第十四話 動き出した黒い悪魔
巨大なヘルシオン王国の王都には、さまざまな石造りの建物が立ち並び、その上空には、他島とを結ぶ飛行船が何隻も行き交う。
さらに、客を乗せて運賃をとる、二人から四人乗りモータービートルも飛び回り、街は活気に溢れている。
ビアンカ号をそれぞれの愛機に乗って出立したレオとラミロは、ヘルシオン王国の王都の港に着陸していた。
「ああ~~~、腰が……」
長時間の操縦席での姿勢で腰が軋み、ラミロは顔を歪めて伸びをする簡単なストレッチをする。
「お前はジジイか」
一方のレオは、涼しい顔をしてそんなラミロを鼻で笑った。
「俺は船長みたいに丈夫じゃねえの。あんたは化けもんだから」
「けっ、よく言うぜ。改造してるときゃ、一週間寝ないでも気付かねぇくせに」
レオは、肌蹴た黒シャツに手を入れ、ボリボリと割れた腹筋をかく。
相手を射るような鋭い鷹のような目に怯え、通りすぎる人々が次々に目線を逸らしている。
「相変わらず、人を遠ざけるのがうまいな」
ラミロが苦笑を洩らした。
「うっせ。俺ぁ生まれつきこんな目つきなんだよ、文句あっか」
「いいえ、ありませんとも」
黒い悪魔と呼ばれるレオも、普段はちょいと目つきの悪い唯の若者と見栄えは変わらない。
特にこの王都の街並みに紛れてしまえば、誰も彼を空賊船ビアンカ号の船長だと思いもしないだろう。
というよりも、誰もまさかこんなところに、そんな危険人物がいようとは思ってもいないだろう。
「だが、こっからは目立つ行動はできねぇぜ」
レオは、すっかり無造作に伸びてしまった黒髪を、後ろで小さく一つに縛るとそう自分に言い聞かせるように言った。
「ああ。ヘルシオン国王陛下のお膝元だもんな」
ラミロも、十分承知したというように、深く頷く。
二人は、モーターバードの無線で傍受した内容をもとに、とある研究所に向かっているところだった。
今回の件に関係のありそうな人物、ギー・ベル博士の研究所である。
彼は、浮遊石の開発と研究に携わっている世界的に有名な人物である。
「研究所には、かなりの警備が張り巡らされてんだろぅな。簡単には、俺達みてぇな客は入れてくれねぇだろうよ」
そう言ってレオは、双眼鏡ごしの巨大な門に阻まれた大きな研究所の建物に目をやった。
研究所のいたるところには無表情な守衛が立ち、上空を過ぎ去る民間の航空機にさえ気を張っているのが傍目にも分かる。
「でもまあ、あの博士が何らかの事情を知ってるのは確かだよな」
ラミロはレオの隣で静かに腕組みをするのだった。
彼から情報を引き出さない限り、次のステップには進めないことははっきりしているので、二人はなんとしても、ギー・ベル博士に会う必要があったのだ。
ヘルシオン操縦士学校では、航空学校対抗レースの代表メンバーを決める為、着々と選抜レースの準備が行われていた。
いよいよ選抜レースが来週へと迫ったこの週は、立候補者として名乗りを上げた生徒達の自主訓練にいつも以上に熱が入り、それぞれ自慢の愛機の整備に一層時間を割く者の姿が目立つようになっていた。
その生徒達の多くは予想通り上級クラスの者達で、ハル以外で初級クラスから名乗りを上げる者はいなかった。
それは、生徒達が学校対抗のレースとは言え、モーターバードのレースと言えば、危険と隣り合わせであることをよく知っているからだとも言える。
未熟な操縦技術では、まずこの危険なレースを無事最後まで翔け切ることなどできはしないのだから……。
「うっわ~~~~。混雑……」
ハルはフランと共に、本番のレースコースを確認する為、貸し出し練習用の2人乗りモータービートルに乗って、島の外周をゆっくりと飛んでいるところだった。
