第15話 心の迷子たち――後編――
厩舎に戻るころには、霊体馬のたてがみもすっかり乾いていた。
私の心も――まあ、だいたい乾いた。反省、半分くらい。
「主任、ただいま戻りました!」
勢いよく報告すると、主任は机の書類の山から顔を出した。
「おう。で、勝手に出たな」
「ひぃっ……やっぱバレてた!」
主任が札を指ではじく。光の粒がぽん、と宙に浮かんだ。
「再送ログは全部残るんだ。誤魔化せると思ったか?」
「いえ……ちょっと勢いで……」
「勢いで心象界に飛び込むな。二人一組が原則だろう」
うう、耳が痛い。
ルイが横で口を開いた。
「俺が目を離したのも悪かった。次からは連絡を徹底させます」
「ま、いいだろ。今回は怪我もなし、記録も異常なし。初めての“迷子便”なら合格点だ」
「えっ、ほんとに?」
「減点は多いがな」
「えぇ~!」
主任が書類をぱたんと閉じる。
「お前ら、最近動きっぱなしだ。次の便が入るまで、整備と休養に充てとけ」
「休養!」
思わず顔がほころぶ。
ルイが横目で笑って、手綱を軽く持ち上げた。
「休養って言われても、どうせどこか呼ばれるぞ」
「縁起でもないこと言わない!」
主任が呆れたようにコーヒーをすすった。
「呼ばれるなら行け。だが、どっちかが迷子になったら片方が困る。いいな」
「はい!」
返事をすると、霊体馬が小さく嘶いた。
まるで“了解”って言ってるみたいで、ちょっと笑ってしまった。
ふと机の端に目をやると、小さな光の粒が一つ転がっていた。
昼間の猫の、残り香みたいな光。
私はそっと手のひらで包む。
「……帰れたんだね。よかった」
つぶやいた声が、静かな厩舎に溶けた。
ルイが横からのぞき込む。
「まだ残ってたのか」
「うん。多分“お礼”」
「そりゃいい。報酬の代わりにはならんがな」
「もう、そういうとこ現実主義!」
笑いながら光を掲げた。
光の粒はふわりと浮かび、天井の梁のあたりで消えた。
「また会えるかな」
「迷子の記憶なら、きっとどこかでな」
「そっか」
私は深呼吸して、頬にかかった髪を耳にかけた。
小さな冒険のあとみたいに、胸が少しだけ熱かった。
「じゃあ、休養。紅茶、淹れていい?」
「焦がすなよ」
「失礼な!」
主任があきれたように笑う。
外では風が静かに吹いて、厩舎の風鈴が小さく鳴った。
――今日も、いい日だった。




