第二十三話 危険なコウモリ
スタートと同時にゾイの白と黒の縞模様のモーターバードが前へ飛び出した。
すぐ後ろをソウシン国のテイ・ファンの真っ黒い鴉型モーターバードが追いかける。
そしてそのすぐ後ろに出たのが、真っ白な丸みを帯びたリンベル王国のリリーのモーターバードと薄桃色のマーサのモーターバードである。
前へ飛び出した直後、彼女達はクラッシュを避ける為にさっさと翼を畳み、なんと雪の斜面に着地を果たした。
と、同時に弾丸のように雪の上を滑走し始める。
その様子は、海の中をものすごい速さで泳ぐペンギンさながらである。
『まず最初に前を陣取ったのは、チーム風鳥のゾイ・ボルマン!! 続いてはチーム火鳥のテイ・ファン! おーっと、クラッシュを避けてチーム氷鳥のリリー・グリムソンとマーサ・カルロッテのモーターバードがソリ型へと変形させ、地表を滑走させ始めました!!』
ビーブスの隣で、アレンが感心したように呟く。
『あのモーターバードは変わった飛び方をするよね……。まるで、闇夜を飛び回るコウモリみたいだ」
アレンが指さし言ったのは、リリーとマーサのすぐ上空を翔ける、濃い灰色の小ぶりのモーターバードだった。
ソウシン国の二人目の選手、コウ・リンだった。
翼をはためかせ、左右上下へともの凄いスピードでランダムに動き回る。
だが、どういう仕組みか、障害物にはすれすれのところで絶対にぶつかることはない。
全く動き予想できない飛行である。
と、レースはここまでは順調な滑り出しのように見えた。
……が、その後に続いたファンブリッド王国とブセラ王国の二機が、最初の難関であるジグザクのコースに入る寸前、僅かに接触した。
この二機のモーターバードは、非常に拮抗したスピードでスタートを切っていたのだった。
『チーム光鳥のステファンと、チーム岩鳥のサーリアのモーターバードが接触したようです!!』
ビーブスが叫んだ直後、ファンブリッド王国の代表ステファンの黄色いモーターバードがバランスを崩し、上空で大きく揺らいだ。
そこへ、鋼鉄の甲羅で覆われた亀のようなブセラ王国代表サーリアのモータバードの背に翼が弾かれ、ステファンの機体はくるくると回転しながらコースを外れた雪の上に頭から突っ込んでしまった。
『ああ!! ここでチーム光鳥ステファン選手のモーターバードがコースアウトし、失格となってしまいました……!! まだスタートから間もない悲劇です!!』
慌てて、二機目のモーターバードがスタートを切るが、すでに他のチームからは距離が開き始めており、ファンブリッドにとっては大きな痛手となってしまった。
一方、他のモーターバード達は、ゾイを先頭に曲がりくねったコースを抜け、いよいよ枯れ木の点在するコースへと突入していくところである。
ここでは、うまく枯れ木を避けながら、設置されたサークルを潜り抜ける高度な技術が求められる。
ゾイは、サイドミラーで真後ろを翔けるソウシン国代表テイ・ファンの鴉のような真っ黒なモーターバードを確認した。
今のところ、何か仕掛けてくる様子はないようなので、ゾイは取り敢えず慎重に次々とサークルをクリアーしていくことに専念することにする。
白と薄桃のリリーとマーサの雪上を滑走するソリに変形させたモーターバードは、枯れ木のコースには入らず、近道である森のコースを選択していた。
二人の乗るモーターバードは、迷うことなく森の中へと勢いよく吸い込まれていった。
このコースは木々が密集して生えていることもあり、超難関コースである。
通常のモーターバードだと、翼を半開以下に畳まなければ、枝や幹と接触して飛行不能となるおそれもある。
だが、ソリに変形できる二人のモーターバードにとっては、このコースは大変適したコースでもあった。