すでに設置された輪っかの数をカウントしながら、フランは不安そうな声を出す。
「ハ、ハル。どの人もみんな上級クラスの先輩達ばかりだね……」
そんなフランとは裏腹に、ハルはうきうきとしていた。
「みんな、かっこいいモーターバードに乗ってるね」
興味深々に他学校生のモーターバードを目移りしながら眺めている。
操縦している生徒の胸には、上級クラスの証である金バッジが飾られていて、どの顔も、幼いハルの顔とは違った大人に近い顔つきだ。
このレースに参加する生徒達は皆、卒業後の進路を見据えた真剣勝負に挑もうとしているのだろう。
そのことに勘付いたフランは、消え入りそうな声でハルに問いかける。
「ねえ、ハル……。ほんとに選抜レースに出るの? 上級クラスの人ばかりだよ……?」
「出るよ。だって、もうゾイと約束もしちゃったし、選抜レースの参加申し込みも出しちゃった
し」
モータービートルの丸っこい操縦レバーを握ったまま、ハルはコースのあちこちに設置されたサークルの箇所を確認する。
「それはそうなんだけどさ……。だけど、ゾイ・ボルマン先輩はああ言ってたけれど、君はまだ編入して間もないんだし、無理はしない方が……」
「ここのコーナーに一箇所と、斜め下に一箇所か」
ゾイの誘いを断れないでいるのではないか、とフランがひどく心配していることに全く気付いていないハルは、上機嫌でサークルの数を数えている。
(この前の世界大会のときと比べると、外周の距離は四分の一程度しかないから……。これで五周だとすると、スピード勝負になるな。それに、距離が短い分コーナーを曲がるときの角度が急になるや。選抜レース用に、エアリエルをちょっと弄ってやらないと……)
ハルがそんなことを考えている間、黙り込んでしまったと勘違いしたフランは、ひどく心配してハルに声をかけ続けていた。
「でもさ、やっぱりゾイ・ボルマン先輩の誘いじゃなかなか断れないものね。 初級クラスじゃきっと上級クラスの先輩達には敵わないだろうけれど、君なら、なんとか最後まで翔け切ることができるかもしれない。君が出るって言うんなら、僕は君を全面的に応援することにするよっ、うん……」
(エアリエルを短距離向けに弄るとすれば、やっぱ翼だよな~~。う~~ん……)
あれこれ心配しているフランの声が全く耳に入っていないハル。
「それにさ、初級クラスで選抜レースに出ること自体がスゴイことなんだし。 なんて言ったって初級クラスで参加するのは、あのゾイ・ボルマン先輩以来のことだからね。出ることに意義があるっていうか」
一人で身振り手振り話しを続けるフランを置いて、突然「あっ」と声を上げたハルに、フランはビクリと体を震わせた。
「そうだ! いいこと考えちゃった!」
「い、いいこと……??」
何かを閃いたようで、とても嬉しそうなハルに、フランが驚いた顔で見つめる。
「へ? ああごめん、フラン。ちょっと考えごとしてて、話全然聞いてなかった! で、なになに??」
にこにこして聞き返してくるハルに、フランは溜め息をついて首を横に振る。
「あ、ううん。いや、なんでもないよ……」
あれこれ心配して考えて、すっかり気疲れしてしまったフランは、能天気なハルに思わず深い溜息を洩らすのだった……。
レオとラミロの二人は、先程まで双眼鏡ごしに見ていた研究所のすぐ近くまで、それとなく接近していた。
守衛のいる大きな鉄城門の奥には、広い芝生が広がり、更にその奥に西洋風の屋敷構えな研究所が立地している。
レオは、さっき港のごみ箱で拾ったばかりの、モーターバード関連の雑誌を、さして興味もないのに立ち読みしている風を装い、さり気なく城門近くに設置された監視カメラの位置を確認していた。
