奪ってくれてありがとう義妹。私あなたのお陰で今日も生きています。
「伯爵令嬢オウホウ=インガー!お前と第一王子にして王太子である私ゴクウニウス=ネハン=ヒトミとの婚約を、この場を持って破棄する!」
苛立ちを含んだカン高い声が響き渡る。
(……殿下?)
(……まさか。)
(……今になって。)
卒業の儀に集まった生徒とその親である貴族達は静かにドヨめく。
ゴクウニウス様に指を突き付けられた私は虚を突かれその場に佇んだ。
「それは……まことにございますか殿下?」
なんとか問返せばゴクウニウス様は、いつも通り意地の悪い顔付きでニヤリと笑い私の背後の誰かを手招いた。
カツカツとヒールを響かせ私の横を通り過ぎ殿下に並び立ったのは……。
「……メグル!? 」
「こちらからは王太子妃殿下と呼んでね。オウホウお義姉様♪」
母が亡くなった後に出来た私の義妹。すなはち公爵令嬢メグル=インガーだった。
彼女はゴクウニウス様とよく似た意地悪い顔で私に微笑みかけた。
「皆の者そう言うわけだ!この麗しいメグル=インガーを私の新たな婚約者とする!」
(……おぉ。)
(……なんと言う。)
(……信じられない!)
人々の驚愕とドヨメキ。
ゴクウニウス様とメグルは寄り添い背を伸ばし、それを気持ち良さそうに受け止めていた。
私は混乱の最中にいた。
6歳にして決められた婚約者としての役割。その当時から王陛下夫妻はゴクウニウス様に甘く、私はお付きの者達共々翻弄され続けてきた。
それに加え過酷とも言える王太子妃教育。それは10歳の時に母を失っても喪すら認められず続けられた。
それらの記憶が走馬灯のように私の脳内を巡っていたからだ。
「お待ち下さい殿下。王陛下は我が父インガ伯爵は、私との婚約破棄とメグルとの婚約。これらをお認めになられたのでしょうか?」
そうして私はやや上擦った声でゴクウニウス様に問うていた。
「お前が心配する事ではない!私が望んで叶えられない事などこの世にあるものか!」
……確かにそれは。
いえ、だからってメグルは分かっているのかしら?ゴクウニウス様の婚約者になると言うのがどう言う事なのかを。
「……メグル。」
「王太子妃殿下と呼びなさいお義姉様!」
嘲笑うように言うメグルに私は被せて問うた。
「ゴクウニウス様は一週間後16歳を迎えられるのですよ?その横に立つのがどう言う意味か……。」
……長い事律してきた私の価値観は崩壊を始めていた。
「当然分かっているわよ“成婚の儀”でしょ?大丈夫。ホホホ、立派に式を乗り切って見せるわ。」
「そう言う事だオウホウ!お前のような暗い女に王太子妃は務まらん!華が無い!華が。」
そこまでゴクウニウス様が言ったところで私の傍に誰かが立った。
「ほ、本当にメグルで宜しいのですか殿下?」
「もちろんだインガー伯爵。」
それは私達姉妹の父インガー伯爵だった。美しい後妻とその連れ子であるメグルを愛でるに余念の無い。裏返せば私を蔑ろに扱う男だ。
だが父の表情は暗い。
「メグル。お前は分かっているのか?ゴクウニウス殿下の横に立つ者の過酷な……。」
その説明を始めた父の言葉は、しかし別の威厳を持った声に遮られた。
「……伯爵。それは不文律ぞ。」
その声を聞いた時父も私も周囲の貴顕達もその場に跪いた。ゴクウニウス様とメグルだけが声の主に向かい立っていた。
「良い。皆の者楽にせよ。」
それは王妃を伴った王陛下だった。私達が立ち上がると、彼は重々しい表情で続ける。
「今の言葉に相違ないなゴクウニウス?」
「はい父上。」
さすがに王陛下の前では表情を改めてゴクウニウス様は返事する。
「公爵令嬢メグル=インガー。”成婚の儀“は非常に過酷だ。そちもそれで良いのか?」
「もちろんでございます王陛下。」
頭も下げず答えたメグルを暫く見つめてから王陛下は頷いた。
なにか言いたげに父が手を伸ばしかけ、そして項垂れる。
続いて王陛下は王妃共々私に向き直った。
「オウホウよ。そちにはゴクウニウスが持つ爵位の一つ子爵位と王都の屋敷そして10年分の子爵位年金を与える。それを以て長い努めの補償とする。……良いな?」
「過分のお心遣い感謝に耐えません陛下。ですが、この役目は義妹には荷が重いのでは無いかと……。」
そこまで話したところで王陛下は片手を私に向けた。
……口を閉ざせの合図だ。
「……ゴクウニウスが望んだのだ。私はそれを叶えてやりたい。長い事……苦労を掛けた。」
疲れたように言う王陛下に私はカーテシーを行い一歩下がった。
(……言った通りだろう?メグル!)
