第十五話 選抜レース開始
今、王立ヘスシオン操縦士学校内で、航空学校対抗レースに参加する代表を決める、選抜レースがスタートした。
ハルは、初級クラスということで、スタート位置は最後尾。
一方、ゾイは代表生候補ということから、最前列に。
選抜レースのルールは、この学校のある人工島、即ちナイトブルー島の周りを五周してより早く戻った者の勝ちという、一般的なレースのルールと同じだ。
スタートを知らせる空砲の音と共に、どの生徒達も、この日の為に万全の状態にした愛機で勢いよくスタートを切った。
が、やはりスタート直後に起こる接触事故でリタイアを余儀なくされる生徒が次々に続出。
今年は四十八名が参加していたが、一周目を終える時点で既に九名に激減していた。
断トツの一位を翔けるは、ゾイの縦縞模様のモーターバード。
少し離れた後方に先頭集団の五機、そして更にその後ろで第二集団の三機が争いを繰り広げていた。
「ゾイ・ボルマン君のモーターバードが、ぶっちぎりの一位で一周目! 続いて先頭集団五機がその後を追います! 第二集団の中に、見慣れない機体が一機ありますね……。なんと、あの小ぶりの白い機体は、初級クラスの生徒が操縦しているそうです!!」
今年度選抜レースの司会を務めるのは、“レース解説者を目指す会” の会長、ミラノという男子生徒である。
真っ赤な蝶ネクタイをつけた彼は、一見すればコメディアンでも通用しそうだが、誰もそのことに触れたことはない、今のところは……。
「えーと、参加生徒の資料によると……彼はハル・シュトーレン君。最近編入してきたばかりの生徒です。初級クラスの生徒がこの選抜レースに参加するのは、あの天才ゾイ・ボルマン君に続いて二人目です。さて、彼は一体どんなレースを見せてくれるのでしょうか?」
ハルのいる第二集団も一周目終わりのコーナーに差し掛かっていた。
ここはコースの中では最も難易度の高い場所で、急なカーブに加え、連続して中サークルが二つと小サークルが並ぶ。
コース内では、一周につき十二個のサークルが設置されているが、クリアしなければならないサークル数は計五十。
即ち、レース中に失敗が許されるサークル数は、十個までとなる。
「さあ、第二集団が難易度の高い急なカーブに差し掛かっています。ここでは、焦らず確実な操縦が求められていますよ。ここで焦ると、1度にサークルを3つ失うことになります。ここは慎重にいきたいところです!」
「エアリエル、いくぞ」
並ぶ第二集団の他の二機が、カーブを少しスピードを抑えることで確実に曲がりきろうとする中、ハルはペダルスイッチの素早い切り換えで、もう一段階スピードを上げる。
「おや! 二機がスピードを落としたのに対し、ハル・シュトーレン君は逆にスピードを上げたようですよ!? この急カーブでスピードを上げて、どうやって回り切るつもりでしょう!?」
ハルは、他の二機より前へ飛び出したエアリエルの翼を、今度はコーナーの一つ目のサークルの直前でパタンと翼を全て畳んでしまった。
「な、なんと、翼を畳みました!!」
ハルの乗るエアリエルは、翼の無いままくるくると回転しながら連続して中サークルを潜り抜け、さらに小サークルを難なくクリア。
「よし!」
「見事三つのサークルを全てクリアしました!! このスピードで急カーブを最短距離で曲がり切りました!! すごい腕ですっ」
サークルを抜けた直後、すぐさま翼を開き、再び空を翔け始める。
後方では、第二集団の二機がハルの機体の後を追うが、その距離はぐんと開き始めている。
「後ろの奴、鬱陶しいな」
「だな……。じゃ、そろそろやっとく?」
ニコ・ホールデディンと、マルコ・ホールディン。
この二人は、昨年度にゾイと共に選抜レースで勝ち残った学校生である。
一卵性双生児である二人の抜群の息の合った操縦には、よほどの生徒でない限り張り合うことができず、否や追い抜くこともできない。
二人の連携操縦には、いつも危ない罠が待ち受けているのだ。
「いいねぇ」
ニコは薄い唇の端を引き上げた。
マルコは、それを見てニコのオーケーサインが出たと見なす。
ニコのすぐ斜め後ろを翔ける別の機体がニコを追い抜かそうとするが、まるでそれを読んでいたかのように、マルコの機体が割り込み、それを阻止する。
目の前を遮られた後ろの生徒は、咄嗟に操縦を誤り、さらに後ろを翔ける機体と接触し、落下。
