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第十三話 ゾイからの提案

「ハル、君ってどうしてそんな楽天的でいられるの??」


「そう? フランはちょっと心配性すぎやしない?」


二人は、操縦士学校の食堂で昼食を食べながら午前中の出来事について話していた。


この日、ハイネン教授の出した課題の締切日で、二人は昨晩見事空を飛んだ七〇五型を、午前中に無事教授に提出することができたのだ。


同じ初級クラスの生徒達の中には、未だ仕上がっておらず、地下室で半泣きになりながら作業を続けている者もいた。


または午前中に提出したものの、どう頑張ったところでエンジンのかからないモーターバードを懸命に動かそうとしていた生徒達もいた。


後は、同じ型のモーターバードを新品で購入して、修理したんだと言い張る生徒達もいた。


そのどのチームも、ハイネン教授に不合格の印を押されていたが……。


「だって、そりゃあ心配だよ。前日まで調子が良くったって、当日に突然壊れることだってよくあることなんだから」


フランは、ほっとした顔でフライドポテトに手を伸ばす。


結局、合格を貰ったのはハルとフランのチームと、あともう一つのチームのみ。


まだ未提出のチームは締切りである夕暮れまでに地下室で格闘しなければならない訳だ。


「でも、ちゃんと飛んだでしょ?」


「まあ、そうなんだけど……」


ケロッとした顔で、お気に入りのカツサンドを頬張るハルに、フランは思わず苦笑を洩らした。




このところ、フランはハルは不屈の精神の持ち主なんじゃないかと思い始めていた。


何より、そんなハルが少し羨ましかったりするのだ。


そして、会話の得意じゃないフランだったが、どういう訳かハルにだけは本来の自分を出すことができた。


あがり症で気弱な性格だが、その反面生真面目で努力家な彼を、ハル自身もとても信頼していた。



「今日はうまくいったみたいだな」


また突然にゾイは二人の前に現れた。


「やあ! うん、大成功だったよ、君に助けてもらったおかげだ」


実際のところ、ゾイの父親から分けてもらった部品が、今回の課題で大いに役立っていたのだ。


「いや。僕も傍から存分に楽しませて貰ったからな」


いつもは固い畏まった表情のゾイだが、ぷっと口元を吹き出させる。


どうやらこの二人の前では、歳相応の少年らしい表情を浮かべるらしい。


「ぼくら、何か面白いことしたっけ?」


さあ、と肩を竦めるフラン。


「僕にとっては、君達の行動全てが興味深い。そう、例えば……。

七〇五型のような古い型のモーターバードをわざわざ課題に選んだり」


フランが慌ててそれを否定する。


「ゾイ・ボルマン先輩、それはハルが勝手に……」


「それだけじゃないぞ? ハルは設計図を無視して感覚でどんどん修理を進めていくし、フラン、君は持ち得る知識をフルに活用して、あの古めかしいだけのモーターバードに、さり気なく新しい物を組み込んだりもしていた。」


ゾイは本当によく二人を観察していた。


暇があれば、二人の借りている修理ラボに立ち寄り、課題の進み具合をさり気なくチェックしていたのだ。


「いつの間にそんなことまで見てたの?」


くすっと笑ったゾイに、ハルが不思議そうな顔で訊ねた。


「観察眼は鋭い方だと思うよ。これでも僕は上級クラスの首席だからね」


得意気にそう言ったゾイに感動して、フランが顔を赤くした途端、鼻からズルッといつものごとく眼鏡がずり下がった。


ごほんと咳払いをして、ゾイが表情を戻した。


「……なんていうのは冗談だよ。今の僕は自分が特別な存在だなんてこれっぽっちも思っていないからね。まだまだ勉強不足、未熟な身だよ」


そう言って肩を竦めると、ゾイは表情を僅かに崩した。


「っと、ここからは課題のことから話が逸れるんだが……。僕の父に君達のことを話したら、ぜひ今度君達に会いたいと話していたよ。今度一度僕の実家に招待しても構わないか?」


これは、二人にとって驚くべき内容だった。


まさか、ヘルシオン王国の空軍大将を務めるゾイの父親が、そんな風に思ってくれるとは考えてもみなかった。


「ゾイのお父さんがぼくらに??」


「信じられない……」


ハルとフランは顔を見合わせる。


「何もそんなにびっくりすることはないだろう? フランはあのギー・ベル博士の息子で、父もギー・ベル博士には世話になってる。それに、ハル。君の才能は計り知れない……。父が会いたがるのに何ら不自然な点なんて見当たらないだろう?」


そうは言われてもハルにとっては、そんなゾイの言葉はピンとこないものだった。


フランは父親同士が顔見知りだということがあるからまだ理解できる。


しかし、ハルは庶民出で最近編入学してきたばかりの、無知で未熟なただの子どもだ。


「そりゃ、ゾイのお父さんにそう言って貰えるのはありがたいしさ、何より、今度の課題では、無理言ってたくさん部品を分けてもらった恩もあるし、僕たって直接会ってお礼も言いたいから」


