第18話 再送の夜明け
――白い霧の中で、私は目を開けた。
さっきまで掴んでいたルイの手が、まだ温かい。
けれど、周りの景色は真っ白なまま。足元の感触も、風の音もない。
定期券の光だけが、まっすぐ前へ伸びている。
「……まだ、帰ってないんだね」
声が霧に吸い込まれる。
その先に、光の筋が一本――帰り道。
ルイが繋いだ“道”だ。
私は手綱を握った。
霊体馬の姿が、淡い光の粒となって現れる。
そのたてがみがふるえ、ひづめが空を踏むたびに道が少しずつ形を取り戻していく。
「行こう。今度こそ、一緒に帰る」
定期券の光が跳ねた。
霊体馬が嘶き、車体が前に滑り出す。
霧の中を駆け抜ける。
視界の奥に、影がひとつ見えた。
ルイだ。光に包まれたまま、まだ“記録”の中にいる。
「ルイ!」
呼んでも届かない。
彼は振り返らず、何かを探すように立ち尽くしている。
塔の断片――崩れた床と壁が、空中でゆっくり回っていた。
そこに引っかかるように、ルイの影が留まっている。
光の道が途切れそうになる。
霊体馬が足を取られ、馬車が大きく揺れた。
私は手綱を強く引く。
「……落ちないで!」
ひづめが空を掻き、光の粒が飛び散る。
それでも馬車は持ち直し、道の上に戻った。
ルイの足元に届く距離まで、もう少し。
私は車体の前方に立ち、腕を伸ばした。
光が手のひらからこぼれ、風に溶けていく。
「ルイ! 帰るよ!」
彼がゆっくり振り向く。
表情は見えない。けれど、その肩が小さく揺れた。
「……俺は、まだ――」
「まだ、なんて言わないで!」
声が震えた。
ずっと聞いてきた。彼が仲間を、便を、過去を抱えたまま歩いてきたことを。
でも今度は、置いていかない。
「だって、迎えに来たんだから!」
霊体馬が再び走り出す。
光の道が彼の足元まで伸びる。
私は勢いのまま飛び出した。
霧の中で、二人の影が交差する。
光が弾け、塔の残骸が崩れていく。
時間が逆流するみたいに、欠片が元の場所へ戻っていった。
「掴んで!」
手を差し出す。
ルイの指が、それを確かに握った。
光の橋が一瞬で繋がり、世界が鳴った。
★ ★ ★ ★
耳の奥で、蹄の音が徐々に形を取り戻していく。風が頬を撫で、温かな空気が肌に触れた。
目を開けると、そこは見慣れた厩舎だった。
霊体馬が鼻を鳴らし、車体の隣でルイが座っている。
「……迎えに、来たのか」
「うん。強引に、ね」
ルイはかすかに笑い、手綱を握り直した。
その手には、あの“鍵”が握られていた。
「鍵、戻ってきたね」
「ああ。これで、帰ってこられた」
外の空が明るくなっていく。
東の窓から朝日が差し込み、霊体馬のたてがみが金色に光った。
「今日の報告、主任に怒られるかな」
「きっと、“よくやった”の一言で終わりだよ」
「……なら、もう少しゆっくり行こうか」
光が私たちを包み、霊体馬が小さく嘶いた。
――再送の夜が、ようやく明けた。




