第14話 記録塔の防衛と、主任の昔話
第九便の回収任務が終わった、数日後。
ルイたちは主任とともに、記録塔へと再び足を踏み入れていた。――記録塔の防衛任務にあたるためだ。
記録塔の上層では、外壁をかすめるように風が鳴っていた。灰色の空を背景に、塔の防壁がうっすらと光を帯びている。
塔の内部にある監視札が一斉に反応し、淡い光の点が三つ、浮かび上がった。
「侵入反応、三件」
主任が札をのぞき込みながらつぶやく。
「最近、頻繁みたいですね」
ミナが顔を上げる。
「塔の防衛って、普段は別部署じゃ?」
「そうだが、連日の異常で人手が足りん。再送課にも応援要請が来ている」
主任は外套の襟を直しながら続けた。
「今回は現場経験のある俺が指揮を執る。お前たちは防衛は初だろうが、塔の現場を知ってるぶん動きやすいだろう」
ルイたちはうなずいた。
防衛任務に出るのは初めてだが、塔内部の構造や心象路線には慣れている。主任が現場指揮を執るなら、心配は少ない。
「準備完了。霊体馬、待機しています」
手綱を構えると、霊体馬が光を帯びて嘶いた。
「よし、出るぞ。今回の相手は“残響体”だ。壊れた記録の残りかすが魔力を食って、塔の防壁を蝕んでる」
「……また厄介そう」
ミナが眉をひそめた。
「音を立てずに近づいてくる。気を抜くな」
主任が短く言い、塔の防衛ゲートを開いた。
扉の向こうは灰色の空と、断片化した街並み。
浮遊する記録片の間を、黒い霧のような影が漂っている。
「反応、三体。塔の東側だ」
ミナが札を確認しながら声を上げた。
「誘導します!」
ルイが手綱を引くと、霊体馬が疾走した。
車体の光が霧を照らし、残響体の輪郭が浮かび上がる。
黒い人影のような塊がひとつ、塔壁に触れた瞬間、壁面が波打つように揺らめいた。
「干渉波、強い!」
「主任、どうします?」
「分散させろ。中心を狙うと暴発する」
主任が札を掲げ、指先で印を描いた。
札が一瞬強く光り、風の刃が放たれる。
残響体が弾け、黒い粒子が周囲に散った。
もう一体が背後から迫る。
ルイは反射的に霊体馬を旋回させ、ミナが札を投げる。
札が相手の中心で光を放ち、残響体が一瞬で霧散した。
「ナイス連携」
主任が笑みを浮かべる。
「残り一体だ」
塔の影に潜んでいた最後の一体が、壁を這うように動いていた。
主任が手を上げた。ルイは頷く。
霊体馬が踏み込み、馬車が突き出すように前進する。
ミナが札を構え、正確に投げた。札が黒い霧の中心に突き刺さる。
――光の閃き。
爆風が巻き上がり、黒い粒が風に散って消えた。
「……よし。これで全部だな」
主任が息を吐く。
塔の防壁が静かに脈打ち、霧の層が薄れていく。
ルイが手綱を緩め、霊体馬を停止させた。
「塔の東面、安定しました」
「西側も異常なしです」
ミナが報告する。
「上出来だ。やっぱり、俺の現場勘は鈍ってないな」
主任が満足そうに笑った。
その笑みの奥に、わずかな影が差す。
「……この塔も、だいぶ変わった」
主任が壁に手を置く。
「昔は、ここから心象界全体を見渡せた。塔と街は、ひとつの記録のように繋がっていたんだ」
「昔は、って……」
ミナが尋ねる。
「何かあったんですか?」
主任は少しだけ目を閉じ、静かに答えた。
「“記録塔の崩壊事故”。塔の中に、今のような区画ができる前の話だ。塔の心象路線が暴走して、一帯が吹き飛んだ。……あの時、一台の召喚タクが戻らなかった」
ルイの呼吸が止まる。
主任の視線が、短く彼をかすめた。
「その便の名は“第九便”。――聞いたことがあるだろう?」
「……はい」
沈黙が降りた。
ミナは空気の変化を察して、そっと主任とルイを見比べた。
主任はゆっくりと背筋を伸ばし、笑みを浮かべる。
「塔の再送路を修復できるのは、今やお前だけだ。だから、ここに残した」
「命令ですか?」
ルイの声は静かだった。
「期待だ」
主任の声がやわらかく響く。
「……あの時の残響が、まだこの塔のどこかにある。いつか、お前の手で再送してやれ」
ルイは小さくうなずいた。
「了解」
主任が外套を翻し、出口へ向かう。
「さて、戻るぞ。昼寝の時間を削られる前にな」
「またそれですか」
ミナが笑い、ルイもわずかに息を吐いた。
塔の上層を吹き抜ける風が、遠くの鐘を鳴らした。
その音はどこか懐かしく、少しだけ温かかった。