「門の傍に一つ。あれにさえ引っかからなけりゃ、あとは案外すんなりだぜ」
そう言って、雑誌にドボドボと携帯用に所持していたウィスキーを豪快にぶっかける。
「ちっ、もったいねぇ……」
お気に入りのウィスキーを雑誌にやってしまうなんてことは、できれば避けたかったが、これが今の最もいい作戦だと思い、レオは諦めることにした。
そうして、たっぷりウィスキーを吸った雑誌をポイと研究所の横塀から敷地内に放って、直後に着火したままのライターも同じ場所に放り込んだ。
が、塀の向こう側で、雑誌が元気よく炎を作り出す手筈だったが、生憎、燃え広がるにはまだ少し勢いが足りないようで、しばらくしても、細い煙が上がる程度で、特に敷地内での大きな動きがない。
二人は研究所の塀のすぐ外側で顔を見合わせた。
「船長、ちょっと勢いが足りないんじゃないか?」
ラミロは塀の内側を気にしたように煙の勢いを伺う。
「俺にいい考えがある。ラミロ、お前、丁度いいもん持ってるだろ。あれ貸せ」
レオが言っているのは、ラミロの小道具が色々詰まった腰の小バッグの中身のことだ。
これは、改造マニアのラミロが少し前に作り出した発煙玉で、もともとはモーターバードに積載し、追手などを撒いたり、目くらましの為に使用するつもりだったものだった。
「ああ、これ?」
小バッグからそれを取り出すと、レオはそれをさっと取って、あっという間に敷地内に投げ込んでしまった。
ラミロが何か言うよりも前に、モクモクと塀の内側から勢いよく真っ白い煙が立ちのぼり始めた。
物凄い勢いである。
「なんだ、一体どうなってる!? くそ、火事だ!!」
あれよという間に、守衛が異変に気づき、騒ぎ始めた。
そうこうしていると、警備の者達のほとんどがものすごい勢いで煙を吐き出す発煙玉の辺りに集まり始めたのだ。
「な、いい考えだったろ?」
レオは得意げに笑った。
ガッツポーズをとった後、ラミロはすっかり警備の目が緩んだ鉄城門の脇の塀に手をかけた。
「じゃ、計画続行っつうことで」
門に設置された監視カメラのちょうど死角になる場所がこの位置という訳だ。
二人はなんなく研究所の塀をよじ登り、案外すんなりと敷地内に侵入を果たすのであった。
「俺の発明した煙発生装置、名付けて “煙くん” の威力を見よっ」
一向に治まる気配のない煙の勢いに視線をやり、ラミロはざまあみろとでも言いたげに、笑みを浮かべる。
「馬鹿言ってねぇで、さっさとギー・ベル博士を探すぞ」
調子に乗るラミロを小突き、レオが駆け出した。
「ちょ、おいっ。んだよ、ノリ悪いんだから」
唇を尖らせ、ラミロもその後を追う。
なんて言ったって、侵入者に気付き、守衛達が騒ぎ出すのは時間の問題なのだから。
「ギー・ベル博士の研究室は、研究所の地下だぜ。安心すんのはまだ早ぇ。そこまで誰とも出くわさなきゃいいがよ」
予め調査済みの、研究の裏に位置する巨木まで行き着くと、レオはするするとそれを登りはじめた。
「だな……。双眼鏡の事前調査によると、この木の伝いにある、2階の窓が全オープンだよな」
見上げると、どうにか枝から開いた窓に飛び移れそうである。
レオは、息を殺して窓の外から人影のチェックをする。
「よし、誰もいねぇ」
先を登るレオのゴーサインが出た。
「よっしゃ」
音も無く、軽やかにするっと窓から屋敷の中へ入っていくレオに、ラミロもすぐさま続こうとするが……。
「ちょい待て! 誰か来る!」
というレオの静止に、ラミロは咄嗟に木の上でつんのめりながら止まった。
「おい、レオ! 」
声を落とし、ラミロは先に窓の中へ侵入を果たしたレオを呼んだ。
