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シフト -真理を映す目-  作者: らきむぼん(raki)
問題編
6/12

EPISODEⅤ - Revolution

 研究室には深刻な表情をした二人の人物が、蛍光灯の明かりを照り返す黒いテーブルを挟んで向かい合っていた。

「今から話すことは、親友として頼みたいから話すことだ。決して科学者としてのお前に事件解明の依頼をしている訳ではない。俺は医者として、この症状から人々を守りたいだけなんだ。だが、無理なら断ってくれ。結果として、重い責任を負ってもおかしくないことだ」

 精神科医、中森弘明は粛々と語った。

 それを聞き生物学者、渡部秀真は黙り込んだ。しかし数秒の後、渡部は口角を上げもう耐えられないという様な表情で笑い出した。

「ははははははははっははっはははははっはははははは!!!!」

「て、てめえ!! 何が可笑しいんだ! こっちは真剣に……!!」

「何だ? 改まりやがって。大学時代から俺らは馬鹿なことから本気マジなことまで、協力してきただろーが。俺の性格を知ってんだろ。人類の岐路だって? そんな話を聞いたら協力しない訳にはいかんだろ。俺は暇だと死ぬんだ。良い話持って来てくれたじゃねーか、中森!」

「お前、馬鹿か! お前はこの事件を分かっちゃいないんだ! 今回はそんなゲームみたいな話じゃねえんだぞ!」

 中森は研究室の外にも響くような声で怒鳴った。それを受けた渡部は急に真剣な顔をして言う。

「分かってないのはてめえだ、中森。俺はゲームにもお遊びにも本気を出す。お前が俺に相談するくらいだ。とんでもない事件だってのは分かってる 。お前の相談に応えるのに手は抜かん」

「…………」

 中森はただ沈黙した。渡部という男がここまで気張ることが滅多に無いということを中森は知っていた。

「中森、話せよ。今、S大付属病院で何が起きている?」

「S大付属病院だけじゃない。実際は全国……いや、先進国全域で、既に数え切れないほどの人々が発症しているだろう。このまま手を打たなければ、人類は滅びる」

「何だと……? 妙な冗談はよせ。さすがに人類が滅びるなんてことは……」

「本当の話だ。今のペースだと五年はかからない。それだけの感染力と死亡率なんだ」

 中森は震える手を押さえつけるように両手の指を組ませた。

「死亡率のパーセンテージは? それに感染経路」

「現在のところ死亡率は百パーセントだ。感染経路に関しては後で話す。その前に、これを見てくれ」

 中森は胸ポケットから折り畳まれた数枚のプリントを取り出し、渡部に手渡した。

「これは?」

「俺の知り合いに桐崎という同業者がいる。この事件に気付いた最初の人物だ。彼はこの事件の概要をメールで送ってきた。そのメールをプリントアウトしたのがそれだ。現状を理解するならそいつを読むのが一番早い」

 中森がそう言うやいなや、渡部は桐崎書いたメール『謎の症状に関する報告書』を丁寧に読み始めた。

 渡部が口を開いたのは、三分ほど経ってからだった。

「……こいつは、ただ事じゃねぇな。ホントにこんなことが起こってんのか? 直で話がしたい。この桐崎義光っつう精神科医はまだ生きてるか?」

「……いや、残念ながら昨日、二十五日に彼は亡くなった。もっと早くに連絡がつけば詳しい話を聞けたんだが……」

「待て、このメールは二十日に送られてきたんだろ。どうしてその時点で電話しなかった?」

「桐崎は何度も俺の家や職場に電話したようだが、俺はアメリカの学会に出ていて連絡が届かなかった。だからわざわざEメールを送ってきたんだ。二十日に受信したメールを観ることができたのは昨日だった。だが俺が電話した時には既に桐崎は死んでいた。数時間の差で間に合わなかったようだ」

