第5話 砂の国と時計仕掛けの祈り――前編――
夜明け前の厩舎で、定期券がピピピッと鳴った。
「三回?」
ミナが首をかしげる。
「三連呼び出しなんて初めてだな」
ルイは目を細めた。
「これ、魔具の狂いか?」
「狂い?」
「仕組みがズレて呼び出しが重なってる感じ」
「つまり、誰かが呼び間違えた?」
「そう。もしくは“世界の寝ぼけ”」
「世界、寝ぼけるの!?」
「寝起き最悪なんだよ、あいつ」
主任が駆け込んでくる。
「おい、広域反応だ。街ごと記憶が凍結してる」
「街ごと!?」
ミナが跳ねる。
「“砂の国”と呼ばれる地区だ。時計塔が止まって、住民の時間が動かない」
「時計が止まると、みんな止まるの?」
「らしい。“祈り時計”って代物だ。理屈は後回しだ」
「出動優先だな」
ルイは手綱を持ち上げる。
「じゃ、今日の一便目――朝勤スタート!」
「お前、やけに張り切るな」
「朝はテンション大事!」
「って、まだ夜明け前だけどな」
――再送札を差し込む。
光が弾け、扉の向こうに砂の街が現れた。
街全体が金色の砂に覆われ、風は時間を忘れたように止まっている。空は夕暮れ手前で凍りついた色だ。
「……静かすぎる」
「音、全部死んでるな」
霊体馬が一歩進むごとに、砂が淡く光を散らす。
中央にそびえる巨大な時計塔。針はちょうど六で止まっていた。
「原因はあれだな」
ルイは顎で示す。
「時計が止まってるの、初めて見た」
「本来は“祈り”を刻む装置。止まると、人の記憶が固定される」
「つまり、寝落ちして夢の続き見てる状態?」
「例えは完璧」
「やった! 初の満点!?」
「七十五」
「中途半端!」
塔の足元で、ミナがしゃがむ。
「ルイ、これ……歯車?」
砂の上に光る金属の輪。ミナが拾い上げると、空気が強く揺らぎ――少女の声が落ちてきた。
『この街の時間が止まれば、みんなずっと笑っていられると思ったの』
淡い幻影が広がる。
小さな時計職人の少女。工房で父の腕時計を磨く姿。
そして――砂嵐の中、帰らない父を待ちながら、少女が祈り装置に手を伸ばす映像。
「止めたのはこの子か……」
ルイは息を抑えた。
「悲しいことが起きて、“この時間が続けばいい”って思っちゃったんだね」
「そのまま祈りが凍ったんだろ」
「でも、止まった時間は、もうつらいだけ」
「分かってる。――行く。塔の中へ」
馬車が時計塔の前で止まる。
扉は半開きのまま維持、帰り道を確保する。巨大な扉が、きい、と軋んで開いた。
内部は静まり返り、宙に浮く歯車が止まっている。
光の粒が漂い、空気そのものが固まっているみたいだ。
「……きれいだけど、ちょっと怖い」
「動くものが一つもないからな」
「じゃあ、動かす?」
ミナがニッと口角を上げる。
「簡単に言うな」
「動くの、得意だよ?」
「それは口」
「失礼!」
笑い声が止まった空間に響く。霊体馬が一歩踏み込み、塔の中心まで進む。
巨大な主歯車――だが、一か所だけ欠けていた。
「歯車が足りない」
「これじゃ針が回らないね」
「さっき拾ったやつ、はまるかも」
「やってみよう!」
ミナが歯車を差し込む。
――カチリ。
乾いた音とともに、空気が震えた。
「動いた?」
「まだだ……」
ルイは歯車を押さえ、計器に目をやる。
「中心が凍ってるな。回すには“意志”が要る」
「じゃあ――」
ミナが両手を添えた。
「二人分で押す!」
「理屈が脳筋」
「気持ちで回すよ!」
ルイたちは力を込める。
歯車が震え、霧のような光が吹き出した。塔の外、砂の街がざわめき始める。
風が流れ、止まっていた砂時計の粒が動き出した。
「……回った!」
「少しずつだが、針が動いてる!」
塔上部から白い光が走る。
人々がひとり、またひとりと動き始め、幻影の少女が涙をこぼしながら笑った。
『もう、大丈夫。お父さん、ちゃんと帰ってきたから』
光が静かに消え、塔の中へ朝の風が吹き抜けた。




