第11話 未来便と小さな鍵――中編――
木箱の底が小さく揺れた。
中にはもう一枚の札が入っていた。今度は宛名つきだ。
〈運転士へ〉
ルイが札を取る。指先には微かな熱が伝わってくる。
書かれた文は短い。
『その鍵、返ってくる。受け取るのは“あなた”だ』
ホームの空気が揺れ、遠くで列車の音が聞こえた気がした。
霊体馬が耳を立て、蹄をわずかに動かす。
「……回収便だな」
「鍵、戻ってくるの?」
「たぶん別の未来を経由して」
掲示板が再び光り、〈到着まで四分〉の数字を示した。
ミナがルイを見上げる。
「受け取り、私がやる?」
「いや、俺の宛名だ。俺が受け取る」
ルイは姿勢を低くし、扉の前で待った。
白い光が線になって近づいてくる。列車ではなく、細い筋のような輝きだ。
手を伸ばすと、光が掌に触れた。冷たい金属の感触が残る。
手を開くと、真鍮の鍵が戻っていた。タグの文字だけが違う。
『運転士へ 返却:任務完了』
ミナが目を丸くする。
「今の、どうやって――」
「未来で使って、戻してきたんだろう。誰が、どこで、までは分からない」
掲示板の光が消え、ゼロ番線の線路が霧のようにほどけていった。
ホームは静けさを取り戻す。駅名標だけが残り、文字がゆっくりと浮かび上がった。
〈心象駅:分岐〉
ミナが小さく笑った。
「“分岐”、ね。私、ちゃんとこっちの道を進めるかな」
「進めるさ。証拠がある」
ルイは鍵を軽く掲げた。
「ちゃんと戻ってきただろ」
ミナの顔に、ようやく安心の色が戻った。
主任の声が札越しに響く。
『未来便のログが不安定だ。帰還を優先しろ。報告は簡潔にな』
「了解」
ルイは鍵を箱に戻し、蓋を閉じた。
霊体馬が首を振り、扉の向こうに帰り道が細く伸びていく。
「ルイ、その鍵――」
「規定どおり保管だ」
「うん。……ねえ、さっきの“手順どおりに”って言葉、ありがと」
「前にお前が言ってた。“怖いときは順番どおり”だろ」
ミナが照れくさそうに笑う。
ルイは小さく息を吐き、手綱を握り直した。
ホームの端で風鈴がかすかに鳴った。
未来から届いた「ありがとう」だと、ルイは思った。
「帰るぞ。続きはまた来る」
「了解、召喚タク、帰還運転!」
霊体馬が動き出す。
駅名標の光が遠ざかり、水色の輝きが朝の厩舎に溶けていった。




