第11話 未来便と小さな鍵――後編――
ルイは掌の上で鍵を転がした。
冷たいはずの金属に、わずかなぬくもりが残っている。
今戻ってきたばかりの鍵は、まるで呼吸しているかのように微かに震えていた。
「……本当に戻ってきたんだね」
ミナがそっとのぞき込む。
「未来を経由した便は、たまにこうして戻ってくる」
ルイは淡々と答えた。
「使われたあと、宛名のとおり“運転士宛て”で返却されたんだ」
ミナは鍵を見つめ、唇を噛んだ。
「……ねえ、これ、返したほうがいいんじゃない?」
〈再送便の物品は、受け取り確認後に記録課へ返却〉――主任の言葉が頭をよぎる。
「記録課へ返す必要はない」
ルイは静かに言った。
「宛名が未来のおまえ――つまり“未来指定”なら、送り主はまだ存在しない。そういう便は、例外的に受取人が一時保管するんだ」
「でも、その鍵って、“未来の私”が送ったものでもあるよね?」
「そうだ。けど、元々の依頼主ってわけじゃない。“未来のおまえ”は、回収便の送り主だ。つまり、ただの経由地」
ミナは小さく首をかしげた。
「……なんか、複雑だね」
ルイは鍵を見つめ、指先で軽く回した。光の筋がゆっくり消えていく。
「回収便の宛名は俺だ。だから、俺が保管する。規定どおり、記録扱いになる」
ミナは少し考え込んでから息を吐いた。
「……不思議だね。誰も書いてないのに、ちゃんと届くなんて」
「届いたのは、まだ言葉になっていない気持ちだな」
その言葉に、ミナは小さく笑った。
馬車の中を風が抜け、二人のあいだで髪が揺れる。
霊体馬が短く嘶き、ルイは軽く手綱を握り直した。
「さて、記録処理の準備をしよう」
「うん。……ねえ、ルイ」
「なんだ」
「“未来指定”の便って、誰が読むんだろ?」
「いつか、俺たちじゃない誰かが読む。そういう便だ」
ミナが少しうなずいた。
「じゃあ、そのときまで大事に保管しなきゃね」
「ああ。それも仕事のうちだ」
ルイは鍵を胸ポケットにしまい、軽く叩いた。
光は静かに消え、車内の空気が落ち着いていく。
霊体馬が鼻を鳴らす。ミナはその音に顔を向けて、少し笑った。
「ねえ、未来指定って、なんだかロマンチックだね」
「どこがだ」
「“未来からの約束”みたいだから」
「現実的じゃない約束は、あとで面倒になる」
「それでも、私は好きだな」
ルイは肩をすくめて苦笑した。
馬車がゆっくり動き出す。
扉の縁に残った水色の光が、まだ消えずに揺れていた。




