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第十七話 悪夢


これは、今からちょうど三か月前の話だ。




ハルは、祖父から数週間の留守を預かり、修理工場の仕事を人一でこなしていた。


祖父はとても重要な用があるとだけハルに伝えていた。


一体それがどんな用なのか、どこへ出かけるのかもハルは聞かされてはいない。


ただ、祖父は自分の愛機である “シルフ” に乗り込み、ある晩簡単な旅の装備と小さなバッグ一つのみで出かけていったのだ。


“シルフ” は、ハルの “エアリエル” の母機にあたり、エアリエルよりも大きく安定した飛翔が特徴のモーターバードである。

 



この日は、、祖父が出立してからちょうど十二日目にあたる夜のことであった。


「ふぁああああ……。眠い……」


ハルは斜熱用のゴーグルを上げ、作業用の椅子に腰掛けたままぐっと伸びをした。


今朝からずっとこの姿勢で部品を弄っていたせいで、すっかり肩や腰が固くなってしまっていた。


「もうこんな時間か。そろそろ寝なきゃ……」


ハルは作業台の隅にある、古ぼけたねじ巻き時計に目をやり、少しだけ首を回してからゆっくりと立ち上がった。


時計の針は、既に深夜一時を回っている。


明日の午前中は、街で家庭用モータービートルの羽を見て欲しいという依頼が一件入っていた。



「んっしょっと」


ゴム手袋を外しながら、ハルはふと作業台にある引き出しに目をやった。


引き出しからは黄ばんだ紙の端が少しだけ見えている。



「なんだこれ」


すっかり滑りの悪くなっている引き出しを、がたがたと無理矢理引っ張り出すと、中には何十枚ものの設計図の描かれた紙が乱雑に詰め込まれていた。



「設計図だ……。これってじいちゃんの字だよな? ってか、じいちゃん、設計図なんて描いてたんだ」


ハルの知る限り、修理の仕事をする際も祖父は一切の設計図を描きも見もしたことが無い。


そのせいか、祖父は設計図とはあまり関わりの無い人だと思い込んでいたのだ。



(これは……。じいちゃんの ”シルフ” だ……)


そのほとんどが祖父のモ-ターバードであるシルフの設計図であり、よく見ると、設計図が下に行けば行くほど紙質が古くなっている。


どうやら、改良を重ねるごとに、設計図を新しく書き直してきたようだ。


「やっぱりじいちゃんはすっごいな……」


ハルは設計図に目を通しながら、思わず笑みを溢す。


そして、ふと一番真新しい設計図に気付き、それを手に取った。



「これは……」


それは、祖父がハルの為だけに造り上げた渾身の作品、“エアリエル” の設計図であった。


祖父のシルフの長所を全て受け継ぎ、更に本体の大きいシルフでは成し得ない身軽さと飛行法を可能にした小ぶりのこの機体は、まさに祖父の最高傑作である。


物心ついたときから、ハルはずっとこのモーターバードの操縦席に座ってきた。


いまや、彼女はハルの半身と言っても過言ではない。




『ガタタ』



工場の表で、何か物音がして、ハルははっと顔を上げた。



「誰かいるの?」


引き出しをしまって、おそるおそるハルは立て付けの悪いドアを開き、修理工場の外を覗く。


暗闇の中、工場の前で蠢く何かに目を凝らし、ハルは言葉を失って慌てて駆け寄った。


「じいちゃん!!??」


なんと暗闇で蠢く正体は、うつ伏せのまま倒れた祖父であった。



「ハル……か?」


「じ、じいちゃん一体どうしたの……!?」


暗くて良く見えないが、祖父はどこかケガしている様子で、ひどく衰弱している。


「お前が無事で良かった……」


「じいちゃん、僕につかまって」


ハルは祖父の腕を自らの肩に回し、祖父をなんとか地面から起こした。


けれど、小柄なハルでは立たせることまではできず、半ば引き摺るようにして工場内に祖父を連れて入るのだった。


そして、なるたけそっと、修理するモーターバードを乗せる為の大きな台の上に祖父を寝かせ、ハルは近くに置いてある洗濯済みの清潔な布を丸め、祖父の枕代わりに首の下へ押し込んでやった。