『チーム風鳥のゾイ・ボルマンが、正確な操縦で次々とサークルをクリアしています。そのすぐ後ろをまるで影のように、チーム火鳥のテイ・ファンが追い、こちらも完璧にサークルをクリアーしていっています。一方、雪上をも疾走しているチーム氷鳥のリリー・グリムソンとマーサ・カルロッテのモーターバードは、ソリ型のまま木々生い茂る森のコースに入っていきましたね。上空からではよく確認できませんので、森の中に設置したカメラに切り替えて、確認いたしましょう』
ビーブスの合図で、観戦席の巨大なスクリーンいっぱいに、リリーとマーサの機体が映し出された。
なんと、先程と比べて全くスピードを落とした様子もなく、弾丸のようなスピードのまま、次々に木々をものの見事に避けながら滑走を続けていた。
木々の中に設置されたサークルも、ソリ形体のままジャンプし、軽々と潜り抜けていく。
『これは驚いたな。彼女達の操縦技術はモーターバードだけに通用するものじゃないらしい。ソリ形態とは考えたね、まさにこの気候と雪に適した型だよ』
アレンはそうコメントするのだった。
ゾイ縦縞模様のモーターバードは、枯れ木の点在するコースを難なく翔けきり、そこを抜けた先に待ち構えている急勾配を勢いよく下ってゆく。
そのすぐ後ろをソウシン国テイ・ファンの鴉そっくりなモータバードが追う。
そして少し離れた後方にコウ・リンのコウモリ型のモーターバードが小刻みに羽をはためかせながら飛行をするのが見える。
このままゾイが一位をキープしたまま、難易度の高いこの勾配に設置されたサークルを通過するかと思われたが、突如ゾイの目の前に白と薄桃色の丸みを帯びたモーターバード二機が滑り込んできた。
リンベル王国代表のリリーとマーサのモータバードである。
『な、なんと、この合流地点でチーム氷鳥のリリー・グルムソンが一位、マーサ・カルロッテが二位に踊り出ました!!』
先程までは翼を畳み、ソリ型で森の雪上を滑走していた二機だったが、現在はハチドリのようにものすごい速さで翼をはためかせている。
「計算通りか……」
ゾイはカバーで密閉された操縦席で小さく呟いた。
ここまでは、ゾイが予め得た情報から割り出した計算通りのあらすじであった。
流石はリンベル王国の代表、この気候と雪のコースを知りつくしているだけはある。
リリーとマーサの機体が急勾配に設置されたサークルを潜り抜けると、ゾイも翼を畳み、回転をかけながら容易にサークルをクリアーしてしまう。
「けれど、君達に前を譲る訳にはいかない」
そう言って、ゾイはぐいとハンドルレバーを引き上げた。
ここからは急勾配な上り下りが続く最後の難関コースで、巻き返しを図るにはもってこいの場面であった。
普通、急な勾配の場合下りは少しスピードを抑え、上りはスピードを加える操縦をするのが良いとされていた。
というのは、下りは落下速度が加わる為、スピードを緩めななければ地面にそのまま突っ込んでしまったり、次の上りに備えて機体を上向きに変えにくくなったりすることが考えられるからだ。
ましてや、ここでは勾配の途中や最下部などあちこちにサークルが設置されていて、確実にそれを潜り抜ける為には慎重な操縦が必要とされていた。
ところが、ゾイはそれを真っ向から裏切ったのだった。
下りに限界まで速度を上げ、上りもその勢いを利用する。
それが彼の考え出したこのコースの攻略法だ。
「嘘でしょ!?」
「あの子、何考えてるのかしら!!」
リリーとマーサは思わず叫んだ。
一度順位を抜いたゾイのモーターバードは、急勾配でスピードを緩めるどころかぐんぐん追い上げていた。
もうすでに二位であるマーサの機体の横並びになり、次の下り勾配には一位のリリーの機体にも並ぶ勢いだ。
『チーム風鳥のゾイ・ボルマンがこの急勾配のコースで、物凄い追い上げを見せています!!』
実は、ゾイは前日に緻密に調査した勾配角度と機体のスピード、それから落下時にかかるスピード、それに風向きと翼の角度を加えて綿密に計算を施していたのだ。
その計算に沿って、ゾイは限界まで下りの勾配で勢いをつける技をやってのけていたのだった。
頭を使うレースで彼の右に出る者はいない。
なんといったって、彼はIQ二〇〇の天才である。
