第1話 召喚タクは“心の中”まで迎えに行きます――後編――
工房の中は静かだった。
壁も棚も、形はあるのに輪郭が薄い。まるで思い出の途中で止まっているようだ。
ルイは手綱をゆるめ、呼吸を整える。
「道は安定してる。焦らず行こう」
「うん」
ミナはキャビンで頷く。
「では、続けましょう。次は?」
「……金属を溶かし、型に流した。冷ましたあとは……」
男は眉をひそめる。
「研磨、だ。磨いて、光らせた」
その言葉に合わせて、作業台の上の影が明るくなる。
鉄を削る音が、微かに響く。
ルイは短く言った。
「計器、青域。順調だ」
男は続ける。
「あとは刻印を入れて、渡すだけだった。なのに……」
口をつぐむと同時に、光が濁る。
床が揺れ、扉がきしんだ。
「危険レベル上昇!」
ミナが叫ぶ。
「オレンジ越え!」
ルイは手綱を強く引いた。
「旦那、今は思い出を止めて。息を整えてください」
「だが、あの夜、あいつが――」
「落ち着いて。核心を急がない!」
ミナの声が響く。
霊体馬が鼻を鳴らし、壁が少しずつ元に戻る。
ミナは男の正面で言葉を選ぶように口を開いた。
「大丈夫。刻印は、どんな形でしたか?」
「……花の形、だった」
「優しい形ですね」
ミナが笑う。
「その花、誰のためにつくったんですか?」
「……妻だ」
その瞬間、炉の火がふっと灯る。
赤い光が工房を照らした。
「よかった」
ミナが息をつく。
「思い出しましたね」
「……ああ。だが渡せなかった。怒鳴って、扉を閉めて、それきり……」
男がうつむく。指針が黄を越えて赤域へ。
「これ以上は危険だ」
ルイは低く言う。
「感情があふれると、帰り道が閉じる」
「でも、ここで止まったら、この人は一生“渡せなかった”ままだよ!」
ミナの声に迷いがない。
ルイは一瞬手を止め、うなずいた。
「……わかった。やってみろ」
ミナは男の目を見て、静かに言葉を重ねた。
「今ここにいるのは、過去のあなたじゃありません。今のあなたが、あのときの自分を許してあげてください」
「……許す?」
「そう。もう一度、言ってみてください。心の中の彼女に」
男は手を握りしめ、目を閉じた。
「……ごめん」
――カラン。
工房の扉がゆっくり開く。
作業台の上に、花の刻印の指輪が現れた。
計器の針が青域に戻る。
ミナの胸ポケットの定期券が柔らかく光った。
「未練、解消」
ルイは息を吐いた。
「トークン確認」
男の掌に光が集まり、支払い用の“未練トークン”が形を取る。
「運賃、これで足りるか?」
「十分です」
ミナは微笑んだ。
「お疲れさまでした」
霊体馬が鼻を鳴らし、ルイは手綱を引く。
「帰路、確保。再送完了」
馬車が動き出すと、工房の風景が薄れていく。
炉の火が消え、棚が霞み、草原が戻った。
男の姿も静かに溶けていった。
★ ★ ★ ★
現実の路地。
ルイは御者台で大きく息を吐く。
「ふう、今日も無事帰還」
「お疲れさま。いい仕事だったね」
ミナが笑う。
霊体馬を厩舎へ戻すと、主任が腕を組んで待っていた。
「おかえり。報告は後でいい。……その定期券、見せて」
「これですか?」
ミナが取り出すと、定期券がピッと音を立てて光った。
「やっぱり。これ、欠陥品だな」
主任がため息をつく。
「最後の持ち主の“未送達”を勝手に拾うタイプだ。放っとくと、次の依頼を自動で呼ぶ」
「え、勝手に?」
ルイが眉を上げた。
「そう。今ので新しい呼び出しが入った。定期券の所有者経由だ」
「つまり、ミナの……?」
定期券がもう一度ピッと鳴る。
「……今、光ったよね?」
ミナが固まる。
主任はため息をついた。
「明日、朝イチだ。その定期券が拾った未送達。次の乗車、もう決まってる」
「また?」
ルイは苦笑する。
ミナは胸を張った。
「ってことは、今度は最初から私の依頼だね。私が導く番!」
「おう。運転は任せとけ」
厩舎の奥で霊体馬が鼻を鳴らした。
風が通り抜け、ミナの手の中で定期券がほのかに光る。
新しい記憶の呼び声が、遠くで鈴の音のように響いていた。