「ハル、お前は自慢のわしの孫だ。何があってもな……」


「急にどうしちゃったんだよ? じいちゃん、シルフはどうしたの?」


祖父の様子がおかしいことに、ハル自身も勘付いていた。


「……シルフは死んだよ……」


「え……?」


痛みを堪えるかのように、祖父が腹部を押さえるのを見て、ハルは恐る恐る祖父の手をどかし、服を捲る。


自分で手当てしただろう包帯と、その下から滲む血の痕。


出血は止まっていないようだ。


まるで銃弾を受けたかのようなひどい傷のようだ。



「じいちゃん、これ……、この傷一体どうしたの?」


震える声で、ハルは祖父に訊ねた。


「何、大したことはない。男の勲章さ……」


これが大した傷で無い筈はなかった。


それに、その傷以外にも祖父の身体の至る所に痣や傷がついている。


「じいちゃん! 教えて、途中で何かあったんでしょう!?」


そう言ったハルの目を、祖父はじっと見つめる。


「お前には話していなかったが、わしは、あるとても大切な宝の隠し場所を知られない為に、その鍵をずっと隠してきた。とても安全な場所にだ……」


祖父はぎゅっとハルのまだ小さな手を握る。


「だが最近になって、その隠し場所が見つかってしまうかもしれんということがわかった……」


「それはどうして……?」


祖父の目は弱るどころか、強い光を放っていた。


「わしの若い頃の失敗が原因さ……。隠し場所のヒントになるものをどこかに落としてしまったんだ」


「じいちゃんはそれを探しに行ったの……?」


ハルは、握られた手をそっと握り返し、心配そうな目で祖父の顔を見つめる。


そして、こくりと祖父は深くゆっくりと頷くのだった。



「落し物は見つかった?」


そのハルの質問に、祖父は小さく首を横に振る。


「先に見つけられてしまったよ。返して欲しいと交渉に行ったが、逆に捕まってしまった。隠し場所を教えろと言われたが、わしは決して言わなかった……」


はっとしてハルは祖父の目を覗き込んだ。


「誰がそんなひどいことをしたの……?」


祖父はそれには答えず、ハルの手を更に強く握る。


「いいか、ハル……。仕返ししようなんて考えるんじゃない。わしがどうしてそこまでして、隠し場所を教えなかったのか解るか?」


ハルは首を横に振った。

こんなにひどい仕打ちをされてまで、祖父は一体何を守ろうとしたのか、すぐには理解できなかったのだ。


「わしが隠し場所を誰にも教えなかったのは、この世界を守る為だ。その宝は、使い手によっては本当に素晴らしいものに化ける。……と同時に、悪用されれば世界を破滅に導き兼ねないとても危険な物だ……」


そう言った後、祖父は苦しそうにゴホゴホと咳き込んだ。


ハルは、祖父を横向きにさせると、慌てて背中を擦ってやった。


「……ハル、お前はとても賢く、そして強い子だ。いいか、今からわしが言うことをよく覚えておくんだ。」


息も切れ切れに、祖父はそう言った。


「その場所の鍵は、このわしの目の届くところにずっと隠してきた……。この修理工場にだ。ここが一番安全な場所だったのさ。だから、ハル。この工場を頼みたい。お前の腕はわしが認める……。お前なら、立派にやってくれると信じている……」


