第十二話 夜更けの試乗
ハイネン教授の課題の締め切りが明日に迫った日の夜更け、ハルとフランは、最終チェックの為、実際に修理を終えた七〇五型を地下の大部屋から外まで引っ張り出し、試乗する準備をしていた。
かなり年季の入った初期のモーターバードということもあり、必要な部品を全て揃えるのにはかなり苦労した。
が、なんとかこうして原型を取り戻した七〇五型。
見た目は、本当に鳥とはかけ離れた鉄の塊のような、ごつくて重そうな乗り物と言った感じだ。
翼は現在使用されているモーターバードのようにより鳥に近付いた軽く、接続部を自由に角度調節できるような造りではなく、かっちりと固定されたものである。
しかも、全体の大きさの割に操縦席はとても狭く、簡素なものだ。
ボディーの色は黄土色で、ところどころ錆びも出ていた。
「なんとかここまで形になったけれど、ちゃんと飛ぶのかなあ……」
フランは不安そうな声を出した。
「大丈夫だよ、きっと! もともと弱っていた部分はちゃんと補強してあるし、ゾイにもたくさんいい部品を分けてもらったし」
ハルは、すっかり愛着の湧いた復活したてのモーターバートを優しく撫でる。
「そ、そうだよね……。け、けど、君が操縦中に調子が悪くなって落ちたら??? エンジンが停まったら……?」
心配そうなフランを余所に、ハルは愛用の皮のグローブと大きすぎるゴーグルを嵌め、躊躇することなく操縦席に飛び乗る。
けれど、乗り慣れている新しい型のモーターバードよりも幅が狭く、腕を動かすのがやっとの操縦席。
簡素な操縦レバーは二本では無く一本のみ。
余計なスイッチやボタンも一切ついていない。フットペダルもたったの三段階。
「何度もエンジンのチェックはしたじゃないか、きっと大丈夫だよ」
「そうかな?? なんだか、僕怖いよ……。こんな玩具みたいな機体で、本当にちゃんと飛ぶのかどうか……」
ハルはエンジンをかけた。
『ブスブス』と掠れたエンジン音が鳴り響く。
「玩具じゃないよ、列記としたモーターバードだ」
古型のエンジンの為、エンジンの回転が軌道に乗るまで、ボディー横に設置した補助バーを手動で連続して巻き続けなければならない。
ハルは思い切り補助バーを回転させ始める。
しばらくその作業が続くと、徐々にハルの額に汗が滲み始めた。
すると、翼が僅かにパサパサとはためき始めた。
「頑張って……!」
フランの応援に応えるように、だんだんそのはためきが速さを増す。
『ブオオオオオオオオオオオオオオ』
急激に大きな音を立て、エンジンが回転を始めた。
「やった!!」
完全にエンジンのかかったところで、ハルは歓声を上げながらレバーをゆっくりと前に倒した。
「う、動いた」
フランは不安そうな表情を浮かべて、ハルの試乗する七〇五型を見つめる。
大きなエンジン音とともに少しずつ離陸用のタイヤが回転し、試乗用の広い広場を滑走し始める。
七〇五型は、現代のモーターバードと同じように、翼を固定されている為に鳥のようにはためかせることができない。
よって、滑走しなければ離陸できないのだ。
滑走により僅かに宙に浮かび上がった七〇五型は、そのままゆっくりと空へと舞い上がった。
「フラン!! 大成功だ!!」
ゆっくりと星空の下を飛ぶ二人のモーターバード。
スピードはこれが最大だ。
「ひゃっほう~~~~!! やった、やったぞ!!」
フランが飛び跳ねて喜ぶ。
それを空から眺めながら、ハルも精一杯狭い操縦席で万歳を繰り返していた。
「……何なの、あれ。まるでブリキの玩具じゃん……」
寮部屋からハルとフランを見つめるこの少年の名前はラビ・エフェクト。
現在ハルよりも二つ年上の少年で、ハル達初級クラスよりも上の、中級クラスで学ぶ生徒の一人である。
「超ダッサイ……。なんであんな貧乏臭いのが、うちの学校に編入なんかしてくんだよ……。格を下げてるとしか思えないよね」
ここのところ、国王の推薦でこの学校に編入してきた庶民出のハルが、ラビは不愉快で仕方が無かった。
(この学校に入る為に、僕の両親がどれだけお金をつぎ込んできたのか、僕がどれだけ努力を重ねてきたか……)
代々操縦士をする家系に生まれたラビ。
そのせいで生まれた時からラビの将来は既に決めらていて、物心ついたときからずっと、血が滲むまでペンを握らされてきた。
そう、操縦士の両親の期待を一身に背負って。
それから、モーターバードの操縦だって毎日嫌という程練習をさせられてきた。
操縦が楽しいと思ったことはほとんど無い。
ただ、これが自分の使命だからと、自身を納得させる為だけにひたすらここまでやってきたのだ。
(なのに……、なんの苦労も知らないあんな庶民が……! たまたま運がいいだけで僕の今までの苦労をいとも簡単に追い抜いてしまうなんて、絶対に許せない……!)
誰にも気付かれないまま、ラビはバタンと窓を閉めた。
悔しげにぎゅっと唇を噛み締め、もう一度窓の外に視線をやる。
「なんであいつは……!」
ラビの苛立ちの大きな原因は、実はもう一つあった。
入学してから、ずっと目標にしてきたゾイ・ボルマンの存在である。
どんなに頑張ったところで、天才ゾイ・ボルマンには到底手が届く筈も無く、彼と肩を並べることなどできはしない。
そして今まで一度も彼はラビに見向きもしなかった。
「ゾイ・ボルマンは、なんであいつなんかに執着するんだ……!」
今まで決して肩を並べることのできなかったゾイ・ボルマンが、突如現れたハル・シュトーレンという無名、無功績な庶民出の少年にに大きな期待と関心を寄せているのは、誰の目にも明らかだ。
ラビはじっと目を細め、ハルの乗る七〇五型を強く睨みつけるのだった。