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シフト -真理を映す目-  作者: らきむぼん(raki)
解答編
8/12

EPISODEⅥ - Sacred book


 リワインド症候群の蔓延から、まもなく二年が経とうとしていた。

 I書店出版社に勤める編集人、田中涼子はリワインド症候群と深く関わりのある場所に来ていた。

 精神科医の桐崎義光が最初に診察したリワインド症候群発症者の高校生が住んでいた住宅団地だ。

 彼女がそこを訪れたのは、取材の為だった。

 三年近く前、田中はある人物に書籍の執筆依頼をした。今では個人的に親交もある、生物学の権威、渡部秀真だ。リワインド症候群の終息に関わった人物としても有名である。

 もちろんその頃はまだリワインド症候群は身を潜めていて、出版予定の書籍の内容もそれとは関係ないものだった。しかし今回、世界中の人に「あの惨劇」の真実を知ってもらう必要があるという、渡部の意向によって、書籍の内容はリワインド症候群についてのものに変更された。

 そして、その書籍の編集と取材を担当しているのが田中である。彼女は日頃、編集を生業としているのであって、取材や執筆は彼女の仕事の範疇ではないのだが、奇しくも変人であると言われる渡部と長期に渡ってコミュニケーションを取れる人員は田中しかおらず、彼女が執筆に必要な情報の収集と伝達をすることとなった。

 しかし、実際はそれだけではない。渡部は取材をした者と編集人、そして執筆者が同一人物であるのが一番だと言った。小さな情報の誤解が、出版される書籍を読んだ人に思わぬ影響を及ぼす可能性があるそうだ。……つまり、渡部はその本にそれだけのメッセージを込めるつもりなのだ。「この本は現代の聖書になる」、渡部は田中にそう話した。誤った情報の伝達を防ぐため、渡部は田中を選んだ。彼女はそれだけ信頼されていたのだ。

 そもそも、渡部秀真が直接取材できなかったのには理由があった。

 彼は現在、キリスト教カトリック教会の総本山であるヴァチカンに出向いているのだ。カトリック教会では、秘密会議が開かれ、その会議は既に開会から二十日が経過している。

 意外にも、リワインド症候群が最も大きな影響を及ぼしたのはキリスト教の宗教観へのものだった。正確にはリワインド症候群とリバイバル現象の影響である。旧約聖書を聖典とする宗教は皆、何らかの影響を受けたといえるだろう。

 世界中の宗教観が今、大きく変わり始めていた。

 リワインド症候群とリバイバル現象の関連性はもはや「事実」に昇華しょうかしていた。それが真実であるか否かは定かではない。しかし人々の中では、それは「真実」として確立していた。

 各メディアは、連日その「噂」を人々に伝え続けた。

 リワインド症候群とリバイバル現象は繋がっているという「噂」を。

 リワインド症候群の蔓延で人間は多大なダメージを受け、同時に人類によって死に追いやられた動物たちがリバイバル現象で再興した。そして、犠牲になった人類と再興した動物の予想総数はほぼ一致した。

 それは、まるで人類が死という天罰を受け、その命が転生して動物たちが復活したかのような、そんな構図を世界に発信していた。

 キリスト教などの一神教の聖典の一つ、旧約聖書には人間と動物の上下関係がはっきりと記されている。神は己の姿を模して人を造った。そして、その人間に地上の動物を支配する権利を与えた。殖え、栄え、海の魚、空の鳥、地上の生物をすべて支配せよと言った。

 旧約聖書創世記に記されたその記述は、人類繁栄の全てだった。

 しかし、絶対の真理だった聖書は、その正当性が疑われ始めている。人類が地球の絶対の支配者であった時代は音を立てて崩れ落ち、動物たちの持つ生きる権利が重視され始めた。

 動物たちを軽んじ、滅亡に追いやった人類がさも罰のような仕打ちを受ける。それは、聖書の、神の、そしてキリスト教の「権威」を地に落とす出来事だった。

 それは、ある意味では、当然のことなのかもしれない。そう思う人々は増えてきている。本来、「権威」などを持ってはいけないのが、聖書に記された理念だからだ。「綺麗事」と呼ばれた理念が、正しく実現したとさえ言う者もいる。

 人類が死に、代わりに動物が蘇ったという考え方が、世界中に広まった今、旧約聖書を聖典とする宗教は信頼を失いつつある。

 代わって台頭したのが仏教だ。人も動物も、等しい命を持っているという考え方は、三大宗教の中で、仏教の信頼を強めた。

 そんな宗教観の変遷が、カトリック教会に焦燥感を与えている。

 渡部秀真は、リワインド症候群の残した謎の解明には、リバイバル現象の調査も必要だと考えた。そしていち早く、二つの現象の関連性を調べ始めていた。

 世界の宗教の行く末を左右するのは、渡部の発する情報なのだ。最も真実に近いのは、実質渡部ただ一人であって、彼がカトリック教会の秘密会議において、キリスト教の未来についてどんな意見を呈示するかが、世界の信じる道を決める。

 故に帰国後、彼の書く新たな『聖書』は、編集人である田中涼子にとっても興味深いものなのだった。

 田中はその手助けをすべく、事件の起源を探ろうとしていた。


ここからは、EPISODEⅣ - Biologyで登場した田中涼子の視点で物語は進みます。

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