「ここにいると廊下の向こうから来る奴らと鉢合わせしちまう。ここで一旦別行動だ。合流は地下でな」
囁くようにそう言って、レオが屋敷の中に消えたのを見送り、ラミロは小さく頷いた。
と、直に研究所の廊下の向こうから、誰かの声が徐々に近付いてくる。
ラミロは、木の陰にそっと身を隠し、その人物達が行き過ぎるのを静かに待った。
「さっきの騒ぎ、どうも達の悪い子どもの悪戯だったらしいぞ」
「別の奴から聞いたけれど、子どもの悪戯にしちゃよく煙が上がってたって。なんでも、煙玉みたいなものも転がってたって言うしなあ」
「さあな。俺は直接見てないからな」
「俺もだ」
守衛の男達は、木の枝で息を潜めているラミロに全く気付くことなく、その場を通り過ぎて行った。
レオもうまくどこかへ身を隠したようだ。
「……危ね。研究所内はさっきの騒ぎもあんまり関係なかったみたいだな……」
ラミロは、近くに人がいないことを確認する為、もう一度きょろきょろと辺りを確認する。
大丈夫だと確信してから、木の枝から窓へ飛び移った。
誰かに気付かれる前に、一刻も早くギー・ベル博士の元へ辿り着く必要があったのだ。
ギー・ベル博士の研究室は、研究所の地下二階にあり、そこでは博士が何人もの研究員と共に浮遊石の研究を進めていた。
浮遊石は、地上の九、九割を海に覆われたスカイ・グラウンドでは無くてはならない重要な人工資源である。
だが、この浮遊石にはいまだ、いくつかの謎と大きな課題が残されおり、日々その研究と技術の進歩が必要とされていた。
ギー・ベル博士は、そんな浮遊石の大きな課題の一つ、劣化による浮遊力低下現象を緩和する方法を発見した有名な研究者であった。
「あんたがギー・ベルとかいう博士か?」
個室に篭り、顕微鏡を夢中で覗き込む男の背後から、レオがいきなり質問を投げかけた。
「わわわっ! き、君! 一体どこから入った!?」
「いや、入り口から入ったが」
書類に埋もれている棚に腰掛けたまま、レオは個室のドアを指差す。
「な、なんの用だね!? というか、君は何者??」
大きな黒縁の眼鏡がずるっと鼻から滑り落ちた。
その姿は、息子フラン・ベルとそっくりである。
「悪ぃな、研究の邪魔しちまって。ちょっと聞きたいことがあってな」
レオは転がっているフラスコを起こし、その底でカピカピに固まっている謎の灰色の粉を眺める。
だらしのない肌蹴た黒シャツを腕まで捲し上げて、無遠慮な態度で研究所の物に触れるその青年に、博士は少し眉を顰めてこう返した。
「一体何を聞きたいのかね……??」
「アンタ、最近あるものを見つけなかったか?」
「あるもの……?」
ギー・ベル博士は不審な目で、まだ二十五歳前後であろうこの柄の悪い青年を見つめる。
博士は、レオをそこらの不良か何かだと考えていた。
「ああ。ちょっくら小耳に挟んだもんでよ。アンタが浮遊石の調査の時に、例の物を見つけたっつう話をよ」
「だ、誰にそれを聞いた……??」
それを聞いた途端、明らかに顔色を変えた博士は、ガタンと勢いよく椅子から立ち上がった。
「そのことは、極秘事項だと政府と約束した。一体誰からそんなことを……!」
ただの不良ではないと分かり、博士はすっかり顔色を失って、レオを見つめている。
「……まあ、聞いたいうより、盗聴したっつぅ方が適切か?」
ぽりぽりと鼻頭を?きながら、レオは研究室を見回した。
飾り気の無い小さな部屋。
部屋のあちこちに書類が散らばり、フラスコや試験管も乱雑に転がっている。
研究員は今はいない。
侵入と同時に、レオが手際良く首の後ろに手刀をお見舞いし、眠っていてもらっているからだ。
デスク脇に、小さな写真立てが置いてあり、そこには博士と瓜二つな顔をした少年と博士自身が肩を組み写っている。