「オーケイ」
ニコと瓜二つの唇の端を引き上げ、マルコが呟く。
「ああ!! あれは上級クラスのサミ・ローシャ君と、シモ・グレン君の機体です! みるみる二機が落下していゆきます!! ホールディン兄弟の見えない壁の前に、またしても誰も歯が立たないのでしょうか!?」
満足気に落下しゆく機体をバックミラーごしに見つめ、二人はクスクスと笑い声を上げる。
「よし、邪魔者が二機減った」
ゴーグルの下に見えている唇から、べっと舌を出し、ニコがマルコにブイサインを送り、マルコもそれに返すようにブイサインをつくる。
「もう一機残ってるよ? やっちゃおうか」
「いいね。三秒でやってやる」
くっついて飛行していた双子の二機は、ふわりと二手に分かれた。
水色と白の、空に同化するかのような二人の機体は、離れたところからみると、一瞬どこを翔けているのかわからない程だ。
「ゴー」
「ゴー」
不敵な笑みを浮かべマルコがニコに目で合図する。
マルコが頷くと、二機は同時にスピードを僅かに落とし、後方を翔けるもう一機の両サイドにぴたりと並んだ。
「ホールディン兄弟が動きました!! 昨年度、四位という好成績を残している、トニー・ハンスキー君を両サイドから完全に挟んでしまいました。これでは、身動きが取れません!!」
ニコとマルコは顔を見合わせた途端、二手に分かれていた二機がずいとトニー・ハンスキーの機体に一気に詰め寄った。
『ギャギャギャギャギャ』
鉄の擦れる嫌な音が響き、トニー・ハンスキーのモーターバードが空中で大破する。
バラバラになった機体の一部と、トニー・ハンスキー本人の身体が宙に投げ出されていゆく。
「なんてこった!! トニー君!! 危ないっ!!」
地上で選抜レースを見守るヘルシオン操縦士学校の生徒達や、先生達は悲鳴を上げた。
生徒達による救助隊は予め待機はしているが、さすがに生身で宙に投げ出された者を助け出すには間に合わない。
「やったね!」
「ちょっとやりすぎたか……?」
大破して後方へ流れるように落下してゆくトニー・ハンスキーの機体を尻目に、二機はふわりと元のコースへと舞い戻った。
何事も無かったかのように機体は翔けてゆく。
「えっ!!?? 人が飛んでくっ!!」
少し離れた位置で翔ける先頭集団のうち、空色の二機がシルバーの機体を挟み撃ちにして、大破させる瞬間をハルはしっかりと見ていた。
バラバラになったシルバーの機体と、そしてその持ち主の身体が宙を舞っている。
「やばいっ!!」
ハルは咄嗟にペダルスイッチを八段階から十二段階へとものすごい速さで踏み換え、レバーをぐんと引き下げる。
今までとは比べ物にならない速さでエアリエルが飛び出した。
「行けーー!! エアリエル!!」
白いツバメが空と一体になる。
バラバラと紙屑のように宙に巻き上がった機体。
人形のように舞うトニー・ハンスキー。
「大変だっ!! 死人が出るぞ!!」
ミラノが我を忘れて叫ぶ。
恐ろしい光景に、彼は “レース解説者を目指す会” の会長という立場をすっかり忘れてしまっている。
レースを見守る生徒達の悲鳴とどよめき。
「落とすもんか!!」
『ドン』
誰もが諦めかけたその瞬間、何かがハルの機体の頭部分にぶつかった。
「……き……、奇跡だっ」
放心したミラノ。
ハルの白い機体の前部分に、灰色のレースジャケットとズボンのトニー・ハンスキーの体が見事乗っかっている。
「君、大丈夫!!??」
真っ青になって、トニー・ハンスキーがこくりと一つ頷いた。
もう自分は助からないと覚悟を決めた直後の出来事であった。
「少しこのままで頑張って! なんとか君をナイトブルー島の地上に降ろしてあげるから!」
ハルは、スピードを落とし、トニー・ハンスキーの身体が滑り落ちないよう慎重に旋回を始める。
「ハル・シュトーレン君の機体が、トニー君を乗せたまま旋回を始めました。ああ、よかった……、もうダメかと思いました……」
旋回を始めたハルの機体に、出動した学校生による救助隊のモーターバードが近付いていく。
「ここで僕らが彼を預かる。君はレースに戻りなさい」
救助に来た学校生の進めで、ハルはぴたりと機体をサイドにくっつけると、トニー・ハンスキーを救助隊の機体へと引き渡した。
うまく引き渡しに成功し、地上から大きな拍手が巻き起こる。
