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第二十話 ヘルシオンの追撃


”死の雨雲” の目の中に、奇跡的に辿り着いたのは、レオをラミロを追ってきたヘルシオンの交戦用モーダーバードだった。


アポロン号であるエリーの指示により、それはアポロロン号のハッチの中へと引き上げられていた。



「……で、ご立派なヘルシオンの軍は、こんな死の雨雲の中まではるばるやって来て、このあたいになんの用だい?」


エリーは、ボロボロになったモーターバードから、なんとか這い出したパイロットの前に屈み込み、その胸倉をにこやかな笑顔でもって引っ掴んだ。


「貴様が泥棒猫の親玉か?」


ヘルシオンの空軍兵はすぐ近くに同じように引き上げられた黒いハヤブサ型のファルコンと、焦げ茶色のイーグルの機体を目にし、ゴーグルの下から睨みつける。


「質問してんのはこっちだよ!」


だが、逆に空軍兵に苛立ち、エリーが掴んでいた胸倉を乱暴に揺らした。


「くっ……!」


「それにね、馬鹿言ってんじゃないよ。あんだ碌でなし男があたいの部下な訳ある訳ないじゃないか! 笑えない冗談ぬかしたら頭吹っ飛ばすよ」


そう言って、腰の皮ベルトに収めていた小型銃を素早く取り出し、空軍兵の額にぐいとそれを押し当てる。


そんなエリーの後ろで、レオはなんともいえない面持ちで腕組みして鼻を掻いている。



「…………」


急に威勢を失くし大人しくなった空軍兵は、恐らくゴーグルの下で顔色を真っ青にさせているに違いないなかった。



「もう一度訊くよ。お前達の目的は一体何だい?」


エリーの握る銃に力が籠められる。



「日誌……」



その言葉を聞いた途端、「はあっ」とエリーは大きな溜息と同時に銃を降ろした。


「やっぱりそうかい……。さっきお前達が言ってたオリビアとかいう男の日誌を奪い返しにきたって話はどうやら嘘じゃないみたいだね」


そうして、うんざりとした様子で後方のレオに向き直った。


「ま、そういうこった」


肩を竦め、レオは軽い口調でそう返す。



「……んっとに、いらない拾いもんをしちまったもんだよ」


心底嫌そうな表情を浮かべるエリーに、ラミロはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「すいません、ホント」