そう言ったハルに賛成するように、フランもブンブンと首を縦に振った。


「よし、じゃあ決まりだな。次の航空学校対抗レースが終わったら、すぐにでも君達を実家に招待するよ」


とゾイは二人の肩にポンと手を置いた。



「航空学校対抗レース?」



聞きなれない言葉を耳にして、思わず復唱してしまったハルに、


「まさか、知らないのか?」


と、目を丸くしてハルを見下ろした。


「ハル、知らないの?? 毎年航空学校対抗のモーターバードレースがイリオン島で開催されてること……」


それには、隣のフランもびっくり仰天。


ずり下がった眼鏡のレンズから、ハルをまじまじと見つめる。


「へえ、知らなかった。そんなレースがあるんだね」


にこにこと笑いながら、まるで他人事のようにそう言ったハルを、ゾイは信じられない、といった表情で見つめた。


「まるで他人事だな。勿論君も出るだろう? ハル」


真剣な眼差しのゾイ。


ギョッとしてフランはゾイを振り返った。が、そこにはジョークを飛ばしているような雰囲気は一切感じられず、彼がそれを本気で言っているのだということを察したのだった。


「で、でも、ゾイ・ボルマン先輩。毎年代表は上級クラスの生徒で編成されてますよね……? ハルはまだ編入してきたばかりだし、初級クラスですよ??」


あわあわとうろたえるフランに、ゾイは言った。


「立候補の条件には、特に規定は無い。初級クラスでも実力があれば参加はできる」


主席であり天才と呼ばれるゾイが、まだ入ってきたばかりのハルに対して、まるで同等な立場にでもいるかのような物言いをしていることに、フランは驚きを隠せなかった。


ハルはしばらく黙ったまま、じっと彼の目を見つめている。


「そ、それはそうかもしれないですけど、参加するには、選抜レースで勝ち抜かないと……」


ハルが万が一選抜レースに出てみると言い出して、恥をかくようなことにならないかと危惧し、フランは恐縮しながらもなんとかその言葉を紡ぎ出した。


フランは、スッピッツバード世界大会でのハルの活躍を未だ知らない。


「フラン、心配無い。ハルは十分にそれだけの実力を持っている。たまたま今まで学校という場所に行くきっかけが無かっただけだ」


フランの言ったことに気を悪くした様子もなく、ゾイは静かにそう話した。



「どうだ、ハル。そのレースの代表に立候補してみないか?」


熱意の篭ったゾイの問いかけに、フランは密かにドキドキと緊張を覚えるのだった。


ハルは一体何と答えるつもりなのか……と。


フランは、心配そうにハルを見つめる。


当の本人は、カツサンドを一旦皿の上に置き、僅かに微笑む。



「すごく楽しそうだね」



「ハル……!!??」


フランは、ハルから肯定的な答えが返ってくるとは考えていなかった為、ずり下がった眼鏡のまま、ハルの顔を覗き込んだ。



「あー、でもぼく、まだ全然勉強不足だしなあ……」


と言って、少し首を捻って何やら考え込むハルに、


「そ、そうだよね……!」


と、どこかしら安心した声で同調してしまう。本当のところ、ハルが選抜レースに出て辛い思いをして欲しくないのがフランの本音だった。


そんなフランの気持ちを余所に、ゾイはとんでもないことを口にしたのだった。



「ハル、立候補しろ。でなきゃ、僕も立候補しない」



これにはフランも喫驚して、口をあんぐり。



「は、はひ!!?? ゾイ・ボルマン先輩が出なかったら、優勝候補のうちのが学校はどうなるんです……!?」


愛校心溢れるフランの問いにも、ゾイは意外にもあっさりと、


「ハルが出ないレースになど、出る意味が無い」


と言い切ってしまうのだった。



「ど、どうしてそうなるんです!?」


あわあわし通しのフランはとうとう頭を抱えて唸り始めた。


三歳年下の、しかも初級クラスの庶民出の少年に、主席であり天才と謳われるゾイ・ボルマンが言うセリフとは到底思えない。



ハルは困った顔でゾイを上げた。


「ゾイってば、たまに強引だよね……。わかった、君がそこまで言うなら立候補するよ」


「君ならそう言ってくれると思っていた」


満足気に腰に手を当て、ゾイが笑みを浮かべる。


フランは、一瞬眩暈を起こしそうになった。これは、どうやら昨晩の徹夜の実験によるせいではないらしい。


「選抜レースは来週だ。代表枠は三人。ちなみに立候補者数は毎年四十人から五十人前後。来週までにモーターバードの整備と、コースの確認はしておくといい」


ゾイは入学当初から、既に三回の選抜経験を持っている。今年選抜されれば、四年連続ということになる。


