第17話 ルイの心象界――後編――
光の中で、私は手を伸ばした。
けれど、ルイは届かない場所にいる。
目の前の世界がぐにゃりと歪み、上下の感覚が失われていく。
「ルイ!」
声を張っても、風に吸い込まれるだけだった。
御者台が崩れ、霊体馬が光の粒になって消える。
車体が傾き、ルイの姿が深い闇へと沈んでいく。
私は咄嗟に胸ポケットの定期券を握った。
光が強く瞬き、糸が再び伸びる。
それを道しるべにして、私は飛び込んだ。
★ ★ ★ ★
――暗闇。
足元には、ひび割れた線路のような道が続いている。
けれど、周囲には何もない。壁も天井も見えず、どこまでも闇が広がっていた。
その境界が曖昧に感じる空間の中で、ひとりの影がうずくまっていた。
「ルイ……!」
駆け寄って膝をつく。
肩に触れると、冷たい。けれど確かに感触はあった。
ルイの顔は伏せられ、表情は読めない。
「聞こえる? 私だよ、ミナ!」
返事はない。
けれど、手の中の定期券が光を強めた。
まだ、繋がってるって示しているにちがいない。
私はルイの手を握った。
その指先は震えていて、何かを掴もうとしているみたいだった。
「……誰も、助けられなかった」
かすかに、声が落ちた。
ルイの唇が動き、掠れた声が零れる。
「第九便……仲間も……客も……。俺だけ、生き残った」
胸が痛くなった。
やっぱり――これが、ルイの止まっていた記録。
過去の事故の瞬間、彼が閉じ込められた場所。
「違うよ」
私は強く言った。
「あなたは、帰ってきた。塔も直ったし、記録も戻った。今ここに私がいるのが、その証拠だよ」
ルイのまぶたが、わずかに動いた。
でも、まだ焦点は合っていない。
「……俺は、もう御者じゃない。あのとき、手綱を……」
「手綱を、離してない!」
思わず叫んでいた。
だって、知ってる。ルイは一度も手を離したことなんてない。
いつだって、私を、依頼を、みんなを繋いでくれた。
私は、自分の胸元に下がる光の糸を見た。
それは手綱のように、ゆるやかに波打っている。
「見て、これ。あなたがいつも握ってた“道”だよ。怖くても、順番どおりにって、言ってたでしょ?」
ルイの指が、ほんの少し動く。
その先で、光が細く繋がった。
私は手綱の形をしたその光を、そっと彼の手に重ねた。
「もう一度、掴んで」
沈黙が流れる。
時間が止まったみたいに、音が消える。
けれど――
ルイの指が、私の手を包んだ。
光が一気に強くなる。
闇がほどけ、線路のような道が光の帯に変わった。
――これが、“帰り道”。
でも、まだ終わっていない。
この光を、現実にまで繋げなきゃ。
私は息を詰め、もう一度ルイの手を握り直す。
強く。離さないように。
足元の光が広がり、世界全体が白く染まっていく。
風の音が戻りはじめ、霊体馬の嘶きが遠くで響いた。
――あと少し。
その瞬間、足元の道が崩れた。
光が裂け、視界が反転する。
私とルイの手が、強く引かれた。
境界が砕け、光と影が入り混じる。
――帰らなきゃ。
定期券が熱を帯び、まぶしい閃光が視界を覆った。
次に目を開けたとき、私は――




