猫魔王が襲って来た退魔師とやらを、逆に返り討ちにするにゃん!
我は猫妖怪の王にゃんにゃんにゃん虎じゃ、昔から人間を襲っては食っておったんじゃが、近代になって奴ら人間も力をつけ歯向かうようになった。
人間共は霊媒師や祓い師などを仕向け、我らを追い払おうとする。しかし我の敵ではない。のこのこ我のテリトリーに踏み込んで来たキャツらは全て返り討ちにして食べてやったわ。
「くく、人間よ。いかに力をつけたとしても、我に勝てるわけがないのじゃ……」
グンマーの山奥の根城で我は捕まえた保健所職員の男を椅子にして座り、好物のキャットフードカリカリをバリボリ食べる。昔は人喰っておったが、最近は人間が作ったキャットフードの味の方が正直美味い。だからもっぱら主食はカリカリよ。
「あ、あの〜〜す、すいませんがお、お嬢さん」
「ん……なんじゃ人間?」
人間椅子が怯えるように上目遣いで我を見あげ話し掛けてきた。まぁ良い。我を恐れるのは当然のことよ。しかし我のことを小娘と勘違いしたのは許せぬな……。
確かに我の見掛けは16、7程度のか弱い少女に見える。じゃが、虎柄の猫耳と五本の尻尾と鋭い爪が付いておる歴とした猫妖怪じゃ、しかも猫妖怪を統べる猫魔王なのじゃあ。
「ふうむむ〜……まぁ良いなんじゃ?」
「何故私はこんな目に……」
「はあっ? お前ら人間は、我ら猫族にやってきたことを忘れたかっ!?」
「え……お嬢さんね、猫だったのですか?」
「なぬっ……」
指摘され我の猫耳がピクンと動いた。
「今頃気づいたか人間めっ、コレを見ろ!」
不本意だが、猫耳をピクピク動かして見せた。これで人間も我が猫魔王と信じるじゃろう。
「へえ〜良く出来た動くカチューシャですね。それよりそろそろ帰らせていただきませんか?」
「……主は〜まだ我を信じぬかぁ、ならば死ね」
我のツルツルの手から体毛がワサワサ生えサイズも肥大化する。そして鋭い爪が生え凶暴な虎の手に変化した。見た目は猫球グローブのように箸すら持てぬ分厚い手だが、器用さを捨てた代わりに圧倒的な戦闘力が備わる。
「おりゃっ!」
バキッ!
試しにこの手で近くに生えていた杉の木を引っ掻くとバキバキと幹が折れた。
「力抜いたつもりが、幹ごと折ってしまったわい」
「ひっ!ばっ、化け物っ!」
保健所の男が我に怯えて腰を抜かした。
「なんじゃ、今更かいな……じゃがもう遅い。お前らに処分されていった猫族の無念ここで晴らせてもらう……」
「ひっ! ゆっ許してぐださいっ!」
保健所の男が我に土下座して手を合わせた。しかし今頃誤ってももう遅い。
これまでコイツに連れて行かれ殺処分された猫たちのために、許すわけにはいかないのだ。
我は爪を保健所の男の首筋に当てた。
「待て」
「む、誰じゃ」
背後から見知らぬ男の声がして振り返ると、剣鞘を腰に装備した黒い短髪の男がいた。
出立ちは黒皮ジャケットを羽織り、黒デニムパンツを履いき、年齢は二十代位の若僧だ。
しかも小癪なことに、端正な顔立ちと切れ長の瞳は中々の美形だ。
「誰じゃと聞いておる……」
「魔物ごときに名乗るつもりはない」
そう吐き捨て男は剣を鞘から引き抜き片手で構えた。しかし妙な西洋剣だ。七色の丸い宝石が剣のガード部にはめられている。赤、青、黄、緑、紫、琥珀、黒と、その輝きはなにを意味しているのかは不明だ。
まぁ単なる飾りであろう。
「ほ〜う、若造よ、この我をただの魔物と侮ってるな……良かろう。名乗らぬのなら、殺してからじっくり貴様の名を調べようぞ……」
我は右手の平を前に出し、青く光りクルクル回る魔法陣を展開した。
「……この魔法陣まさか……」
「ほうっ、興味を示したか、ならば教えてやろう。これは異世界からの魔物や人を召喚出来る魔法陣じゃっ、出でよっ異世界の魔物よっ!」
魔法陣が発光し、中から魔物が出て来た。召喚される魔物はランダムでなにが出るかはお楽しみだ。
黒く蠢く塊が魔法陣からボトリと落ちた。体長訳30センチのゼリー状の塊。そいつが次第にハッキリしてくる。
異世界の魔物を見た男の右眼が驚いたように見開いた。
「こ、これはスライム……」
「ほ〜う、詳しいのう、確かにこれは我が異世界から召喚したブルースライムじゃ」
「スライムなら数え切れないほど葬ったからな。しかしお前が何故スライムを召喚出来る?」