リンベル王国の観客席からは拍手が起こり、上空の観戦用飛行船のビップ席では、ヘルシオン国王が満足げに頷いていた。
そうこうするうちに、ゾイはとうとうリリーの機体をも追い抜き、再び先頭へと舞い戻った。
悔しそうなリリーとマーサを後目に、ゾイは一周目最後の直線コースを手加減なく翔ける。
島全体に、先頭一周目通過を知らせるブザーが鳴りぎ響く。
予告通り、ゾイはサークルをノーミスで一周目を翔け切った。
だが、まだレースは序の口だ。
『現在、トップはチーム風鳥!! チーム氷鳥は二位、三位と落ちてしまいました。が、まだまだ先はわかりません!! 一体どんな展開となっていくのでしょうか!!』
ゾイに続いてリンベル王国のリリーとマリアンのモーターバードが一周目を終え、それからソウシン国のテイ・ファンとコウ・リン。
更に少し遅れてブセラ王国のサーリア。
最後にファンブリット王国のサラのモーターバードが通過する。
と、最下位から抜け出せないファンブリッド王国はすでにスタート時に一機失格で失っている。
ここで、何か策を練りだしたらしい。
サラのモーターバードが二周目に突入する瞬間に、三機目として待機していたモータバードが勢いよく飛び立った。
ステファンという実質このチームのリーダー的な存在の生徒が操縦するモーターバードである。
観戦席から大きな声援が上がる。
その声援に見送られ、二機は並ぶようにして飛行を始めるのだった。
『おおっと、ここでファンブリット王国のチーム光鳥が何やら動き始めましたよ、一体何をするつもりでしょうかね? アレンさんはどう思われます?』
『彼らは既に不利な状況に追い込まれているからね。これ以上他のチームからと離されないよう、ここで何か策を打つ気なんじゃないかな』
アレンの予想通り、ファンブリット王国の二機は、並行して飛行しながら互いに徐々に近付き始めた。
お互いのボディーサイドから突き出た器具を空中で接続しようとしているらしい。
見る間に、それを接続し終わると、今度は二機のボディーが上下二段で完全に組み立てられてしまう。
サラの乗っている操縦席は、もう一機のモーターバードの操縦席の真下に組み込まれ、外からは完全に見えなくなってしまった。
『チーム光鳥のモーターバード二機が、空中で合体、融合をしてしまいました!! これは驚きだ!!』
これの凄いところは、サラのモーターバードとステファンのモーターバードが完全に一機のモーターバードとなって飛行しているところであった。
それぞれの翼も今や完全に接続、融合され、通常よりも一回り大きなモーターバードと化していた。
『合体技が見られると聞いていましたが、まさか本当に合体してしまうとは……。流石に驚きました』
茫然としながら、ビーブスはそう解説した。
合体を果たしたファンブリッドの輝くシルバーに輝く大きなモーターバードは、一瞬エンジンを空中で静止させたかと思うと、直後に物凄いエンジン音を轟かせ、翔け始めた。
なんと、エンジンまでも合体させ、二機分の協力なエンジン馬力で飛翔を始めたのだった。
分厚く大きい翼は、一度のはためきでぐんぐん前へ前へと進んでゆく。
はるか前方を翔けるブセラ王国サーリアの操縦する鋼鉄の甲羅で覆われたモーターバードとの距離をぐんぐん縮めていく。
『も、もの凄い追い上げです!! 二機の合体でこのパワーです。これがもしも三機の合体だったとしたら、一体どんな飛行を見せていたのでしょうか!!』
『チーム戦はこれだから面白い。きっと、あのモーターバードは現代のスピード上限の十段階をゆうに超えているね。二機分の機体の重さも差し引くとと、
十二段階並みのスピードは出ているんじゃないだろうか?」
アレンは記憶の中にとあるモーターバードのスピードと無意識に比較していた。
以前にこれとよく似たスピードを体感した覚えがあったからだ。
そう、スピッツバード島での世界大会で、ハル少年が操縦する小ぶりな白いモーターバードの十二段階のスピードと。