「遅い……! 僕の計算からすれば、もうとっくに僕に追いついていてもおかしくは無い筈だ! 一体何をしている、ハル!?」
遙か前方を翔けるゾイが、後ろでまさかこんなことが起こっていることを知る筈も無く、ぐっとレバーを握り締めた。
ゾイの知るハルならば、そろそろ追いついてきてもおかしくない頃合であった。
それが、まだバックミラーにもその姿は映ってはいない。
ミラーのその端に、空色をした、去年のチームメイト達の機体が二機ちらついて見えるだけだ。
「なんだ、あいつ……? 気にくわないな……」
ニコがバックミラーごしに、後方で繰り広げられた出来事を見て、つい双子の弟マルコに愚痴を溢した。
気付かないうちに、見覚えの無い小ぶりな白いモーターバードが、随分な追い上げをしている上、更に宙に投げ出されたトニー・ハンスキーの身体さえも機体でキャッチしてしまうという英雄振り。
ニコとマルコは悔しげにバックミラーを睨みつけるのだった。
「ちょっと引き離されたちゃったな……。さあ、こっから追い上げようか! エアリエル!!」
縮まっていた距離が再び開き、さっき引き離した筈の第二集団の二機に再び抜き返されてしまったハル。三周目に突入したゾイから約半周遅れたところから、再びレースを再開させる。
「本当に見事でした、ハル・シュトーレン君! ……とは言うものの、彼が旋回している間に、第二集団がハル・シュトーレン君の機体を通り過ぎて行きました……。先頭を翔けるゾイ・ボルマン君とは随分距離が開いてしまいましたね。ゾイ・ボルマン君は、急カーブを曲がり、現在3周目に突入です。そして、少し遅れてホールディン兄弟です」
「……あいつ、一体何のつもりだ……!?」
レーサーの家系に生まれたラビ・エフェクトは今、選抜レースの第二集団に位置していた。
順位は現段階でゾイ、ホールディン兄弟に続いて四位である。
「……っざけるな! あんな庶民に負けてたまるか」
遅れをとったハルのモーターバードが、スピードを十二段階最高に上げ、もの凄い勢いでぐんぐん追い上げてくる。
「ここで僕が勝って、僕の力を学校全体に認めさせてやる!!」
ラビもペダルスイッチを瞬時に切り替え、愛機の持ちえる最高速度、十段階に設定した。
「レースの途中で道草くうようなド庶民に抜かれてたまるかっ!」
レバーを握り締め、ラビはぐんぐん追い上げてくるハルの真っ白い機体をバックミラーごしに見つめ、呟く。
ゾイが天才と呼ばれるならば、云わばラビという人物は “努力の天才”だった。
「ハル・シュトーレン君のモーターバードの物凄い追い上げです!
おや、同じく、第二集団からもう一機前に飛び出しましたよ? ボディーには勝利の女神の姿が描かれています。あのモーターバードに乗っているのは……、ラビ・エフェクト君! なんと、彼は中級クラスの学校生です! 今年の選抜レースはすごいことになっていますね!!」
第二集団を抜け出し、前へ飛び出したラビと、それを追うハル。
何者も通さない双子のホールディン兄弟。
そして、ハルを待つゾイ。
今、レースは中盤に差し掛かり、さらに熱い闘いの最中に突入していくのであった。
今年の選抜レースに参加する生徒達への応援や観戦に、ナイトブルー島の地上に設置された応援席は、大いに盛り上がっていた。
校内での催し物とは言え、一年に一度の校内選抜レースは、生徒達にとってはとても重要なものである。
このレースに選ばれた三人が、次に開催されるイリオン島での航空学校対抗のモーターバードレースの代表として出場することとなる訳だ。
さて、話は少し戻る。
ハルは、スタート後のクラッシュ地獄から無事抜け出せたものの、ちょうど現在第2集団で翔けているところであった。
「ハル……! 頑張って……!!」
大画面に映し出されたレースの生中継映像を観ながら、応援席に腰かけているフランは、持っているジュースの紙パックを無意識に握り締めていた。
大画面には第二集団が、一番難易度の高いコーナーに差し掛かったところで、他の二機がスピードを落としたのに対し、ハルは一段階スピード上げる様子がしっかりと映されている。
「えっ!? ハル、どうゆうつもり!? あの急カーブでスピードを上げるなんて!!」
応援に来ている学校生達も、ハルの行動にひそひそと呟き始めている。
「絶対に曲がり切れないだろう」