「盗聴……!? 君は一体何者なんだ?? そういえば、ここへもそう簡単には入れなかった筈だ」
いつもは一緒にいる研究員の姿が見当たらないことに、博士は慌てる。
「俺か? 俺はレオだ。アンタも知ってるか? 空賊船ビアンカ号って最高の飛行船をよ」
ガタタと音を鳴らし、ギー・ベル博士が椅子を床に倒した。
そして青くなり、後ろ手に外部との連絡用受話器を探す。
「待った。安心しな、別にアンタに何かしようってんじゃねぇ。ただ、ちょいと話を聞きたかっただけだ」
レオは、受話器を取った博士の腕を掴んだ。
「や、やめてくれ。わたしには、まだ十三歳の息子がいる。浮遊石の研究も今一番肝心な時なんだ」
ガタガタと震え、博士はレオに掴まれた手を怯えながら見つめる。
「なんもしねぇって……。呆れたオッサンだな、アンタ」
溜め息をついたとき、個室のドアからラミロが現れた。
「船長、お待たせ」
「遅ぇよ」
博士の手を掴むレオの姿を目にし、ラミロが叫ぶ。
「って、船長、何やってんだよ! そのお人は、世界のギー・ベル博士様だぞ!?」
「……ラミロ、お前ちょっと黙ってろ」
博士の手を解放し、レオは不機嫌に博士を睨んだ。
鋭い鷹のような目だ。
「アンタ、何を見つけた?」
レオのその目を見て震え上がり、博士はごくりと生唾を飲み込む。
「日誌か何かを見つけた筈だ。だよな?」
こくこくと博士が頷く。
「その日誌っては、一体なんなんだ。ヘルシオン国王が秘密裡に何をこそこそ探し回ってる」
博士は、今度はふるふると首を横に振った。
政府から誰にも話すなと口止めをされているせいである。
「話せ。そしたら、このまま大人しくここから出てってやるからよ」
それでも、博士は首を横に振り続ける。
「ちっ」
舌打ちし、レオがラミロに視線をやった。
そしてラミロが頷く。
「写真のガキ、アンタの息子か?」
はっとして博士は写真立てを振り返った。
息子のフラン・ベルの姿が目に映る。
今年の春に念願のヘルシオン操縦士学校に無事合格し、入学を果たしたばかりである。
息子はパイロットではなく、航空機関連の開発に携わりたいと、博士によく話していた。
「聞いた話じゃ、ギー・ベル博士の息子さんは、王立ヘルシオン操縦士学校に行ってるとか?」
ラミロは写真立てを手に取ると、じっと博士の息子の顔を眺めた。
「親が口を割らねぇんだ、仕方ねえ、息子にでも直接聞くか」
レオは肩を竦め、そう付け足すのだった。
すると、真っ青になって博士が叫んだ。
「む、息子は何も知らん!! やめてくれ!!」
そんな風に慌てる博士に、レオは更に追い打ちをかける。
「アンタが教えてくんねぇなら、息子に聞くしかねぇだろが」
とうとうがっくりと項垂れた博士は、
「わ、わかった……。話す! だから、息子にはどうか近付かないでくれ……! あの子は、とても繊細な子なんだ……」
と、観念したようにそう言ったのだった。
それを聞いたレオとラミロは、しめた! とばかりに、にやりと口元を緩める。
「数ヶ月前のことだ……。
あの日、わたしは浮遊石の調査で海上へと下りていた。あの辺りは、僅かに地表が残る貴重な場所で、あまり知られていない小さな海岸がある。そこで、古びた一機のモーターバードを発見した。
見たところ、何年も昔に故障で不時着したもののようだった……」
博士は、レオとラミロを見つめ、話を続けた。
「モーターバードには勿論人影は無く、半分は砂に埋もれ、雨風、潮にさらされたせいで錆びつきと劣化が激しかった。わたしは砂を掘り起こし、操縦席で砂に埋まる何かを探り当てた。
掘り出してもると、薄汚れてぼろぼろになった日誌のようだった……。中身を見て、わたしは絶句したよ。持ち主の名前に “オリビア” と書かれていたのだからね」