「何言ってるの、じいちゃん。ここはじいちゃんの修理工場でしょ?? また一緒にやろうよ」


ハルの手を握る祖父の手が少し弱くなったことに気付き、ハルは慌ててその手を擦った。


「じいちゃん、その大切な物って一体何なの? 工場の一体どこに隠したの……?」


祖父は微笑んだまま、ハルをじっと見つめる。


「お前にも、いずれ分かる時が来るさ……。ごふっごほ……。ハル、悪いが少し喉が渇いてな……。水を持って来てくれんか」


「いいよ、わかった。すぐ持って来るから、待ってて」


ハルは急いで工場を飛び出し、裏に隣接する自宅へと走った。


ついでに救急セットも取りに行こうと思ったのだ。


頭がひどく混乱していた。


元気に出立して行った祖父が、ボロボロになって帰って来た。


その上、こんな今まで聞かされていたなかった事実まで知らされたのだ。




「じいちゃん!! 水持って来たよ!!」


冷たい飲み水をアルミのコップいっぱいに入れ、片手に救急セットを持ち、修理工場に飛び込んだハルは、思わず足を止める。



「じ……いちゃん……?」


祖父から返事はかえってこなかった。


ハルの手から、アルミのコップが滑り落ち、救急セットが音を立てて地面に転がる。


「じいちゃん!?」


横たわった祖父に駆け寄り、揺さ振るが祖父はぴくりとも動かない。



「嘘だろ、じいちゃん!! 起きてよ? ねえ、また元気になって一緒に修理工場やろうよ」


ハルの目から溢れ零れた雫が祖父の薄汚れた服を濡らしていく。


若き頃はきっと凛々しかっただろう祖父の顔は、とても穏やかな表情だった。


「じいちゃん、お願いだから……! 僕を一人にしないで……」


ハルは横たわる祖父の胸に頬を摺り寄せ、いつまでも声を上げて泣いた。






ハルは夢を見ていた。


本当に嫌な夢だ。


まるで、それがついさっきあった出来事みたいに鮮明な夢。


「ハル、ハルったら!」


フランはベッドに横たわったままのハルの肩を揺さ振った。


ハルの額には大粒の汗が噴き出し、いつも明るい表情を浮かべるハルからは考えられない程に、うなされている。


苦しそうに閉じられた目尻には、涙の滴が光っていた。


「ハル!!」


「う……ううん……」


酷い顔でゆっくりと起き上がったハルの顔を、フランが心配そうに覗き込む。


「大丈夫? ひどくうなされていたけど……」


ハルはまだぼんやりとした目でこくりと頷く。


目尻の涙を手の甲で拭うと、ハルは恥ずかしそうにそっとベッドのシーツに視線を落とすのだった。



ここは、選抜レースでメンバーとして選ばれたゾイ、ハル、ラビに宛がわれた専用ブースの中だ。


ここは来月イリオン島で開催される “航空学校対抗レース” に備え、メンバーが十分な準備と話し合いの時間を取り、更にチームワークを深められるよう計らわれたものだった。

 

そしてここには、寮室と同様にベッドや生活に必要な簡易家具は勿論、モーターバードの部品に役立つ機材や工具も一式揃えられていて、まさに、パイロットの生活空間としては最高の場所という訳だ。



「んっとに、そいつやる気ないんじゃないの? 選抜レースの後から丸一日はぐーすか寝てたよね」


ラビは起きたばかりのハルに軽蔑の眼差しを向けると、わざと嫌味を飛ばす。


「このところ、ハルも疲れが溜まっていたんだろう」


ゾイが理工学の専門書から顔を上げ、ボサボサに寝癖のついたハルの顔を見る。



「ハル、怖い夢でも見たの?」


「あ、うん……」


とてもじゃないが、祖父の夢を見ていたなどと正直に話す気になれず、ハルはベッドの皺を見つめながら小さく頷いた。


「ってかさ、なんでお前までこのブースにいる訳? お前、初級クラスな上に選抜メンバーじゃないよね? 無関係な人間がなんでこの空間で同じ空気吸ってる訳?」


ラビがテーブルに肘をつき、冷たい目をじっとフランに向けて毒を飛ばす。


「フランは友人だ。それに、彼の父上はあの有名なギー・ベル博士。フランはきっと僕達の心強い味方になってくれる筈だ」


ゾイにそう嗜められ、


「ゾイ先輩がそう言うなら」


と、ラビは不機嫌に唇を尖らせてフランを睨んだ。



「それにしてもハル、レース中に君が全く追いついて来る気配が無かったから、流石に少し慌てたぞ? 僕の計算だと、君は三周目に入る頃には僕に追いついてくる筈だった。それが、まさかあんな……。まったく、君の行動は予測がつかないよ」


