第16話 記録塔の崩壊――前編――
朝の再送課は、珍しく慌ただしかった。
主任の机の上には札の束が山のように積まれている。
「先日の塔の件、まだ余波が残ってる。安定層の補修に行ってこい」
「防衛じゃなくて、補修ですね?」
「そうだ。崩れた記録層の復旧だ。あの時の衝撃で、下層が歪んでる」
主任が札を一枚弾く。
淡い光が走り、宛先に〈記録塔・基底層〉の文字が浮かんだ。
「許可は出てる。危険は少ないはずだが……用心しろよ」
「了解」
ルイが答えると、ミナも胸を叩いてうなずいた。
「補修便、行ってきます!」
馬車の扉が開く。光が満ち、二人と霊体馬が記録塔の中へ入った。
――心象街の奥、塔の基底層。
壁一面に光の管が走り、淡い青の脈動を見せている。
「ここ、前に来た場所だね」
「防衛の時より静かだな」
ルイは札の反応を確かめ、低くつぶやいた。
「主任の話だと、下層の安定装置がずれてる。……ここを直せば、塔全体の流れも安定する」
ミナが首をかしげる。
「“流れ”って、つまり時間の?」
「記録の流れだ。ここでは過去の情報が物理的に積もる。流れが止まると、記憶が沈む」
ミナが目を丸くする。
「なるほど、また頭が痛くなりそうなやつ」
「説明しても結局そう言うよな」
軽口を交わしながら、ルイは床のひびに修復札を貼った。
札が青く光り、ゆっくりと魔力が浸透していく。
だがその光が、ふと乱れた。
「……おかしい。出力が安定しない」
「また塔が不機嫌なんじゃない?」
「機械なら叩けば直るが、ここはそうはいかない」
その瞬間、奥の通路で金属音が鳴り響いた。
壁が歪み、天井から細かい砂が落ちる。
「揺れてる!」
「修復層の下……何か動いてるな」
ルイは札を握り直し、霊体馬を制御した。
だが馬が鼻を鳴らして落ち着かない。
「ルイ、光が……さっきより濃い!」
ミナの声で、ルイは壁を見る。
青い管の一本が、まるで逆流するように色を変えていた。
「……流れが逆だ。上層から時間層が押し返されてる!」
「時間が押し返すってどういう――」
ミナの言葉が終わる前に、塔全体が大きくうなった。
地面が波打ち、天井がきしむ。
霊体馬が嘶き、後ろ足で床を叩く。
「ルイ、なにこれ!」
「暴走してる……心象層の反転だ!」
ルイが修復札を広げると、強い光が爆ぜた。
青と白の輝きが入り混じり、空気が熱を帯びる。
「固定展開、始動――!」
札の光が通路を走る。だが、すぐに不規則な波に飲まれた。
霊体馬が大きくのけぞり、ミナの肩をかすめて火花が散る。
「ルイっ!」
「伏せろ!」
轟音が鳴り響いた。
塔の天井が裂け、金属の破片が雨のように降り注ぐ。
ルイはミナを庇いながら床を転がった。
目の前の光が歪み、壁が崩れる。
「くそっ、流れが制御できない!」
「どうすればいいの!?」
「修復を切る。……時間を止めるしかない!」
ルイは札を床に叩きつけ、全力で魔力を抑え込んだ。
次の瞬間、塔全体が悲鳴を上げるような音を立てた。
――そして、足元が抜けた。
重力が消え、光が逆流する。
ミナが叫び、霊体馬が嘶いた。
ルイは手を伸ばしたが、何も掴めない。
視界が白に染まり、音が遠のいていく。
その手の中で、何か冷たいものが光った。
――真鍮の鍵。
指の間に挟まったそれが熱を帯びた瞬間、世界が止まった。