「は? 知らんっある日気づいたら異世界の魔物を召喚出来るようになっただけじゃ」
「なるほど……お前か? この俺をこの世界に召喚したのはっ!?」
「なっ、なにを言っておる……さっぱり分からぬ。ええいっごちゃごちゃ言いおって、貴様などブルースライムで充分じゃわいっ!」
我は男に向かってブルースライムをけしかけた。我が召喚する魔物の中でスライムは最弱じゃが、現代人程度なら簡単に殺せる。
ブルースライムが男に向かって飛び、身体を絨毯のように広げた。一度スライムに取り込まれたら最後、一瞬で消化され終わりじゃの。
我はたかをくくっていた。
しかし男は剣を両手で構え目を瞑った。すると剣の赤色の宝石だけが光ると刀身が真っ赤に変色し、男が目をカッと見開き剣を縦に振り、スライムを真っ二つにした。
「滅せよっ炎の斬撃ぃっ!」
だが攻撃は終わらない。剣に炎がまとい振り回しスライムを細切れにし消滅させた。
「ほ〜う、やりおる」
「さあ答えろ。この俺をこの世界に召喚したのはお前かと聞いている……」
「はあっ知らんなぁ? 人違いなんじゃなかろうか、そもそも我は異世界人はまだ召喚したことはないぞ」
「その言葉本当か猫……?」
「ひっ!」
いつの間にか男が我の目と鼻の先にいて睨んだ。
殺気を感じた我はうしろにさがった。
「うっ、嘘は言わんっ猫魔王の名に賭けて」
「そうか魔物違いか……なら、貴様に用はない」
今度は剣の刀身の色が金色に輝き、男は目線に掲げた。
「これは魔封じの刀身だ。お前が俺が追っている魔物ではなかったが、人喰い化け猫と分かれば話しは別だ。この手でお前を斬る」
「フンッ愚か者め。刀身の色を変えた位で我に勝てると思うな!」
剣を両手で構え向かって来る男に我は、鉄パイプも両断する猫の爪で立ち向かう。
ギンッ!
攻撃はほぼ同時だった。我の引っ掻き攻撃が男の右肩をえぐり一瞬苦悶の表情を浮かべる。
しかし交差する直前っ剣が我の腹を斬った。
「ぐっ! し、しまっ!」
「終わりだっ化け猫っ!」
「ぐっ、な、舐めんなっぐぐっがあっ!」
「むっ!」
我は八つ尻尾の巨大化け猫の姿に変化した。いや、これが本来の姿だ。さっきまで我を見おろしていたこの男を逆に見おろす側よ。
「にゃにゃにゃ〜〜あ! これが猫魔王様の真の姿よ。人間よ、今さら謝ってもゆるさんぞごろにゃ〜っ!」
爪と牙を剥いて男を威嚇した。
「見掛け倒しだ……」
「にゃにっ……デカくなった分っなおさら切り易い的だっ!」
「にゃんじゃと〜っ、負け惜しみをっ! 五倍巨大になった我に勝てると思うなよっ!」
「さっきからごちゃごちゃと!」
「にゃっ!」
我の引っ掻き攻撃を潜り抜けた男が懐に潜り込み腹を突きっ切り裂いた。
「ぐっ、馬鹿な……我が人間ごときに……ぐにゃっ!?」
足がヨロめき全身が爆ぜ目の前が真っ暗になった。これが敗北だと言うのか……。
△ △ △ △ △ △
しばらく暗闇の中我は眠っておった。すると誰かが我の額を棒がなにかで突いた。
せっかく気持ち良く眠っておるのに我の眠りを妨げるとは、よっぽど死にたいのか……。
「おいっ、化け猫っ起きろ」
「にゃっ!」
今度は強く突いてきた。流石に鬱陶しくなってきたので目を開けた。すると視界に剣の柄頭で我のデコを突く男の姿が見えた。
「なにをしておる貴様……にゃん……」
半身を起こした我は男を睨んだ。しかし違和感を覚えた。何故語尾にあざとい『にゃん』をつけた? 我は猫魔王だから普通だと思うだろうが、普段からあえて猫口調は避けている。
「目を覚ましたか」
「我を斬っといてふざけるなにゃん! あ、あれ……? なんだこのふざけた猫口調語尾にゃ……にゃっあっ!?」
『馬、馬鹿な……』脳内はいつもの威厳ある口調で喋っているつもりが、何故か語尾に『にゃん』が追加される。まさに不本意で仕様のような……。
一体何故だ……まさかあの、時変な剣で斬られたからかっ!?
確信に至った我は上体を起こし、男の顔を見あげた。ちょっと待て、妙に奴がさっきよりデカく見えるぞ……。
ま、まずは立ちあがってもう一度この鋭い爪で……あ、あれっ? 巨大化した獣の手が丸っこくて小さいぞ。いつの間にか子虎みたいに小さくなっている。
それになんだか着物がぶかぶかで動き辛いぞ。なんでじゃっ!