肩を竦め、ゾイが呆れたように笑う。


「ごめんね、ゾイ。きっと僕の準備不足が原因だよ。エアリエル……、そうだ、彼女を直すさないと!!」


はっとしてハルはベッドから飛び起きた。


そんなハルを、呆気にとられた顔でフランが目で追う。


「僕、エアリエルを見てくる!!」


物凄い勢いでブースを飛び出して行ったハルの小さな後ろ姿を見つめ、ゾイが再び肩を竦めた。


「今までよく眠っていたのに、愛機のことになると目の色が変わるな……」


ラビが理解できかねるかのように、不機嫌に首を傾げ、ハルの飛び出して行った入り口を見つめた。


(……なんであんなチビなんかを、天才ゾイ・ボルマンがここまで気にかけるんだ……?? 僕にはまったくもって理解できない!)






ファン・ドアール海上空。


ここは、ヘルシオン王国が所持するウインド・バード島の北に位置し、リンベル王国が所持するナロー島との空域の境の空である。


この辺りの海の上空はとても寒く、冷たい海流に冷やされた水蒸気が、分厚い雲を作り出す為、晴れ間は年に数える程しか無い。


それから、この空域には、年中 ”死の雨雲” と呼ばれる巨大な黒雲が存在する。


その雨雲がそう呼ばれるには理由があった。


そこへ入ったら最期。


無事にそこから脱出できた者はいない、と……。


だからこそ、航空機は敢えてその雨雲を避けて通らねばならないのだ。





今、空賊船ビアンカ号の船長レオと、副船長ラミロがヘルシオン城からオリビアの日誌を盗み出すことに成功し、王都のあるウインドバード島から愛機 ”ファルコン” と ”イーグル” に乗って逃走を続けていた。


「しつけぇ奴らだな! っとによ」


「仕方無いだろ! オレ達はお偉いさんから大事な日誌を盗んだんだから!」


ラミロが鷲の型をしたモーターバード、“イーグル” の操縦レバーを忙しくなく動かしながら、大声で隣を翔けるレオに言った。


「盗んだ!? けっ、笑える冗談はよせ! そもそも、この日誌は誰のもんでもねぇんだ。こいつはオリビアっつう冒険家のもんだろがよ? それをヘルシオン国王が勝手に押収したっつぅだけの話だろ」


「まあ……、言われてみれば」


レオは黒いハヤブサ型モーターバード “ファルコン” の操縦席から、副船長はせせら笑った。


ラミロは尤もらしい説明レオの説明に、思わず得心してしまう。


と、突如後方から激しい銃撃の音が響いた。


弾は二人のモータバードのすぐ脇を掠め、空へ消えた。



「ちいっ、あいつら撃ってきやがった!」


背後から追ってくるのは、ヘルシオン王国の大型軍用船一隻と、そしてその中から飛び出した戦闘用モーターバード五隻である。


どうやら銃撃してきたのは、戦闘用モーターバードのようだ。



レオは、銃弾をかわしながらラミロに合図を送る。


「わかったよ。こちとら反撃しますか」


イーグルの翼をぐんと持ち上げ、ラミロはぐんと上昇した。


操縦席のすぐ下にあるボタン押すと、イーグルの翼の下サイドから、三つの銃口が顔を出し、獲物を捉える。


「受け取れっ、ラミロ特性磁気弾!!」


ラミロがイーグルから発弾した弾の数発が見事敵の戦闘用モーターバードのボディーに着弾。


鈍い音を立ててめり込んだ。


「おいラミロ。てめぇふざけてんじゃねぇぞ」


特に何のダメージも受けていないかのような敵のモーターバードの様子に、レオが青筋を浮かべてファルコンの操縦席で拳を握り締めている。


「ちょっ、誤解だって!! よく見てみろよ!!」


慌ててラミロがさっき弾を当てたモーターバードを親指で差す。


「……おっ」


着弾した直後、何事も無かったかのように飛翔を続けていた敵のモーターバードは、何やら様子がおかしいらしく、速度を急激に落とし始めた。


「おい。ありゃ一体どういうことだ?」


腑に落ちないという顔をして、レオはラミロに訊ねた。


「さっき当てた銃弾は、“磁気弾” っつって、弾自身が強力な磁気を含んでる。威力はほとんど無いけど、あいつがモーターバード内にめり込むと、磁気を放って機器を狂わせる。で、正常に働かなくなったモーターバードは、最後は墜落するって仕組み」


