第13話 沈んだ路線の再送――後編――
橋の手前で、地面が震えた。
霊体馬が嘶き、車体がわずかに浮く。
「地盤、崩れてる!」
ミナが叫ぶ。
「支えろ!」
ルイは手綱を引いた。
青い路線の光が橋の継ぎ目で裂け、亀裂が走る。
次の瞬間、馬車が傾いた。
ミナの体が外へ投げ出される。
「ミナ!」
ルイは反射的に手を伸ばした。
指先がぎりぎりでミナの手首をつかむ。
霊体馬が足を踏ん張り、後輪が宙で空回りする。
崩落する足場の下には、青い光の奔流――記録の流れが渦を巻いていた。
「ルイ、手を離さないと、二人とも――!」
「離すな!」
「でも――!」
「いいから、掴め!」
ミナが涙をにじませながら頷き、馬車の縁をつかみ直す。
ルイは片手でミナを引き上げ、もう片方で手綱を操った。
霊体馬が嘶き、蹄から光が散る。
「踏ん張れ!」
ルイの声に反応し、車体が前へ押し戻された。
ルイたちは同時に床へ転がり込む。
橋が崩れ落ち、下の流れに飲み込まれて消える。
しばらく息を整えてから、ミナが小さく笑った。
「……いまの、ギリギリだったね」
「毎度のことだ」
「いやいや、これ普通じゃないって!」
ルイは立ち上がり、壊れた橋の向こうを見つめた。
光の中に、誰かの姿が一瞬だけ見えた。
少年の背中。帽子。
それを見た瞬間に、胸の奥で痛みが走った。
「ルイ?」
ミナの声が届く。
「……見えた。昔の運転士仲間だ」
「この路線で?」
「ああ。第九便の時、俺と一緒にいた。けど――帰れなかった」
霊体馬が静かに鼻を鳴らす。
ルイは目を閉じ、手綱を握った。
「この路線、あいつが導いたはずだ。今もどこかで、“走ってる”」
「ルイ……」
そのとき、崩れた先の水面が再び光った。
光が波のようにせり上がり、幻影のような列車の輪郭が現れた。
音もなく、青白い列車が通り過ぎる。
それは、召喚タクができる以前の記録運送路――“初期路線”の車両だった。
運転席には、たしかにあの少年がいた。
少年は振り返らず、ただ前を見ていた。
ミナが小さく息をのむ。
「……まだ、走ってる」
「記録が残ってるだけだ。けど、それで十分だ」
ルイは札を取り出し、光にかざす。
欠けていた記録の線が、ゆっくりと繋がっていく。
途切れていた第九便の記録が、ひとつのルートに戻った。
ミナが微笑む。
「これで、やっと繋がったんだね」
「ようやくだ。長かった」
札の光が静かに収まり、橋の残骸が消えていく。
かわりに新しい光の路線が伸びた。
「戻るぞ」
「了解」
霊体馬が足を踏み出す。
光の橋を渡ると、空気が柔らかくなる。
視界の奥で、記録塔の天井が見えた。
地上の空気が戻る。
ミナが息をつき、笑顔を見せる。
「ルイ、今の記録……保存されてる?」
「ああ。もう消えない」
「そっか」
ミナは少し黙り、そして小さく言った。
「じゃあ、あの子も“帰れた”んだね」
「帰れたさ。記録の中で、な」
ルイは扉を開け、光の向こうに手綱を向けた。
霊体馬が嘶き、再送の風が吹く。
「戻ろう。次の依頼が待ってる」
「うん!」
馬車が光を残して進み、塔の出口が見えた。
新しい朝の光が、ルイたちの影を照らしていた。