(……嬉しいゴクウニウス様!)
……人々がなんとも言えない表情で見守る中。
ゴクウニウス様とメグルは嬉しそうに肩を寄せていた。
ーーーーー
ーーー
ー
……1週間後。
「あぁ!なんて事メグル。」
「だから止めておけと言ったんだ!それなのにお前はメグルをけしかけて。」
……まさか義母様知らなかったの?
泣き崩れる後妻の肩を抱く父を、私は別席からシレーッと見つめていた。子爵位を賜ったので今の私は別家の貴族として“成婚の儀”に参加している。
「国の!末永い繁栄のために!我が息子ゴクウニウスとメグルはここに成婚を迎える!」
壇上良く通る声で演説をかます王陛下と横の王妃の顔は泣き濡れていた。
(……おぉ、なんと。)
(……うぅ。)
(……素晴らしい献身だ。)
その壇下には色とりどりの花々に囲まれたゴクウニウス様とメグルの姿が有った。
美しい白装束に身を包み目を閉じた似合の一対。しかし彼らは一言も口を聞く事は無い。
強力な睡眠薬で眠らされ手を胸上で組まされている。衣装の下に編み込まれた鋼糸が背後の柱にしっかり彼らを括り付けている。
そして全身クマなく良い匂いの香油が髪にまで塗られている。
……なぜか?
壇上を降りた王陛下が巨大な松明を私達に見せ付けるよう翳す。右に左にそれを何度か行ってから、やおら凄まじい表情で叫んだ。
「神に祈りを捧げよ!」
言うと同時にその松明を放り投げ、ゴクウニウス様とメグルは一瞬で炎に包まれた。
「「「「神に祈りを!」」」」
「「「「神に祈りを!」」」」
「「「「神に祈りを!」」」」
皆が唱和する中。炎は花びらを撒き散らしながら天高く燃え盛る。
(……ピギィイイイイイイイイ!? )
(……熱い!?ガァアアアアアアアアアアア!?)
「「「「神に祈りを!」」」」
「「「「神に祈りを!」」」」
「「「「神に祈りを!」」」」
途中叫び声が聞こえたような気もするが、炎の中で人影が暴れ狂ったような気もするが、気のせいだ。
……神の下に赴き謝意を伝えるのは大変名誉な役割なのだから。
皆は気のせいを掻き消すが如く更に声を強くして唱和を続ける。
「か、神に祈りを。……神に祈りを……。」
(……き、効いてない睡眠薬!ははは、話が違うじゃない!? )
私もガタガタ震えながら炎が尽きるまで唱和した。
ここまで熱が伝わって来て眉毛が焦げそうだ。本来なら私があの炎の中に居たのかと思うと涙と震えが止まらなかったからだ。
(……あ、ありがとうメグル。王太子妃の座を奪ってくれて。私、焼かれなくて良かった。)
宗教国家ヤバネスブルク。
その王は祭司であり、成人した実子を1人その嫁と共に神の下へ届け謝意を表さねばならない。
幼い頃から儀式に付いて聞かされていた私はあまりの解放間に漏らしそうだった。(いや、少しチビッた。)
「長い事ゴクウニウスの我儘に付き合ってくれてありがとう。貴女のお陰でどれだけ私達が救われたか……。」
「……王妃様。」
王陛下夫妻がゴクウニウス様を好きにさせていたのは不憫だったからだ。その未来を知る側近達も同様に甘やかした。
私の役目はゴクウニウス様に“成婚の儀”の真実を隠す事だった。
「その方もゴクウニウス達の分まで幸せに生きてくれ。……感謝を忘れずにな。」
「はい。」
(ありがとうメグル!大感謝ですぅううう!)
儀式は滞りなく終わり。
やがて婿を迎えた私は幸せに生きた。幸い“嫁”に当たった家は次回のクジを免れる。少なくとも私達の子は“成婚の儀”に供される事は無いだろう。