ラミロが自信満々に頷きながら敵のモーターバードに「バイバイ」と手を振る。


操縦のきかなくなったモーターバードは、空中で完全にエンジン停止を起こし、真っ逆さまに落下していった。


「……ラミロ。こないだっから寝ねぇで何か弄ってると思っていたが、こんなもん造ってやがったのか」


呆れたように溜め息をつき、まだ追ってくる残りの四機のモーターバードをバックミラーで確認する。


「おうよ! 実践で使えるかは今実験したばっかだけどな。これなら使えそうだ。また船長のファルコンにも装備してやるから」


満足気に笑いながら、ラミロは再びレバーを忙しなく動かし始めた。


一機味方のモーターバードがやられたことを受けて、先程にも増して敵側からの銃撃が一層激しくなったせいだ。


ファルコンの頭部からは、既に六つの銃口が顔を覗かせている。


レオはファルコンを力強く一回転させ、敵のモーターバード一機の背後に回りこむと、操縦用レバーに組み込まれたボタンを力強く親指で押さえた。


「撃たれっぱなしじゃ癪なんだよ」


勢いよく敵機に向けて銃の連射を始めた。


敵機は慌てて方向を転換しようとするが、レオはそれを逃さない。


「逃がすか。この俺に銃を向けたことを後悔するんだな」


悪魔のような笑みを浮かべたレオを乗せ、ファルコンは、


『シュンシュンシュンシュン』


と、勢いよく銃を連射していく。


弾は避けきれなかった敵のモーターバードのボディーと翼に次々に着弾し、風穴を開けていった。



「ナイスシューティング」


二機目の敵機がくるくるとバランスを崩しながら墜落を始めたのを見て、ラミロは親指を立てた。


「喜ぶには早ぇ。まだ三機残ってる」


残った敵機の一機は、今度はレオの背後にぴたりとつけ、もう一機はラミロの背後につけてきた。


更に残りの一機はいつでも加勢できる位置を飛行している。



「ちくしょう、やべぇ、こんなときに燃料切れだ!」


「は!?」


予想外のレオの申告に、驚きの声を上げた。


「仕方ねぇだろが!! ウインドバード島から随分な距離飛んできたんだからよ」


言われてみれば、と自分の燃料タンクのメーターを確認すると、ラミロは苦笑いを浮かべた。


「……って、オレもあんまり燃料の余裕無いみたい……」


げんなりした様子でバックミラーを振り返る。


「しゃあねぇ、一旦あそこに身を隠すか」


ラミロとレオは敵機の攻撃を避ける為、現在はモーターバードを左右上下に激しく操縦していた。


そのおかげか、敵機は銃撃を止めはしないが、二人の動きにはついていけずにいる。


「げっ、マジかよ! 船長正気か? あの死の雨雲に入る気?」


「他になんかいい案があんなら聞いてやる」


どうやらレオは冗談でそんなことを口にした訳ではなさそうだ。


「あの雨雲はただの雨雲じゃないんだぞ!? ファン・ドアール海の黒雲っつったら、一度入ったら無事じゃ出てこられないことで有名じゃんか!!」


ゴーグルの下で、レオはにやっと唇を吊り上げた。


「ラミロ、お前、もしかしてビビッてんの?」


それだけ言って、レオは迷うこのなく操縦レバーをぐいと右に倒した。


そしてそのまま分厚い雨雲の中に、レオのファルコンの姿は吸い込まれるようにして消えた。



「あっ! おいっ! 船長っ!」


思い立ったらすぐ行動、後先深くは考えない。


それが空賊船ビアンカ号の船長レオである。



「ああっ、もう! 勝手なんだから!」


仕方無くラミロもレバーを右に切った。


そしてラミロのイーグルもその中に消えた。


 “死の雨雲” と呼ばれる巨大な黒い雲の中へ消えた二機を追っていたヘルシオンの戦闘用モーターバードは、その後を追うか追うまいか戸惑ったように旋回した後、やはり命が惜しいのか雨雲の中を追うのは諦め、母船である軍用飛行船に戻っていくのであった。






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