とか、
「やっぱり初級クラスの考えることだ」
という声がフランの耳に届き、フランは少しむっとする。
ところが、ハルの機体が翼を畳み、見事三つの連続したサークルを潜り抜けたところで、応援席がしんと静まり返った。
「ハル……!! 君ってやっぱりすごいよ!!」
パッと目を輝かせたフランは、周囲の静けさを忘れ、思わず拍手を送った。
それにつられ、応援席からも次第にパラパラと拍手が起こり始めるのだった。
「あの初級クラスの学校生、なかなかやるぞ」
という声が聞こえ、フランはふふんと周囲を自慢気に見回す。
再び翼を開いたハルの機体。
第二集団から飛び出したハルが、先頭集団にぐんぐん追い上げてゆく。
「ハル!! ひょっとしたらここままいけば……」
まさか、これ程までの力を見せるとは思っていなかったフランは、驚きと感激ですっかり興奮気味だ。
持っていたジュースの紙パックは既に変形してしまっている。
その瞬間、双子の兄弟、ニコ・ホールディンとマルコ・ホールディンの連携操縦の前に、サミ・ローシャとシモ・グレンという、上級クラスの優秀な生徒の機体がクラッシュしリタイアするのを画面越しに目にするのだった。
「信じられない……! いくらなんでもあの兄弟の操縦はあまりに非人道的すぎるよ……」
応援席からもどよめきが起こった。
二人の操縦に対してフランと同じ考えの者が大勢いるようだ。
ところが、双子はその攻撃の手を緩めるどころか、続いては昨年度四位という好成績を残す学校生、トニー・ハンスキーのモーターバードを、双子の機体が捕らえ挟み撃ちにしようとしている。
「ちょっ、さすがにそれはまずいんじゃ……?? あの兄弟、まさか本気で……?」
直後、応援席の学校生達の心配は見事的中するのだった。
連携攻撃用ににわざと強化した双子の機体は、トニ・ハンスキーの機体を両サイドから挟み、そのまま大破させたのだ。
まるで、紙の玩具のように……。
誰もが言葉を失った。
静まり返った会場に、司会者であるミラノの悲鳴が響く。
宙に投げ出されたトニー・ハンスキーの身体。
救助のモータービートルさえも間に合わないあっという間の悲惨な出来事であった……。
「ああ……。おしまいだ……」
真っ青になってフランは目を覆う。
誰もが、絶望し優秀な生徒をここで失うのだとばかり思っていた。
「……き……、奇跡だっ」
司会者ミラノの声に、皆が俯いていた顔を上げた。
大画面には、信じられない光景が映し出されていた。
白く小ぶりな機体が、放り飛ばされたトニー・ハンスキーの身体をその前部分で見事キャッチしていたのだ。
『わああああああああああっ』
応援席から生徒達の歓声と拍手が舞い上がった。
初級クラスだと馬鹿にされていた彼が、誰も助けられないと思っていたトニー・ハンスキーを見事救ってみせたのだ。
「す、すごい……!! ハル!! 君って最高だよっ!!」
気付けば、フランは席から立ち上がり、他の学校生達とともに飛び上がって喜んでいた。
「あの初級クラスの奴、なかなかやるぞ!!」
という声が飛び交っている。
結局、旋回してトニー・ハンスキーを救助隊に引き渡す間に、さっき引き離した第二集団に再び抜き返され、実質ハルが最後尾ということになってしまったが、今や、多くの学校生の心を引き付けていた。
「ハル!! いけいけ~~~!!」
再び全速力で翔け始めたハルの機体は、今まで見せていたスピードとは桁違いの速さで、大空を翔け抜け始めるのだった。
そうして、一旦抜き返された機体達を追う。
ハルの追い上げに対し、第二集団に位置していたラビ・エフェクトとのモーターバードも同時にスピードを上げていた。
二機は双子の後を追い、物凄い追い上げを開始した。
スピードはハルの機体が上のようだが、旋回時に稼いだ距離があるため、ハルがラビの機体を抜くにはもう少し時間が必要なようだ。
「さて、レースが思わぬ展開になってきました!! さあ、二機は双子に追いつけるのでしょうか?? というよりも、二機は無事にホールディン兄弟の見えない壁を飛び越えてゆけるのでしょうか!?」
という、ミラノの心配そうな声がマイクごしに応援席会場に響くのだった。
「おい、なんか来るぞ!」
「なんだ……?」
ニコとマルコの双子は、ゴーグルごしに顔を見合わせる。
バックミラーには、見慣れないモーターバードが二機映し出されていた。
