第13話 沈んだ路線の再送――前編――
回収指定が出てから半日。
ルイとミナは、記録課の許可を得て“記録塔”の下層へ向かっていた。
「ここが、記録塔……?」
ミナが見上げる。塔の天井は霧に隠れ、最上階まで見えない。
「記録の保管と再送の中心だ。普通は運転士でも立ち入り禁止なんだが、今回は特例だ」
ルイは配車札をかざし、封鎖ゲートの光をくぐった。
札の縁には〈回収指定・第九便〉と刻まれている。
塔の奥には、地底へ続く階段があった。
壁の魔導灯がまばらに点滅し、足音がわずかに反響する。
「こんなに下まであるんだ……」
ミナが手すりをなぞりながら言う。
「記録塔の地下は、心象路線の基部だ。記録塔の中でも、最古の路線が走ってる」
ルイは懐中灯を取り出し、前を照らした。
光の先に、崩れた線路が見える。鉄と石がねじれ、床の一部が沈み込んでいた。
「ここが、失われた第九便のルート?」
「そうだ。記録塔の中で唯一、運行記録が途絶えた区間だ」
霊体馬が鼻を鳴らし、蹄で石を叩いた。音が響き、空気がわずかに揺れる。
「……生きてるね、この道」
ミナが目を細めた。
「心象路線は“記録の流れ”そのものだ。崩れても完全には消えない。俺たちの仕事は、それを繋ぎ直すこと」
ルイは手綱を握り、霊体馬を前へ進めた。
地上よりも空気が重く、光が濁って見える。
「ルイ、この辺り……風、止まってるよ」
「魔力の流れが滞ってる証拠だ。気を抜くな」
次の瞬間、足元がぐらりと傾いた。
霊体馬が踏みしめた床がひび割れ、石片が下へ崩れ落ちる。
「わっ――!」
ミナが手すりにしがみついた。
ルイは手綱を引き、車体を反転させる。
崩れた床の下には、光の筋が縦に走っていた。
それは途切れた再送路線――心象界と現実を繋ぐ“記録の道”の断片だった。
「下に行く」
「え、崩れた場所に!?」
「そこが接続点だ。放っておくと記録が歪む」
ルイは短く息を吸い、手綱を引いた。
霊体馬が宙を踏むように跳ね、馬車ごと下層へと滑り降りる。
空間の境界がねじれ、視界が暗転した。
足元の石畳が水面のように変わり、波紋が走る。青い光が車輪の跡を追って伸びていく。
「これ……線路が“記憶の川”になってる?」
「その通りだ。崩壊区画では、物質よりも記録が優先される。だから形が曖昧になる」
ルイは慎重に馬車を進めながら、後ろを振り返る。
「ミナ、記録札の反応は?」
「光ってるけど、揺れてる。安定してない」
「補正をかけろ。流れを整えながら進む」
「了解!」
ミナが両手を札に当てると、光が波紋のように広がった。
水面が静まり、進行方向に一本の光の道が見える。
「……これで、通れる」
「よし、維持しろ」
ルイは息を整えた。
車体が軋み、霊体馬が一歩ずつ前へ進む。
水面のような道の上で、蹄が静かに音を立てる。
ミナが小さく笑う。
「ねえ、なんか冒険してるみたい」
「遊びじゃない。ここは記録の“底”だ」
「分かってるってば」
馬車の前方で光が弾け、無数の紙片が宙を舞った。
記録の断片――第九便で失われた“記憶の破片”だ。
ミナが手を伸ばす。
「これ、全部……ルイが見た景色?」
「たぶんな。運転士の記憶は路線にも残る。だから、崩れると俺自身も引きずられる」
自分でもわかるほど、声が低くなっていた。
「運転士ってのは、ただの操縦者じゃない。心象を通して他人の“道”を走る仕事だ。間違えたら、誰かの記憶ごと壊す」
「……責任、重いね」
「当たり前だ。けど、それを背負わなきゃ、誰も運べない」
ミナは小さくうなずき、視線を前に戻す。
「だったら、ちゃんと繋げよう。今度は、最後まで」
「その意気だ」
霊体馬が鼻を鳴らし、前方の水面がふっと明るくなった。
青い道の先に、崩れた石橋が見える。
橋の中央で、淡い光がゆらめいていた。
ルイは手綱を握り直す。
「核心点、見えたな」
「行こう!」
馬車が速度を上げ、光の中へ滑り込む。
青い波が車輪を包み込み、世界が一瞬、白に染まった。