エリーは、突としてレオにぬっと手を差し出した。


「見せてみな。そのオリビアの日誌とやらは、そんなに価値あるもんなのか、迷惑ついでに見てやるよ」


レオは面倒臭そうに、懐にしまっていた日誌を取り出す。


日誌は、丁寧に布で何十にも巻かれてある。


「破んじゃねぇぞ」


レオの忠告に、


「うるさいね」


と悪態をつき、エリーは中の日誌を手際よく取り出した。


古びて傷んだ表紙だが、どう見てもどこにでもあるような日誌だった。


「どれどれ……」


ゆっくりとページを捲る音が響く中、ヘルシオン軍の空軍兵は、エリーの部下に拘束されて無理矢理立ち上がらされるところだった。


「……なんだい、白紙じゃないか」



「え!?」


エリーの言葉にぎょっとして、ラミロが慌ててその日誌に手を伸ばす。


が、やはり白紙。


驚き、次々とページを捲るが、どのページもやはり白紙。白紙。白紙。


「まさか!! い、一体どういうことだよ!?」


最初は少し驚いた様子を浮かべていたレオだったが、ラミロの慌てた様子を横目に、にやっと口元を歪めた。


「……なるほどな、どうやら俺達は偽物をつかまされたっつうことか」


立ち去る空軍兵は、レオの言葉に驚き振り返った。


「こんなとこまで命がけで追ってきたことを考えると、ヘルシオンもまだ盗まれたことに気付いちゃいなかった訳か。ちっ、誰だか知らねぇが、先を越されちまったな」


レオは無造作に伸びた黒髪をガシガシと擦った。


「はっ、なんとも笑えるじゃないか!」


エリーが大声で笑い声を上げる。


レオは何やら思考している様子だ。


と、そのとき、


「エリー船長!! 本船の正面に、ヘルシオンの大型軍用船が現れました!!」


という声がハッチに取り付けられている船内無線から響く。


「なんだと!?」


はっとしたように、エリーは振り返った。


考えられるのは、ここに引き上げた交戦用モーターバードの母船だった。


おそらく、未だすり替えられた日誌とは知らず、ここまで追ってきたのだろう。



「全員戦闘配置!!」


エリーの声で、アポロン号の船員が慌しく動き出した。


「んっとに、余計なもん連れて来てくれたもんだね」


レオに厭味を飛ばしながら、エリーは身軽に上階へ繋がる階段を駆け上がり始めた。


「ほんとすいません」


あっけらかんとしているレオの代わりに、ラミロが申し訳なさそうにエリーに謝罪の言葉を投げる。


「まあ、来ちまったもんはしようがない。来な、この船のすごいところを見せてやるよ」


改造マニアの血が騒ぎ、ラミロはエリーの後ろを慌てて追いかける。


一方でレオはラミロから受け取った偽の日誌をまだのんびりと観察していた。


「おいっ、レオ!」


「おー。先行ってろ」


そう答えて、レオは視線も上げずに手だけを軽く上げるのだった。





「船長!! ヘルシオンのジャン・コメリ大佐から通信が入っています」


「通信オンにしな」


エリーは、通信画面に現れた厳つい大柄な軍人と対面した。


鼻の下の立派な焦げ茶の口髭が、いかにも軍人という雰囲気を醸し出している男だ。


『ヘルシオン王国軍ジャン・コメリ大佐だ。貴様がその船の船長か?』


「ああ、あたいがこの空賊船アポロン号の船長だ」


ピクンと方眉を吊り上げ、ジャン・コメリ大佐は表情を変えないまま続ける。


『単刀直入に訊く。国王陛下から日誌を盗んだのは貴様か?』


「残念ながら、あたいの部下じゃないね。あたいには何ら関係の無い話さ」


エリーの返答に、ジャン・コメリ大佐が不満げに呻いた。


『惚けるというのか? たかが空賊の小娘が』


「そう思うなら、力ずくでその日誌とやらを奪い取りに来ればいいさ。そうすりゃ、嘘か本当かハッキリするだろうさ」


ふんっと鼻で笑ったエリーに、ジャン・コメリ大佐は眉を吊り上げ、


『後悔するな、小娘よ』


とだけ言い残し、通信を切ってしまった。



「よかったんですか? エリーさん」


ラミロは最新の機器を目の当たりにし、ウキウキする気持ちを抑え、少し心配そうな顔でそう言った。


「まあ観てな。ちょうどこの船の性能を験したかったとこさ」


エリーの指示で、アポロン号は立ち塞がるヘルシオンの軍用船に砲撃の準備を開始する。


「右舷90度、砲撃用意!!」


最新式の性能を取り入れた船の操作盤に埋め込まれている特殊画面に、ヘルシオンの軍用機がはっきりと映し出されている。


「すげえ!!」


アポロン号の外面のあちこちに設置されているカメラが、見たい角度の映像を鮮明に映し出してくれているようだ。