そして、卒業を控えたゾイにとってはこれが最後のレースとなる。



「ほ、本当に出る気??」


心配そうなフランに、ハルはにっこりと笑顔を向けた。


「うん。ゾイがその気だし、ちょっと面白そうだし?」


このレース参加することが、実は物凄いことだということを、ハル自身全く知らない。


つまりこのレースは、この学校に通う生徒達の両親、即ち政治家や資産家等の上流階級に位置する大人達が大勢観戦に訪れるのだということを。


即ち、将来出世を夢見る学校生達が、このレースに出てそうした大人達の目留まろうろうと躍起になるという訳だ。



「ハル。必ず選抜メンバーに入れ。航空学校対抗レースでは、他の学校に絶対に負ける訳にはいかないんだ。頼むぞ」



ゾイの中に、只ならぬ強い想いが燻る。


彼には、絶対に負けられない大きな理由があるのだった。






ハル達がそんなやり取りをしている頃、少しソウシン国が不穏な動きを見せていた。


それも、ごく秘密裏に……。




このソウシン国とは、このスカイ・グラウンドで最も攻撃的で、好戦的な国。


その国王に君臨するヨウ・メイは、病死した前国王に代わり、1年前に即位したばかりであった。


しかし、そんな彼は同時に隙あらばこの世界全てを我物にしようと企む、危険な思想を持ち合わせていた。


自分が欲しい物を手に入れる為には、時にどんな犠牲をも厭わない。そんな考えのこの国王を、人々は冷酷な皇帝であると噂していた。



「ヘルシオンの妙な動きについて、何か掴めたのか」


ヨウ・メイ国王は、腰まである長く黒い髪を、侍女に丁寧に編みこませている間冷たい表情で鏡を見つめながら臣下であるチャン・ルイに訊ねた。


身につけている金生地の旗袍には、真っ赤な炎の鳥の鮮やかな刺繍が施されている。


これは、ソウシン国の象徴、火鳥(ファイアーバードだ。


「ハイ……。一つ有力な情報を手に入れましタ」


「申してみよ」


鏡越しにチャン・ルイに冷ややかな目をやる。



「ヘルシオン国王は、今から数ヶ月前に、とある冒険家の日誌を手に入れたとのコト。更に、その中に “神のゴッド・ウィング” についての記述があるそうデス……」


「”ゴッド・ウィング”だと?」


膝をついたままのチャン・ルイに、ヨウ・メイ国王はもう一度訊ね返した。


 ”神のゴッド・ウィング


それは、かつてこの世界が海に埋め尽くされる以前、海の上にいくつもの大陸が存在していた頃。その頃から伝わる古い伝承の中の秘宝であった。


そんな幻の秘宝の話に、このヨウ・メイ国王が興味を示さない訳がない。



「ハイ……。 その冒険家が日誌の中でゴッド・ウィングをについて、こう記していたそうデス。 ”ゴッド・ウィング” は確かにこの世界に存在した。と」


国王は、侍女の手により美しく編みこまれた髪を手鏡で確認すると、片手を振って侍女を下がらせる。



「その冒険家とは、一体何者だ」


初めて鏡越しではなく、直接目を向けた国王に、チャン・ルイは周囲を気にした様子で声を落として話し始めた。


「オリビアという名の冒険家で、今から約三十年前に風のようにモーターバードのレース界に現れた謎多き男デス。レースには冒険費を稼ぐ為だけに参加したと言われていましたが、その操縦技術は今では伝説と化していマス。数年程レースで活躍しましたガ、その後は誰も彼の行方を知りません。名前以外の一切の情報は無く、長い間、彼が “ゴッド・ウィング” を探していたという、不確かな情報だけが行き交っていマシタ」


手鏡を美しい装飾の施された机の上に伏せると、


「なるほど。それで、今になって、その男の残した日誌とやらが見つかったというのだな?」


くくくっと喉を鳴らし国王は不敵な笑みを溢した。


「仰る通りデス、陛下」


チャン・ルイは、袖口を体の前で合わせ、国王に向かって拝礼をする。



「ヘルシオン国王は、それを手に入れようと必死のようだな。余がその “ゴッド・ウィング” とやらを先に手に入れれば、面白いことになりそうだ」


新しい遊びを見つけたソウシン国の国王は、チャン・ルイに新たな命令を下すのであった。

 

「 ”ゴッド・ウィング” をヘルシオン国王より先に手に入れるのだ。その世界の秘宝を余の元へ持って来い」



「御意」


深々とお辞儀をすると、チャン・ルイはすぐさま新たに与えられた使命を全うする為に、静かに立ち上がった。




「まこと、横取りされたときの奴の顔が見物だ……」


国王は、口元に意地の悪い笑みを浮かべ、呟くようにそう言ったのだった。



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