そして、この合体型モーターバードの出現により、レースの流れに大きな変化が現れ始めたのだった。
ジグザグの曲がりくねったコースを抜けた先にある、木々生い茂る近道コースと枯れ木の点在するコースの分かれ道に差し掛かったとき、先頭を翔けるゾイは、
当然枯れ木のコースを選択するのだが、リンベル王国のリリーとマーサはやはりソリ型へと変形し、近道のコースへ。
それだけではなく、ソウシン国のコウ・リンも森のコースへと突入し、続いてすぐ後ろまでファンブリッド王国の合体モーターバードにに迫られたブセラ王国のサーリアまでもが、同じコースへと続いたのだ。
よって、枯れ木のコースをゆくのはゾイと、ソウシン国のテイ・ファン。
それからファンブリット王国の合体モーターバードのみとなった。
『ここにきて、レースに大きな動きがありました!!』
これは、いよいよ勝敗がわからなくなってきた。
森のコースでは、リリーとマーサは相変わらず弾丸のように木々をすり抜け、コースを進んでいる。
そしてソウシン国のコウ・リンはコウモリさながらに、ランダムな動きでもって木々に掠りもせずに二人の後を追っていた。
更には、その後ろから鋼鉄の甲羅に覆われたブセラ王国のサーリアのモーターバードが、木々を次々と薙ぎ倒しながら飛行している。
この森の障害物が取り除かれ、見晴らしがよくなることに不具合を感じたのは、ソウシン国のコウ・リンであった。
「ちっ」
小さくそう舌打ちをすると、彼女はサイドミラーに映るサーリアのモーターバードを睨みつけた。
ブセラ王国は灼熱の太陽と乾いた気候の島を所持していた。
そんな気候の中で、彼らは生きる術としてモーターバードの表面の強化に力を入れてきた。
このサーリアの操縦する鋼鉄の甲羅で覆われた強化スタイルのモーターバードはまさにその典型である。
「リーダー、こちらコウ・リン。ブセラ王国の馬鹿野郎が木薙ぎ倒しまくって飛行してんだけど。どーする?」
コウ・リンは、操縦席に内蔵された無線機に向かって問いかけた。
『潰せ』
無線機の向こうから、無慈悲な声が響く。
「了解」
無線を切ると、コウ・リンはフットペダルを踏みかえ飛行スピードを三段階落とした。
サーリアの操縦するモーターバードと距離を詰める為だ。
一気に距離の縮まったコウ・リンのモーターバードとサーリアのモーターバード。
サーリアのモーターバードは相変わらず無傷のまま木々を薙ぎ倒しながら飛行を続けている。
が、流石に急に速度を落とし接近してきたコウ・リンのモーターバードに異変を感じていた。
コウ・リンは、素早くゴーグルと防寒用の顔面保護マスクを引っ被ると、突如として自らの操縦席のカバーガラスをオープンにした。
そして、高速にコウモリさながらに飛び回りながら足元から何やら棒のような物を取り出した。
勿論、サーリアにもそれが一体何なのかははっきりと見えてはいない。
が、次の瞬間にコウ・リンがとった行動には流石に驚いたようだ。
露出した操縦席の安全ベルトを外し、その操縦席に立ち上がったのだ。
あの高速に動き回るモーターバードの操縦席の上にである。
ハンドルレバーからは完全に手は離されていたが、どういう訳かモーターバードは変わりなく飛行を続けている。
どうやら自動操縦的な機能も取り付けられているらしい。
サーリアが次の瞬間、彼女の持っている物に気付いたときには、それがサーリアのモーターバードのカバーガラスを突き破る瞬間だった。
「な!?」
彼女がサーリアの操縦席のカバーガラスに狙いを定め、操縦席で振りかざした物は、ヌンチャクであった。
それも、特殊合金でできたかなりの強度をもったもの。
それは、強化型のカバーガラスを突き破り、操縦席に座るサーリアの拳一つ右で止まった。
信じられない思いで攻撃してきた当の本人を見ようとしたところで、勢いよくその武器が引き抜かれていく。
と、直後、カバーガラスが砕け、吹きさらしになった操縦席を強烈な冷風が襲った。
(まずい!)