レオはじっと目を細めた。
「オリビア……。確か、数十年前に失踪した謎の多い冒険家だよな?」
博士がこくりと頷く。
「その通りだ。モーターバードレース界で活躍した謎多き冒険家 “オリビア” の話は、今でも有名な話だ。まさか、その人物の日誌がそんなところから見つかるとはわたしも思ってもみなかった」
腕組みし、レオが口を開いた。
「その墜落したモーターバードってのが、オリビアの所有物だった可能性が高いっつうことだな」
「だとしたら、そのときに、オリビアがそこで亡くなった可能性は?」
ラミロの問いかけに、博士は首を横に振る。
「それは分からない。ただ、近くに彼の衣服や遺骨らしきものは一切見当たらなかった」
これで、オリビアの失踪に糸口ができた訳だ。
だが、彼の生死については未だ謎が残る。
「で、まだ続きがあんだろ? 博士」
戸惑いがちに頷き、ギー・ベル博士は二人の顔を見つめる。
「わたしは日誌に目を通した。何か、行方のわからないままの彼について、情報が得られるかもしれないと思ったんだ」
「何が書いてあった」
一息つくと、ギー・ベル博士は重々しくこう言った。
「 “神の翼は確かに存在した” と」
それを耳にした途端、ラミロの青い目が輝く。
「聞いたことあるぞ、それ!」
「幻の秘宝か……。 なるほど、ヘルシオン国王が手に入れたがる訳だ。で、その ”ゴッド・ウィング” の情報とやらは?」
美味しい情報を手にしたことで、レオは腕組みしたまま、口を引き上げた。
「オリビアの日誌に挟まっていた地図には、レーラズ海上空に×印がつけられていたよ」
博士は洗いざらい二人に話して、早く引き上げてもらいたい一心でそう答える。
「ははん。ヘルシオンの軍用船があの辺り上空をうろついてんのは、それが目当てって訳だな」
同意を示し、ラミロも小さく頷いた。
「その ”ゴッド・ウィング” ってのは、一体何なんだ?」
謎の失踪をした冒険家オリビアは、人生をかけて全世界を翔け回り、”ゴッド・ウィング” を探し旅を続けていたという。
しかし、実際にその秘宝を見たものはこの世界に誰一人存在しない。
ただ一人、オリビア本人を除いては。
「わたしにもわからない……。けれど、こんな模様が日誌に描きこ込まれていた」
博士は、机に転がっていたペンを手にとり、散らばっていた書類の裏に何かを描き始めるのだった。
「…………」
「なんだ、これ」
一人はじっとそれに目を落とすと、小首を傾げる。
描かれたそれは、象形文字のような絵だ。
四枚の翼を広げた鳥の模様が描かれている。
「考古学はわたしの専門ではないから、よくはわからない。しかし、学校生時代の友人に、これを専門とする者がいてね。以前その友人が読んでいた古文書で、これとよく似た絵を見た覚えがある」
レオはもたれ掛かっていた壁から離れると、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
「そうかよ。邪魔したな、博士」
「って、もう行くのかよ!」
ギー・ベル博士は呆気にとられたように、レオを見る。
まさか、本当に何も危害を加えずに去っていくなどと思ってもみなかったのだ。
ましてや、あの悪名高いことで有名な、黒い悪魔がである。
「あ、因みに、そのオリビアの日誌っつうのは、今誰が持ってる?」
部屋を出る間際、レオが博士を振り返った。
「日誌は国王陛下がお持ちだ。わたしが日誌を見つけてすぐに政府に連絡をとったら、あっという間に持って行かれてしまったよ」
くっと喉の奥で笑いを噛み締めると、レオは研究室を後にしたのだった。