第4話 幽霊便の宛先は空の鞄――前編――
記憶再送課の朝は、たいてい何かが鳴る。
この日も、ミナの胸ポケットがピッと鳴いた。
「ルイ、また光った!」
「三日どころか四日連続か。働き者だな、うちの定期券」
「でも今回は……あれ? 依頼情報が出てない」
「出てない?」
ルイは顔を上げた。
「うん。名前も場所も、何も。画面が真っ白」
「白紙ってことか。まさか寿命?」
「やめて、そういう怖いこと言わないで!」
そこへ主任が顔を出す。
「呼び出し音だけで情報が無い……“記録漏れ案件”だな」
「記録漏れ?」
ミナが首をかしげる。
「依頼データが存在しない便だ。つまり“誰からも呼ばれてない”のに起動してる」
「え、それ……幽霊便?」
「正確には“未登録再送便”だ」
ルイは笑った。
「つまり、届ける途中で記録が途切れたってことか。依頼者も宛先も不明」
「でも、放っとけないよね」
ミナが拳を握ったのが見えた。
「だろうと思った」
ルイは肩をすくめ、再送札を差し込む。
――パチン。
空気が切り替わり、厩舎の扉が灰色の街路につながる。
霧の中、古い制服の郵便配達人が立っていた。
半透明の姿で、帽子を軽く上げる。
「郵便屋さん……?」
ミナが小声でつぶやく。
霊は無言のまま、古びた鞄を掲げた。
中は――空っぽ。
「……何も入ってない?」
「見えない荷物だな」
ルイは呟く。
「見えないってことは、まだ“届いてない”ってことだ」
ミナが一歩前へ出る。霊が小さくうなずいた。
「じゃあ、俺たちが代わりに届けるか」
「うん!」
霊体馬が蹄を鳴らし、馬車が灰色の通りを進み出す。
霧の向こうに古い村の輪郭が現れた。
「この方向、完全に田舎ルートだな」
「静かでいいじゃん。前回の湖よりマシでしょ」
「湖は景色はよかったけど、湿気がすごかった」
「髪、くるくるになってたよね」
「それはおまえだ!」
「え、私? ……あ、そうか!」
ルイはため息をこぼした。
やがて馬車は、小さな屋敷の前で止まる。
庭先では、白い花が風に揺れていた。
「ここが……宛先か」
ミナが外をのぞき込む。
郵便霊がうなずき、鞄を開いた。
中からは何も出てこない――が、霊の手のひらには“何か”があった。
「……見えないけど、重そう」
「“想い”ってのは、だいたい軽くない」
ルイはぼそりと返す。
「いいこと言った!」
「五十点」
「褒めたのに! 減点!?」
ミナは笑って息を整えた。
「ねえ、この荷物、私たちで届けられるかな」
「扉が繋がってるなら、行ける」
「なら行こう!」
ミナがドアに手をかける。霊体馬が短く嘶いた。
――扉の外の景色が切り替わる。
屋敷の門の前に、老婦人が立っていた。
白い花を手に、遠くを見つめている。
「……きっと、この人だ」
郵便霊が歩み寄り、手を差し出す。
風がふわりと吹き抜け、空気の中に封筒の形が浮かぶ。
「……この封筒、見覚えがあるわ」
「覚えてるんですか?」
ミナが尋ねる。
「ええ。夫が戦地から送ったはずの……でも、届かなかった手紙」
霧がやわらかく光を帯びる。
老婦人は震える手で、見えない手紙を胸に抱いた。
その瞬間、郵便霊の輪郭が淡く光る。
ルイは短く息をついた。
「届いたな」
「うん。ちゃんと」
ミナが微笑む。