「すごい速さで追い上げてくる!」
「ああ……! 見たことないやつだ。上級クラスの人間か?」
二人は見慣れないモーターバードの姿に、小首を傾げる。
「いや、オレの知る限り上級クラスであんなの操縦しているのは見たことない」
もう、二人のところまで追い上げてくるのはもう時間の問題と言えた。
「……ということは、中級クラスの人間ってことか??」
「冗談じゃない。昨年度の選抜メンバーのオレ達が、中級クラスの人間に負けたとなったら、笑い者だ……! 絶対に通す訳にはいかない!」
双子は顔を見合わせてこくりと大きく頷いた。
「おい、お前」
「へっ? 僕??」
十段階で逃げ切るつもりだったラビだが、十二段階のエアリエルにスピードでは勝ることができず、とうとうラビの機体の隣にハルの機体が並んでいた。
ラビは操縦席から隣を翔けるハルに声をかけた。
「そうだ、お前だ」
「なに? どうかした?」
スピードを十段階に落とし、ハルはラビの声に応えた。
「お前、一体何をした? どういうコネだ」
「コネって?」
きょとんとした顔でハルはラビに訊ねる。
「どういうコネでヘルシオン国王の推薦を貰った? どういうコネでそのモーターバードを手に入れたんだ」
そんな失礼な問いかけにむっとしたハルは、
「それってどういう意味?」
と、逆に問い返した。
「お前のようなド庶民が、なんのコネも無しにこの王立の航空学校に無償で編入を許される訳が無いだろう。それに、お前のような貧乏な家の出身で、そんな立派なモーターバードを持てる訳が無い」
ラビが胡散臭そうに軽蔑の視線をハルに向けるのだった。
「コネなんて使ってないよ。ここへ編入できたのは、確かにただ運が良かったってだけなんだろうけど、エアリエルはじいちゃんが僕に作ってくれたモーターバードだ」
「嘘をつくな。そんな代物が、素人に造れる訳がない! その速さ、どう見たって十段階以上だろう!?」
余計にむっとして、ハルは強く言い返す。
「嘘なんかじゃないよ! じいちゃんは立派な修理工場長だったんだ。エアリエルは、じいちゃんの手から生れたんだ!」
そんなハルの言葉に、ラビは悪態をついた。
「ただの修理工場長?? はっ、とても信じられないね。お前はバカだろ? どうしてすぐばれる嘘をつく! 僕は中級クラスで、お前よりも先輩なんだからな」
ハルは悔しかった。
かつて今まで、これ程までに悔しかったことはないだろうという程に。
大好きな自慢の祖父を馬鹿にされたのだから。
「確かに……、僕は今までどこの航空学校にも通ってなかった。だから世間知らずの馬鹿だって言われても仕方ない。でも、じいちゃんのことは悪く言うな! じいちゃんは、最高の修理工だ」
目の前に迫り来るサークルを見向きもしないのに、次々にクリアしていく
その間も、ハルはラビから一時も目を離すことは無い。
ハルは、大好きでたった一人の自慢の祖父を、誰にも貶されたくは無かった。
「じゃあ、その速さはどう説明する? まだ世間に出回っていないエンジンでも買い取ったのか?」
「エンジンは僕が弄ったんだ。じいちゃんが造ってくれたのは、元々八段階だった。それを僕が後から弄った」
ラビは操縦中にも関わらず、ゴーグルを外し、直接自分の目でハルを見つめる。
「お前が改良しただと……?」
「そうだよ」
グレー色のラビの瞳が、驚きの目でハルを見つめている。
「どこの航空学校にも行って無かったお前が?」
「そう。行ってなくたって、機械弄りくらいは感覚でできる」
しばらく目を丸くしていたラビだったが、すぐに小馬鹿にしたように笑い、ラビはゴーグルを器用に左手で嵌め直した。
ハルの言っていることが、とても信じられるものではなく、信憑性に欠けたものだと判断したからだ。
そして、続けて突拍子もない条件を出した。
「すごい大胆な嘘。そこまで言い切るなら、証明してみろよ。もしお前が選抜レースで勝ち残ったら、お前の言い訳を信じてやってもいい」
ラビはレバーを握り、サークルをふわりと潜り抜ける。
「それ、本当!?」
「ああ。できるもんならやってみな。そう簡単には、ホールディン兄弟はお前を追い抜かさせてはくれないぞ。それに、この僕もな」
ハルは白い歯を見せて頷いた。
「わかった!! 君に認めて貰えるように、精一杯頑張ってみるよ!」




