、すぐに安定を取り戻した。



それに苛立ったのか、今度は明らかにラビの機体を狙ってワイヤーを発射するテイ・ファンだったが、それを遮るかのようにマジドの赤錆色のモーターバードが

割って入った。


マジドのアルマジロ型モーターバードの背に当たり、再びそれは大きな金属音とともに跳ね返された。




「まるで盾だな……」


ゾイ二人の強靭な機体にすっかり感心して呟く。



テイ・ファンはますます苛立ち、今度は何度も何度も連射を行うが、それもことごとくカマールとマジドのモーターバードによって跳ね返されてしまい、

攻撃は無に帰したと思われた……。



ところが、今度は頭上から突然ギザギザに尖った歯の鞭が振り下ろされたのだ。



『ゴキン』



と鈍い音を立て、それはカマールの深緑色の機体の翼に見事に突き刺さっていた。


「何……??」



ゾイははっとして上空を振り返る。



犯人は、チャン・フェイのドラゴン型モーターバードの尾だった。


尾に取り付けられた幾つもの尖った刃が、特殊合金で作られたカマールの翼を貫いたのだ。



カマール本人も目を丸くしたまま、操縦席で固まっている。


まさか、こうも簡単にやられるとは思いもしていなかったらしい。



と、貫いた刃は、『ギュイイイイイイイイイイン』と、嫌な音を立て、勢いよく回転を始めた。


火花を散らし、頑丈なカマールの機体の翼を切り取ってゆく。



慌てたチームメートのマジドが上昇してチャン・フェイの機体に体当たりを試みようとするが、テイ・ファンがその瞬間を逃す筈がなかった。


テイ・ファンは鴉のような機体を空中で急転回させると、まっすぐそれに取り付けられている筒の先をマジドの機体のカバーガラス目がけて発射した。


その直後、粉々になったカバーガラスが宙を舞い、真っ直ぐにマジドの機体が落下を始めた。


それと同時、翼を切り落とされたカマールの機体もくるくると回りながら落下していく。


「…………」



ゾイはこの寒さの中でも、額から汗が噴き出すのを感じた。


逃げられない……。咄嗟にそんな考えが頭を過ぎる。


すぐ隣を翔けるラビの表情は、既に色を失っていた。



(奴らは、ひょっとすると人までも平気で殺めてしまう精神の持ち主だ……。これはすでにレースなんかじゃない、戦争だ……!)



勝率? 計算? そんなものはもうどうでもいい。今は、あの二機から逃げ切る、それだけだった。





『ゾイ、ラビ。お待たせ。危ないから二人は左右に分かれていて。そろそろ追いつくよ』




この緊迫した空気に似合わない明るい声が、突然無線から響き、ゾイもラビも正気を取り戻した。


慌ててハンドルレバーを握り、二機は左右それぞれに散った。



遥か向こうから真っ直ぐこちらへ突進してくる小さな白い機体。


それは、ハルのエアリエルに違いなかった。




物凄い速さだ。




『んん!!?? 後ろから、物凄い速さで追い上げてくる小さな白い機体が見られます!! あの機体……、確かどこかで……』



そう言って解説者ビーブスが言葉を詰まらせた。




そうするうちに、あっという間に二機に追いついたハルの機体は、二機の間に滑り込むようにしてすっぽりとおさまり、後ろを翔けていたテイ・ファンの機体の上に完璧な位置から脱出用パラシュートを被せてしまった。