カメラの映像は自在に切り替えが可能で、同時にいくつもの映像を見ることもできる優れものだった。



「発射!!」



大きな轟音と同時に、別角度を捉えたカメラの映像が画面の一部に映し出されている。


アポロン号の砲撃で発射された世にも奇妙な光線に、ラミロは目を輝かせた。


「船長! 軍用船の右胴体を掠めました!! もう一撃加えますか!?」


「いや、掠めただけで十分だ。あの船はしばらく麻痺しているだろうさ。あとは通常砲撃で叩くよ」


あれほど強硬な姿勢をとっていたジャン・コメリ大佐からの反撃は無く、ヘルシオンの軍用船は停電でも起こしたのか、真っ暗に電気を落とし、静かに静止していた。


「一体、どうなってるんです?」


「電気系統を麻痺させてやったんだよ。雷砲でね」


どうやら、先程アポロン号から発射されたのは、強力な電流だったようだ。


そのせいで、敵船の電気系統が全て麻痺し、通信さえも機能しなくなっていた。


容赦無くアポロン号から砲弾が発射され、麻痺したままの敵船にそのいくつかが直撃する。


大きな音を立て、見る間に真っ赤な炎と黒い煙を吐きながら、ゆっくりとヘルシオンの軍用船は降下を始めるのだった。



「ほお。なかなかやるじゃねぇの、エリー」


いつの間にやって来たのか、レオは肩を竦めて見せる。


「レオ、いつの間に」


ラミロは彼を振り返った。


「だが、相手方も諦めの悪い男のようだね」


画面に、火を噴く軍用船の窓から、わらわらと乗組員が体を乗り出し、銃で反撃を試みている。


が、ここまでは流石に距離がある上、特殊合金でできたアポロン号にとっては、弾丸など砂をかけられた程度。


傾き、みるみる落下してゆく敵船の姿を見送りながら、アポロン号の船員達は、喜びの雄たけびを上げた。


「お見事!」


思わずラミロは拍手を送る。


「ま、この ”死の雨雲” を強行突破してきたんだ。相手方も既にダメージを受けてたんだろうねぇ、馬鹿な軍人どもだよ」


エリーはアポロン号の性能に満足したのか、破れた大きめのズボンのポケットから葉巻を取り出し銜えた。



「ところで、さっきの雷砲ってのは一体どういう仕組みなんです?」


また、ラミロのマニア癖が始まったことに、レオは密かに溜息をつく。


「外の雷を蓄電しているんだ、この船は。で、状況に応じてそれを武器として放電できる。ただそれだけのことさ。ちなみに、この船は燃料が無くても電力で動く。云わば、ハイブリッド船ってとこだね」


自慢げに話すエリーに、ラミロは興味深々に頷いている。



「……で、その偽の日誌とやらのおかげで、あたい達もヘルシオンのお尋ね者になっちまったよ。レオ、ほんとあんたは碌でも無い男だね」


うんざりしたように、エリーは首を横に振った。


「そりゃ悪かったな。……借りの四六〇ビベルと、今回手に入れる予定の宝の一割でどうだ?」


「は!? 冗談はよせ! 分け前は五分五分だ!」


ラミロはぎょっとしてエリーを見つめた。


「乗りかかった船だ。こっからはあたい達アポロン号もその宝探しとやらに加わらせて貰うよ!」



こうして、新たにゴッド・ウィングを探し求める者達の中に、エリー達空賊の一味が加わることとなる。







一方、レース地であるイリオン島へ出立する為、ハル、ゾイ、ラビの三人の愛機が慎重に飛行船内に積み込まれているところであった。


整備チームの三人も、入念に確認しておいた整備道具やさまざまな部品の積み込みを済ませ、ようやく一段落といったところだ。


「いよいよ出発だね」


フランは今から乗船する大きな客船用の飛行船を見上げた。


「なんだか、ドキドキしちゃうね。イリオン島ってどんなところなんだろう」


ハルも小さなリュックを背負いながら、フランの隣に立って同じように見上げる。


そして数ヶ月前、この王立ヘルシオン操縦士学校に初めて訪れたときも、今と同じような不思議な気分だったことを思い出し、少し懐かしくなるのだった。


応援の為に共にイリオン島へ出立する他の学校生達も、続々と飛行船に乗り込んでいっている。


中には、既に別の島から搭乗していた保護者と合流している学校生もちらほら見られる。


「皆のご両親は観に来るの?」


フランの質問に、ハルとゾイ以外の者は全員が大きく頷いた。


「僕の父は、ヘルシオン王国の警備を任されていて、今回のレースには来ないよ。航空学校対抗とは言え、五カ国の政治状勢に大きく関わるレースだ。国王が城を留守にする訳だから、空軍関係者の代表としては、呑気にイリオン島などへ行ってはいられないらしい。


