第1話 召喚タクは“心の中”まで迎えに行きます――前編――
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本作は、心の中にできた“未送達(届かなかった想い)”を届け直す仕事、《召喚タクシー(記憶再送馬車)》を舞台にした異世界お仕事ファンタジーです。
一話完結寄りで進むので、どこからでもお気軽にどうぞ。
泣けたり笑えたり、ちょっと心が温かくなる話を目指して書いています。
※中編予定、だいたい4~5万字完結を考えています
召喚タクシー――正式名称、記憶再送馬車。
人の心にできた迷宮を走り、置き去りの記憶を届けるための馬車だ。
前を行くのは霊体馬。風のような脚で宙を踏み、車体の縁には淡い魔力線が流れている。
御者台にはルイ。見習い運転士で、記憶再送課の仕事を覚えたてだ。
隣に座るのはガイド見習いのミナ。明るく、どんな状況でも笑っていられる。
ルイは手綱を握り直す。
「今日の便、種類は?」
ミナは紙束をめくり、ちらりとルイを見る。
「感情調整便。本人は課に“相談”を出しただけみたい」
「つまり、馬車が来るとは思ってないパターンか」
ルイは頬をかいた。
「うん、最初に驚かせないよう、ゆっくり近づこうね」
ミナは軽く笑う。
「了解。出発前の確認――安全三原則」
ミナは指を三本立てた。
「一、帰り道は必ず残す。二、扉から離れすぎない。三、核心を急がない!」
「よし、完璧。呼ぶぞ」
ルイは霊手綱を軽く引いた。
ミナは路地の石柱に再送札を差し込む。
――空気がパチンと切り替わる。
石畳の先が草原に変わり、世界の方がこちらへ繋がってきた。霊体馬が鼻を鳴らし、たてがみが揺れる。
「今日は世界側からの接続だね」
「依頼の念が強いと、向こうから来るんだ」
ルイは軽く笑い、手綱を締める。
馬車が草の上を滑るように進む。前方に光の石道が浮かび、それが安全ルートになる。
箱形キャビンの再送扉は半開き。その隙間が、現実と記憶をつなぐ転位窓だ。
やがて、草の中に年配の男の立っている様子が見えてきた。革エプロン姿で、手には煤が残る。
こちらを見て、小さく手を振る。
扉の蝶番がカランと鳴った。迷宮との接続音。
ミナは扉越しに声をかけた。
「記憶再送課です。ご相談の方ですね?」
「ああ。確かに相談はしたが……まさか馬車が来るとは思わなんだ」
「この馬車は、心の中まで迎えに行くためのものです。驚かせてすみません」
ミナは穏やかに微笑む。
「行きたいのは、昔の工房だ」
男の声には、迷いが混じっていた。
「目的は?」
ルイは手綱を保ちながら尋ねる。
「指輪の金型を取り戻したい。それを渡せていれば、喧嘩にならずに済んだ」
ミナは小さく息をのんだ。
「未練、強め。でも整理はできそう」
「了解。では、ご乗車ください」
ルイは手綱をゆるめた。
「扉は半開きのまま進みます。あの隙間が帰り道です」
男はキャビンに腰を下ろした。
その瞬間、半開きの扉の外に光の道が延び、遠くで工房の影が形を取る。
霊体馬が耳を立て、ルイは手綱を軽くあおった。
「再送開始、進行!」
馬車は草原を抜け、光の石道の上を進む。
扉の向こうで、草が壁へ、空が天井へ、風が木と鉄の匂いへと変わる。
キャビンの窓から見える景色は、もう半分が工房の内部だ。棚、作業台、炉。近づくたびに輪郭がはっきりしていく。
「この瞬間、毎回わくわくする」
ミナは小声で笑った。
「世界が切り替わる音、好き」
「俺は毎回、手綱が汗で滑るけどな」
「滑らせないで!」
「努力する」
工房の扉がはっきり形を取り、再送扉と噛み合った。
ミナの胸ポケットの定期券――未送達に反応する札――が、じゅっと熱を帯び、角が赤く光る。
「また光った。やっぱりこの定期券、普通じゃない」
「別の“未送達”にも反応してるんだろう。帰りに主任へ見せよう」
「うん。――でもまずは、このお客様」
ルイは手綱を整え、御者台から声をかけた。
「到着です、旦那。ここからは思い出す順番で進みましょう。扉は開けたまま。道を残しながら、ゆっくり行きます」
男はこくりとうなずき、半開きの扉の向こうに視線を向ける。
記憶の工房は、今にも完成しそうなところで止まっていた。
作業台の中央だけ、光が落ちている。
ミナは男の正面に身を寄せ、扉越しに声をかけた。
「大丈夫。順番を教えてください。最初に何をしましたか?」
「……金属を溶かした」
「次は?」
「金型を置いた」
その言葉に合わせて、作業台の上にはっきりした金属の枠がパチンと音を立てて現れる。
馬車の床がわずかに軽くなる。未練が一つ、ほどけた合図だ。
「いい調子。続けましょう」
ミナの声が明るく響く。
ルイは手綱を整え、扉から流れ込む工房の空気を吸い込んだ。
ここからが本番だ。
次回は、第1話後編を公開予定です。