「目隠し攻撃だ」


少し怒った口調で、ハルはパラシュートがすっかり絡まってしまったテイ・ファンの機体を振り返った。



視界を失ったテイ・ファンは、慌ててカバーガラスを引っ込め、手探りでそれをどけようとするが、紐の部分が翼に絡まりついてすぐには外せなかったらしい。


ふらふらと前方の見えないまま飛行を続けるその機体は、ジグザグのこの曲がりくねったコースを外れ、違う方角へと飛んでいってしまった。



『なんと!! ここでテイ・ファン選手、コースアウトの為、失格となりました!! 突如現れた小さな白きツバメ、チーム風鳥ウィンド・バードの……』



『ハル・シュトーレンだ』



ビーブスのセリフに被せるようにアレンは言った。



『ハル・シュトーレン……』



ビーブスがそれを復唱し、目を見開いた。



『そうだよ。スピッツバード世界大会の真実の優勝者だ』


待ち望んでいた瞬間がやっと訪れたとでも言うように、アレンは嬉しそうに目を細めている。






「ね、追いついたでしょ?」


にっかりとハルはゾイに笑いかけた。


『そうだな』


さっきまですっかり冷静さを失いかけていたゾイだったが、天真爛漫なハルの笑顔に、やっと普段の冷静さを取り戻すのだった。





『さっきのスピード……』


ラビは目を見張っていた。想像よりも遥かに勝るスピードを目にしたからだ。


「ゾイに言われた通り、ジェットエンジンを搭載したよ。整備班の皆と必死で取り付けたんだよ。フランが言うには、ジェットエンジンを使った場合、スピードは十七段階並みじゃないかって」


『よくそのスピードに機体が耐えているな……。大丈夫なのか?』


すっかりラビもいつもの調子に戻っている。だが、そのどこかにチームが三人揃った心強さも含まれている。


「トニーのアドバイスで、三秒ごとにエンジンを切ったりつけたりを交互に繰り返すことで、なんとか機体にかかる負荷を小さくすることができるみたい。

けど、連続使用は厳しいだろうな」


そのハルの説明に、ゾイは頷いた。


『トニーの判断は正しい。ハルの機体がジェットエンジンの負荷に耐えられるのは、正式には三・二五秒間。それ以上は翼が持たない。それに、ジェットエンジンによる飛行の燃料は計算によるときっかり一周分。それ以降は通常エンジンに切り替えての飛行は免れない』


ゾイの調子もいつもに戻っていた。


こうして、ハルは見事に付二人に冷静さを取り戻させた訳である。




「って、危ない!!」


ハルの声で、三機はそれぞれにハンドルを切った。


ブンと音を立て、チャン・フェイのモーターバードの尾が左右に振り下ろされたが、なんとかその場は無傷でやり過ごした。



『ハル、すでにプランCに計画は移っている。君はその一周きりのジェットエンジンで全てのサークルを無視し、できるかぎり距離を稼げ。僕とラビはサークルを確実に潜りながら、チャン・フェイからの妨害を防ぐ』


上空では、チャン・フェイが激しく尾を振りたくっている。


三機はなんとかそれも避け、ゾイはハルに目配せした。


「でも、それじゃあ二人は……」


『ハル、僕らだっていつまでこの状態が持つかは分からない。僕らが飛行できるうちに、君には少しでも距離を稼いでもらわなければ。どの道、ジェットエンジン用の燃料を使い果たしたら、君はすぐに通常エンジンに切り替え、レースを翔け切って貰わなきゃならないことになる。ここで三機足並みを揃えて飛んでいたって、勝率は低くなるばかりだ。このレースに絶対に勝たなければならないんだ、頼むハル。チームの為に先に行ってくれ』


ゾイの懇願するような言葉に、ハルはうっと言葉を呑み込んだ。


このレース、必ず勝たねばならない。


昨年度の因縁を晴らす為に。そして、チームの信用を取り戻す為に……。


何より、命がけでレースを翔けた他校の生徒達の分まで、ハルはどうしたってチーム火鳥ファイヤー・バードに勝利する必要があった。



「……わかった」



ハルは意を決し、ジェットエンジンの噴射ボタンに指をかけた。


チャン・フェイの火炎放射が三機を襲った瞬間、ハルの乗る白きツバメが勢いよく飛び出した。


目にも止まらぬ速さで仲間の二機を追い抜き、ぐんぐんとコースを翔けてゆく。



ゾイとラビの機体は、ぎりぎりのところで炎を逃れ、くるくると回転しながら元のコースへと舞い戻った。



『信じられない!! ハル・シュトーレン選手の機体が物凄いスピードで翔け始めました!! ジェットエンジンを搭載している模様です』



大興奮のビーブスは、鼻息荒くそう解説する。



『よくあの小ぶりな機体が持ち堪えているね……。それに、ジェットエンジンは燃料をひどくくう。ある意味、もろ刃の剣とも言えるね』


アレンはそう説明を加えた。



ぐんぐん後ろの三機を引き離し、ハルの機体は枯れ木のコースをあっという間に越えていく。


あまりのスピードに、誰もがその目を疑う程だった。




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