慌ててゴーグルをはめ、同時に防寒用マスクに手をやる。
が、迫りくる木の枝を避ける余裕までは今のサーリアにはなかった。
しなった木の枝が、彼の顔面を勢いよく弾いたのだ。
その瞬間、一機にバランスを崩した鋼鉄の甲羅で覆われたモーターバードは木々を薙ぎ倒しながら、真っ直ぐに雪の地面に突っ込でいった。
モーターバードの前方部はすっかり雪に埋もれ、操縦席もその中に入って見えない。
『森の中で、何か起こったようです!!』
木々が邪魔をして上空からは確認し辛いものの、異変を感じたビーブスが森の中から上がった雪煙を指さして叫んだ。
あれは、まさに大きなものが雪面に勢いよくぶつかったことを示していた。
レース確認用モニターは、森の中を撮影したカメラの画面に切り替えられ、悲惨なサーリアのモーターバードの有様を映し出していた。
『一体森の中で何が起こったのか!? チーム岩鳥のサーリアのモーターバードが墜落しています! サーリアは無事でしょうか!? 安否の確認はここからではできません。今、近くの救出隊が向かいました!!』
心配そうな声で、ビーブスは振り返りながらも、再び視線をもう一方のコースへと戻した。
枯れ木の点在するコースを飛行する三機のモーターバードである。
順位はまだヘルシオん王国のゾイ、少し離れてソウシン国のテイ・ファン、そしてファンブリッド王国の合体型モーターバードだった。
ところが、二機とファンブリッド王国の合体型モーターバードとの距離は驚く程縮まり、既にテイ・ファンのすぐ斜め後ろまで追い上げていた。
それでも、ゾイは焦ってはいない。
無論、この状況も彼の予想の範囲内である。
ファンブリッドの代表が合体させるという情報は既にゾイ自身も掴んでいた。
よって、そのパワーとスピードもすっかり計算済みだ。
寧ろ、三機中一機が失格になったことで、二機のみの合体になったことは、ゾイにとって好都合でもあった。
ゾイの計算によれば、三機の合体速度は約十四段階並みと出ていたからだ。
『こちらのコースも凄いことになっています。あれ程スタート時に差をつけられていたチーム光鳥でしたが、見事追いつきました!! もの凄い追い上げです!!」
ビーブスの解説の隣で、アレンは森の方を振り返り、何やら考え込んでいる。
枯れ木のコースを抜け、再び急勾配のコースへと入ったゾイ。
予想通り、合流地点から飛び出してきたリリーとマーサのモーターバードが、ゾイの僅か後ろに飛び込んできた。
彼女達の近道コースのソリ型走行と、ゾイの急勾配での飛行速度を比べると、トータルすると若干ゾイが上回ったと言える。
急勾配で、ゾイがよっぽどしくじらない限りは、当分のところ彼女達はゾイを追い抜くことができないという状況が作り出されてしまった。
と、ここで予想外が起こる。テイ・ファンの目前に、ソウシン国のコウ・リンの機体が割り込んできたのだ。
だが、ゾイは慌てることなく順調に急勾配のコースで確実にサークルを潜り抜け、他チームとの距離を少しでも稼ぐことに専念する。
ここまでは、彼自身計算通りの文句なしのレース展開だった。
ところが、サイドミラーにふと視線をやったとき、恐ろしい光景がその目に飛び込んできたのだ。
この急勾配の難関コースを飛行しているにも関わらず、ソウシン国のコウ・リンは凄い速さで飛び回るモーターバードの操縦席の上に、剥き出しの状態で立ち上がっていた。
ハンドルレバーから手は離され、カバーガラスもいつの間にか引っ込められていた。
操縦席でまるで拳法の構えをとるかのような低姿勢で、武器なようなものを手に握りしめ、追い上げを図るファンブリッド王国の合体型モーターバードに今まさに狙いを定めていた。
「あいつ、一体何をする気だ……!?」
このコースでは一時の気の緩みも許されない中で、ゾイは瞬間的に見てしまった。
コウ・リンが放った凄まじい武器の一撃は、ファンブリッド王国の合体型モーターバードのカバーガラスをいとも簡単に突き破った。
咄嗟に避けようと左へハンドルレバーを切ったのだろうその翼に、コウ・リンは更に一撃加えたところで、急勾配でバランスを失ったファンブリッドのモーターバードは勢いよく落下していくのだった。
「な……っ」
目を見開き、ゾイは慌ててハンドルレバーを握り直す。
後方の上空では、解説者のビーブスのけたたましい声が響き、救出用のモータービートルがすぐさま落下していったモーダーバードに近付いていくエンジン音を聞いた。
急勾配のコースをなんとか乗り切ったゾイだったが、動揺は抑えきれない。
ゾイは二周目の直線コースを一位で翔け、また少し距離を離されたリンベル王国のリリーとマーサのモーターバードがその後を追っていた。
その真後ろを、また影のようにぴったりと飛行する真っ黒い不気味なテイ・ファンのモーターバード。
そして驚くべきことに、ファンブリッド王国の機体を墜落させたコウ・リンが操縦する濃い灰色のモーターバードが、再び何事もなかったかのように飛行を続けているのだった……。