ゾイの父親は、ヘルシオン王国の空軍大将を務める人物だというから、きっと大変な立場なのだろう。


「フラン、君の父上は国から招待を受けているのでは?」


「あ、えっと、うん。なんかそうみたいです」


ゾイにそう振られて、フランは慌てて首を縦に振った。


フランの父親は浮遊石の開発に貢献している、世界的に有名な科学者だ。


だが、それを知る者は少なく、ここにいるゾイとハル以外はなぜフランの父親が国の招待を受けているのかが分からない、というような顔で、じっとフランを見つめている。


「整備班の皆は知らなかったかもしれないけど、フランのお父さんはすっごいんだよ! あの世界のギー・ベル博士なんだって!!」


ハルが、まるで自分の身内を自慢するかのように、にこにこと整備班の三人に話して聞かせる。


「なんだって!? あの有名な!!??」


三人が驚いて目を丸くする。


トニーに限っては、なんだかその事実を知ってやけに納得がいった。


いつも自身の無い様子のフランだが、科学的な知識は半端ないものだった。


それは、きっと父親の血を受け継いでいるからに違いない。



「ラビ先輩のご両親は?」


いたたまれなくなって、フランはラビに会話を振ることにした。


「うちは代々操縦士の家系だ。おそらくは、一家親戚総出でレース観戦にイリオン島へ向かっているだろう。」


エフェクト家と言えば、操縦技術の巧みな操縦士を幾人ともこの世界に送り出してきた、名のある家系であった。


「皆すごいな……。恥ずかしいけれど、僕の父はただの外交官だ……。操縦技術や機械技術なんかはさっぱりな人で、操縦士とは無縁な家柄なんだけれど。けれど、ひょっとするとレース会場を仕事ついでにどこかで覗いて帰るかもしれない? いや、無いか、あの父親は……」


ぶつぶつと、なにやら呟くトニー・ハンスキーに、双子が顔を見合わせ肩を竦ませた。


「恥ずかしい? 外交官なんてすごい人じゃねえか!」


「だよな! うちは皆に比べりゃ平凡な方だぜ、なあニコ?」


二人が頷きながらにかっと笑い合う。


「君達のご両親だって立派な方達じゃないか。ホールディング・コーポレーションの金属製品と言えば、世界の五本指に入る程だ。君のご両親の努力の上に、現在のモーターバード技術が成り立っていると言って過言ではないだろう?」


双子は、照れくさそうに頭を掻くと、


「まあな」


っと、笑い合った。


「で、お前んとこの両親は今回のレース観に来んのかよ? ハル」


「僕んとこは親もいないし、じーちゃんも死んじゃったからレースには誰も来ない。でも、じーちゃんはきっとどっかから観ててくれる気がするんだ!」


ハルが天涯孤独の身だと知る由も無かったニコとマルコは、良からぬことを訊いてしまったとばかりに、しゅんと肩を落とす。


それに、その事実に驚いたのは何も双子だけでは無かった。


ハルを良く思っていなかった、あのラビさえも戸惑ったように視線を伏せる。


が、その一方で、ハルは気にした様子も無く、いつもと変わらないにこやかな表情を浮かべている。


そんなハルの様子に、ゾイはふっと唇を緩めた。


「ハルのお爺様は、スピッツバード島で修理工場を営んでおられたらしい。そこで、ハルは幼い頃から操縦技術と整備技術を学んできたと聞いた。名こそ知れてはいないが、僕の推測では、ハルのお爺様は相当な人物だったと見える」


そう言ったゾイの口調は、けなしたり、馬鹿にしたりするものではなく、心底ハルの祖父を敬愛しているようであった。


もう、誰もハルのことを庶民出のチビなどと言えなかった。


この十三年の間、どこの航空学校にも通わず、選抜大会でもあれだけの操縦をしてみせたハルと、その師匠とも言える祖父を、誰も馬鹿にすることなどできる筈は無かったのだ。


が、その反面、ラビだけは未だそれを受け入れることができないでいた。


密かに、その唇を噛み締め、誰にも気付かれないようにそっとハルから視線を逸らしていた。


ハルに比べて、遥かに良い環境で操縦技術を学び、血の滲むような努力を積み重ねてきたラビにとっては、ハルの隠された才能に気付くのはあまりに酷なことだったのだ。


いや、気付いてはいても気付かない振りをしなければ、己を保つことができなかったのかもしれない。



「よし!! なんか、今回のレースはいけそうな気がしてきた! 今の話を聞いて思ったんだ、このメンバーは、これ以上無い程に最高のメンバーだって!」


トニーは目を輝かせ、拳を前に突き出した。


「ああ、僕らチーム ”風鳥(ウィンド・バード)” の勝機は十分ある! この二週間、ずっとレースの為に模擬訓練と整備、改造を重ねてきたんだから」


チームの六人は、円になってお互いの顔をじっと見つめ合った。


ゾイが、トニーの突き出した拳に自らの拳をこつんと宛がう。


それを見て、一人、また一人と、拳をぶつけ合い、全員の拳が合わさったとき、ゾイはもう一度声を出した。



「チーム ”風鳥(ウィンド・バード)” は、このヘルシオンの名誉にかけ、必ず勝つ!!」


「「「「「おうっ!!!!」」」」」




こうして、学校生対抗レース会場のイリオン島に向けて、六人と三機のモーターバードは、飛行船に乗っていよいよ旅立ったのである。






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