第4話 幽霊便の宛先は空の鞄――後編――
老婦人の手の中で、見えない封筒が形を変える。
白い紙が便箋となり、文字が風に浮かぶ。
やさしい筆跡が、宙に揺れた。
「……あなたが、生きていてくれたなら」
老婦人の唇が震える。
「私のほうが、救われたのにね……」
庭に花の香りが広がる。
ミナは静かに見つめながらつぶやいた。
「手紙って、届くまでが仕事だけど……この人にとっては“待つこと”も仕事だったんだね」
ルイは小さくうなずく。
「届ける側と、待つ側。どっちも根気がいる」
「うん。でも、最後は“渡す側”がいなきゃ始まらないんだね」
「そこは俺たちの出番ってわけだ」
郵便霊が老婦人の手にそっと触れた。
光がぱっと広がり、庭の花々が一斉に揺れた。
老婦人が涙をぬぐい、微笑む。
「ありがとう……あなたも、きっと安心したでしょうね」
その声を聞き、郵便霊は帽子を取り、静かに一礼した。
そして光に溶けて消える。
風の音だけが残った。
ミナは目を閉じて深呼吸する。
「届いたね」
「そうだな」
ルイはうなずいた。
「形が見えなくても、“届いた”って分かるんだな」
「見えるのは形だけで十分。大事なのは気配」
「……ちょっとかっこいい」
「四十五点」
「厳しい!」
霊体馬が嘶き、馬車は厩舎へ戻る。
★ ★ ★ ★
「ふぅ……幽霊便、完了」
ルイはグッと伸びをした。
ミナが頬をゆるめる。
「今日もいい仕事だったね!」
「まあな。報告書、俺が書く」
「私も手伝う!」
「感情寄りになるから却下」
「なんで!」
「“想いが溢れて字が読めない”って書くだろ」
「書かないってば!」
二人が言い合う中、主任が現れた。
「おい、お前ら。さっきの便、記録に残ってないぞ」
「やっぱりな」
ルイが笑う。
「見えない荷物だったし」
「それ、報酬の精算どうするんだ?」
主任が眉を上げる。
「後払い。天界経由で入るらしいです」
ミナが答えた。
「帳簿にどう書く気だ」
「“心付け”で!」
「便利な言葉だな……」
主任がため息をつく。
ルイは御者台に腰を下ろし、手綱を握った。
「まあ、記録に残らなくても、届いたことに変わりはない」
「うん。ちゃんと見えたもん」
「見えた?」
「うん。あの人の笑顔」
ルイは少し笑う。
「それなら報酬としては十分だな」
霊体馬が軽く嘶き、風が通り抜ける。
定期券がほのかに光る。
ミナが目を細めた。
「……また、光った」
「今度はどんな便だ?」
「まだ分かんない。でも、たぶん――」
ミナが笑ってルイを見る。
「次も“想い”の配達、だね」
「了解。じゃあ、次の客を迎えに行こう」
馬車が光の道を走り出す。
霊体馬の蹄が跡を残し、朝の風が静かに吹き抜けた。