 中森は苦しげに話した。後悔は尾を引いていた。自分がもっと早くメールを見ていればと思わずにはいられないのだ。

「そうか……残念だ。ところでS大付属病院が封鎖されてんのはどうしてだ?」

「感染は既にかなり拡大しているんだ。さすがに謎の感染症の存在に気付くものが出てきた。国が気付いた時には既に全国数十カ所で爆発的感染が起きていた。政府は解決策も分からずにこの症状の存在を公開すれば国民の混乱を招くとして、ただ内密に感染者を隔離することしかできなかった。その隔離場所の一つがS大付属病院だ。直にマスコミに見つかるだろうが、既にS大付属病院の他にもいくつか封鎖された病院はある。この事は、俺を含めた一部の医学関係者や専門家にしか伝えられていない」

「なるほど。しかしよぉ、俺はその『一部の専門家』に入ってねえのな。俺が今までの学説を何度、くつがえしてきたと思ってんだ。俺以上の天才がどこにいるっつうんだよな」

 渡部は不満げに言い放った。確かに彼の言い分は理にかなっていた。生物学のエキスパートである渡部に事件の詳細が知らされないのは本来ありえないはずだった。

「しょうがないだろ。お前はそこら中で嫌われてんだよ。突飛な理論で話を掻き回しちまうからな。コペルニクス的転回のようなパラダイムが百八十度変わるような新説は、保守派の学者に嫌われるんだ。それがたとえ真実でもな。俺は今回の事件でそのことを嫌というほど思い知らされた」

 中森はくたびれた表情を一瞬見せ、渡部をなだめた。その言葉にはどこか含みがある。

「どういう意味だ? まるでお前が今までの学説をひっくり返すような発見をして、非難されたかのような言い方じゃないか」

「いいか、さっきも話したが、俺はお前に事件の解明を依頼しに来た訳じゃない。俺は既に解決に結びつく可能性のある一つの答にたどり着いたんだ」

「答……だと? ここで言う答って何だよ。謎の感染症の原因か?」

「原因は分からない。だが、感染の方法ないしは条件らしきものを見つけた。それを証明し、この事件を終息させれば、原因も分かるかもしれない」

「何!? だとしたらこの事件は半分解決したようなものじゃないか!」

 渡部はただ驚嘆した。感染の仕組みが判明すればある程度の処置はできる。つまり、今の停滞した状況を打破できるのだ。

「ところが、そうはいかなかったんだよ」

 中森は声を荒らげる渡部を制して、そう言った。

「俺は桐崎の死を知り、この事件の異常さを身を持って理解した。一刻も早く止めなくては、人類が滅びかねないと思った。そこで俺は他の場所でも被害が出ていないか調べた。友人知人に当たり、国にも問い合わせた。その結果、既に全国数十カ所で同じような規模の被害が出ていた。既にWHOや国内の専門機関が動き始め、国の対策本部も立ち上がっていた。だが国民はそれを知らない。つまり報道規制を命じているんだ。だから俺は国に情報を開示するよう要求した。しかし、無駄だった。対策案が挙がるまで情報は開示できないと返答されるだけだ」

「……何だそりゃあ。一分一秒を争う事態だろうが!」

「ああ、だから俺は自分で解決策を見つけることにした。全国の患者のデータと、発症の経緯を取り寄せたんだ。担当医が発症してるパターンが多く、集まった情報は少なかった。だが、いくつかの共通した妙な発症パターンを見つけたんだ」

 中森はそう話すと溜め息をつき、椅子に深く寄りかかった。

 逆に渡部は身を乗り出して中森の話に関心を示した。

「妙な発症パターンか……。そいつが、感染経路の特定のヒントになったって訳か」

「ある家族が発症した。だが、その家族は発症するまでに誰にも会っていなかった。……どうやって感染したと思う?」

「……誰にも会っていないなら感染とは言わんだろう。あるいは、その家族が謎の感染症の起源とか?」

「いや違う。その家族は親戚から感染したんだ。……テレビ電話を通してな」

「……馬鹿な! テレビ電話だと!? そんなことがあり得るのか!?」

 ――ガタンッ!