「ふぎゃっ!」
歩き出そうとしたら着物の裾が石に引っ掛かり、盛大にコケて地面に顔面をぶつけた。
「ぐうう……」
起きあがると着物がスルリと肩からズリ落ちた。するといつの間にか我は裸になっておった!
都合良く着物もサイズダウンといかないか……。
しかもあったハズの胸の膨らみが忽然と消え、真っ平らの胸板に変わり果てていた。
これで理解した。
我の身体が幼女サイズまで縮んだのじゃ、そしてやったのは目の前の男じゃ……。
その男が近づく、我は牙を剥いて睨んだ。
「こんな身体になってもまだ抵抗する気か……なら服従させるのみだ」
「や、やれるものならやって見ろにゃんっくっ……」
強制猫語尾かよ……。
「そうか……希望通りやらせてもらう」
男はジャケットの内ポケットから赤い首輪を取り出して見せた。首輪と言っても犬猫につけるタイプだ。
「うぬぬ……コイツ……にゃん」
歯軋りしながら奴をにらんだ。そう、我をそこらの犬畜生と一緒にしたのが許せなかった。
だがちびっ子になっても負ける気はせん。カッとなった我は着物を投げ捨て男に飛び掛かった。どうせ未発達の身体だ。見られても恥ずかしくはない。なに、奴を殺せば見られた事実を消去出来る。
さて、次に斬られたらお終いじゃが、逃げ場のない我が出来る手はコレしかないのじゃあ。
空中でクルッと回転して右腕を振り絞る。
「喰らえっ猫パンチッふぎゃっ!?」
猫パンチを喰らわせようとしたが、男が先にリーチの長い足で我の腹を蹴って吹き飛ばした。やはり手足が短いちびっ子の身体じゃ手が届く前に、大人に攻撃を許してしまうか……。
一体この縮んだ身体でどうやって大人に一撃を与えられる?
答えが出る前に我は気を失った。
△ △ △ △ △ △
「おいっ起きろ化け猫」
ゴスッ!
「ふんっにゃああっ!?」
せっかく気持ち良く寝ておったのに、腹を踏みつけられ飛び跳ねるように目覚めた。
夢かと思ったら、現実にあの無愛想な男が我の腹を踏みつけていた。
「良くこんな可愛いちびっ子に、こんな酷い仕打ちが出来るなにゃ」
「黙れっ自分が可愛いだと? 自惚れるな化け猫。それよりお前は今日から俺の従魔にしてやる」
「従魔だと……人間ごときに我を従魔などとにゃっ……くっ、なんだこの語尾は、にゃん……」
「お座り」
「にゃんっ!」
この男の命令を聞いたら勝手に身体が動いて正座した。一体何故だ……すると首に違和感があった。下を向くと我の首に真っ赤な首輪がはめてあった。しかも首輪と言っても洒落たものじゃない、それはまるで犬に着ける首輪だ。
「この首輪はなんにゃ?」
「これは天使からもらった絶対服従の首輪と言って、はめたら最後、魔物は主人の命令に逆らえなくなる」
「なんだとっ! こ、この首輪を今すぐ外すにゃ」
「は? なんで主人が従魔に従うと思ってんだ?」
「にゃに……」
一方的に言うだけで、コイツマジで話しが通じんな。しかし首輪をつけられ完全にドツボにハマったな……。
「あ〜っお前のせいで力を使って腹が減ったな。そろそろ山に降りて飯くうかな」
「おい待つにゃっ」
「ああそうか着る服なかったかちょっと待ってな」
男はそう言ってリュックから子供用の巫女服を取り出し、我に向かって放り投げた。
何故子供用の巫女服持っている……裸になった我をしばらく放置してたしまさか……。
「き、貴様はロリコンか変態かにゃん?」
「チッ、どっちも変態じゃねーか……それより勘違いすんなよ。これはたまたま甥っ子にプレゼントするために買っていた巫女服だ」
「ほうっ怪しいなぁ……その割には頬が赤いぞにゃん?」
我はニヤケた。
「……黙れ座れっ!」
「にゃんっ!」
巫女服着てからまた強制お座りされた。
この陰湿男め。我を犬扱いしおって、イケメンだからってこの仕打ちは許されない。
そう言えばこの男は何者だ? 我だけ名乗って馬鹿みたいじゃないか。コイツに従うなら名前を知らなくては話しにならんな。
「行くぞ」
「ちょい待つにゃ」
「ん、なんだ従魔?」
男が振り返った。『なにが従魔じゃ』ぶん殴ってやろうかと思ったが、拳を握り締めこらえた。
『うむ』偉いぞ我。
「ところで主人なら名前位名乗ったらどうにゃ?」
「……ふんっ俺が従魔ごときに名乗るかよ。たくっ無駄口叩いてないで飯食いに行くぞ」
「にゃにゃっあ、足が勝手に!」
『くっそ〜』あくまで名乗らないつもりか。
分かった。だったらこの男のことを『コイツ』と呼ぼう。
こうして我はシャクだが、コイツと山を降りた。