第12話 眠れない車庫と記録の夢――後編――
まぶたの裏が熱くなり、ルイは短く息を吸った。
視界に戻ったのは、夜明け前の車庫だった。
報告書の紙が机から落ち、床に散らばっている。
霊体馬が小さく嘶き、こちらをのぞき込んでいる。
「……悪い、起こしたな」
ルイは額を押さえ、ゆっくり椅子に腰を下ろした。
心臓の鼓動がまだ速い。
夢――いや、“記録の残響”だった。
扉の方を見る。
半開きのまま、薄い光が残っていた。
その光がゆっくり消えていくのを、ただ黙って見送った。
「ルイ?」
背後から声がして、振り返る。
ミナが寝ぼけたような顔で立っていた。
髪が少し乱れ、手にはカップを持っている。
「……起きてたのか」
「うん。なんか、変な夢見た。扉の向こうに古い駅があって、私、鍵を渡してた」
ルイは動きを止めた。
「それ、いつの話だ?」
「今。たぶん、今見てた夢」
ミナは首をかしげ、ぼんやりと扉を見た。
「もしかして、また心象界がつながってた?」
「……そうかもしれないな」
ルイは机の上の報告書を拾い集め、ペンを置いた。
紙の間から、薄い灰色の粉が落ちた。
触れると、さらりと消える。
あの封筒が燃えたときの灰と同じだった。
「ルイ、それ……」
「記録の欠片だ。夢で見た便の」
「やっぱり、あったんだね。失われた依頼」
ミナの声が小さくなる。
「前に主任が言ってた。“一度だけ報告の抜けが出た”って。もしかして、そのときの……?」
「話すと長い。だが、いずれ説明は必要になる」
ルイはペンを取り、報告書の余白に一行を書き込んだ。
〈第九便 記録不完全〉
「ログに残すの?」
「消えてる記録は、もう俺たちの手じゃ直せない。でも“覚えていた”ことは、残せる」
ミナは少し黙ってから、頷いた。
「……うん。そういうの、大事だと思う」
そのとき、机の端に置かれた配車札がかすかに鳴った。
光は弱いが、確かに反応している。
「呼び出し?」
ミナが身を乗り出す。
「違う。これは……記録課の信号だ」
ルイが手を伸ばし、札をひっくり返す。
裏面に〈回収指定:運転士ルイ〉の刻印が浮かんでいた。
「回収指定……ってことは?」
「“失われた便”の確認命令だ。記録課が動いた」
ミナが顔を上げる。
「じゃあ、次の依頼は――」
「俺の過去だ」
ルイは短く答え、報告書を閉じた。
霊体馬が静かに鼻を鳴らす。
外では夜明けの光が差し、空がわずかに青みを帯びていく。
「ミナ」
「うん」
「次の便は慎重にいく。たぶん、普通の配達じゃない」
「了解。怖くても、“順番どおり”にね」
ミナが笑う。
ルイもわずかに口元を緩め、手綱を取った。
朝の風が車庫に流れ込む。
その中で、未来便の鍵が胸ポケットの中で小さく音を立てた。