 渡部は大声を上げながら立ち上がった。座っていた椅子が激しく音を立ててひっくり返る。

「担当医の記録では、その家族は親戚とテレビ電話をしていたらしい。その途中、その親戚が発症した。時が戻っていると話していたそうだから間違いない。それを見て、後に家族がこぞって感染したんだ。同じようにテレビ電話の相手が発症した事例がいくつかあったが、いずれもこの場合に限って感染が空間を越えている」

 中森は力強く言い放った。

「つ、つまり、視覚か聴覚を通して感染するというのか……」

「いや、おそらく視覚だ。最初の発症者の高校生は大声で叫んでいたが、近隣住民は全員感染した訳ではない。それに、声を聞いて感染するなら、電話を通して被害はもっと拡大している」

「いや待て。視覚の方が感染は早いんじゃないのか? 発症者を見ただけでアウトってことだろ? それにしては駅や空港での、拡大がおとなしい……」

「俺も同じことを考えた。そして、俺はある仮定に至った」

「仮定……?」

 中森はしばらく沈黙した。

 重苦しい静寂が、中森に迷わせた。中森自身、未だその仮定を完全には信じられないのだ。

「……目だ。発症者の瞳を正常者が見ることでこの感染症は伝染する。俺がその仮定に至ったのは、患者の症状は全て目に関わるからだ。見ている風景の時間が戻っているように見え、次に自分の見てきた記憶が遡って見える。どれも『見える』だ。他にもデータがある。全盲の人が全く感染していないんだ。もちろん、確定的な証拠はない。だが、俺はこれが真実だと思ってる」

「………………」

 遂に渡部は言葉さえ忘れた。ただ驚愕と恐怖と好奇心がせめぎ合い、渦のように思考を掻き回す。渡部の脳内では凄まじい嵐が起こっていた。

 数十秒か数百秒か、その静けさがどれほど続いたのか渡部には判らなかった。しかし、彼の脳はひとつの思考に収斂しゅうれんしていった。

「……中森、俺は……お前の理論を支持する。……いや、信じるぜ」

 渡部はニヤリと笑い、そう言った。

 その言葉で、中森の不安を消し去った。

「……渡部…………ありがとう」

「……よっしゃ。中森、そいつを対策本部だかWHOだかに、教えてやれ。対策案を進言するんだ。国民全員に外から瞳を見れないようなゴーグルかなんかを配給させりゃあいいんだろ?」

 渡部は声を張り上げて揚々と言った。

 しかし対する中森の表情は厳しかった。

「いや、それはできない……」

「はぁ? 何故だ?」

「俺は視覚からの感染の可能性に気が付き、既に対策本部に報告した。だが、相手にされなかったんだ。さっき言っただろう。視覚から病気は感染しないってのが常識だ。やつらから見たら俺の方がよっぽど病気に見えたんだろう」

 中森は自嘲気味な薄ら笑いを浮かべ、諦念の混じった目を渡部に向けた。

「ちょっと待て、だったら打つ手無しか? マスコミは報道規制があるし対策本部は聞く耳を持たない。お前、どうするつもりなんだ?」

 渡部は倒れた椅子を起こし、どっしりと座り、深く息を吐いた。

 その様子を見て、中森は逆に質問を返した。

「なあ渡部、お前確か、花沢総理と仲良かったよな?」

 中森は口角を僅かに上げる。

 渡部は中森の意図を瞬時に理解した。

「……まさか、俺に花沢総理を動かせって訳か?」

 中森の頼みとは、まさに総理を動かすことだったのだ。

「渡部、総理はお前に大恩があるそうじゃないか。お前ならできなくもないんじゃないか?」

「……ハハハハハッ!! なるほど……な。考えたじゃねーか、中森! そう慎重になるな。頼まれなくともやってやる。……任せろ、上を脅すのは大得意だ。それがイヤだから連中は俺を避けてんだろうよ」

「……フッ。お前が親友で良かった。……決まりだ! 渡部、花沢総理に記者会見を開かせるんだ。情報と対策方法を国民に対して発表させる。民放もラジオもネットも、全部使うんだ。対策本部がダメならさらに上に掛け合うまでだ!」

 研究室に中森の言葉が響き渡った。

 そしてこの二人の働きが、人類の歴史を大きく動かすことになる。


ここまでが、問題編というか、前編というか、謎の解明の準備が整った感じです。

次回から物語は完結に向かっていきます。


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