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77.守護を受けた者 前編



「……ロードさん。俺、来ない方が良かったんじゃないですか?」

「来たいって言ったのはメイナード君だよね。」

「ここにきて他責ですか!?」

 視界を覆った外で、ロードとメイナードの会話が聞こえる。でも、真面目に聞いて理解をできるほど、私に余裕なんてなかった。私は今、「生きても死んでも、何処にいたとしてもどうだっていい」と思っていた自分が、形を変えて壊れていく音を聞き拾うのに必死だから。

 いやだ。帰りたくない。純粋で平和なあの目線の下に戻りたくない。私を疑ってくれる目が何一つなかったあの村へ出ていきたくない。

「……私を殺してくれない場所に戻っても、意味ないじゃない。」

 顔を手で覆った状態で、誰にも聞かせない声量で、そんな言葉が口をついた、その時だった。

 強い風が吹いた。髪全体を持ち上げるほどの強い風。私のローズレッドの長髪が空中に散らばり、宵闇に有彩色のヴェールが広がった。

 そしてそのローズレッドのヴェールに、黒い靄が隙間を縫うように風に舞った。

〔久方振りの気配がする……。〕

 黒い靄が、粒子ごとに集まって、顔から手を離して見上げても見切れないほどに大きな黒い幻が、目の前にそびえ立っていた。

黒衣(こくい)……。」

 熱に浮かされたような表情で、いつの間にか私の横に立っていた集落『スファラ』リーダー・ユーリスの声が呟いた。けれど、手の指輪が紫色の飾りであることから、これはユーリスではなく、ユーリスに扮したE班リーダー・キリアだとわかる。入れ替わったんだ。いつものように。

 キラが黒衣と呼んだその幻が、ギラリと二つの銀の光を浮かべた。その目をロードの方に向けた幻は、ユラリと布のような体を揺らした。

 黒い布の幻は、体を突き抜けた地平線と砂の光を透し、揺らめくたびに風を起こしている。吸血鬼とは明らかに違う、身動きが赦されるかなんて分かったものじゃないような、肌に刺さる威圧感を感じた。

〔いい身体は出来上がったか……トリエミア。〕

 ロードは、軽く微笑んで黒布に跪く。それから、今まで見たことの無い、冷えた笑みを黒布に向けた。

「いいえ、これからです。誰でもお好きな吸血鬼からどうぞ……黒衣。」

 私は、かつての一人の男の言葉を思い出した。

此処()はドールハウスで、吸血鬼は悪魔の傀儡なんだよ。悪魔が、身体を望んだがために造られた、いわば「容れ物」』

 C班リーダーの吸血鬼ノリス・ウォルターはあの時、書物庫で確かにそう言った。

 ……黒衣と呼ばれたあの布は、実体のない幻は、悪魔だ。

「勝手なことを言いやがって。」

 ロードを睨んだ小さな舌打ちが、吸血鬼の誰かから聞こえた。低くくぐもったロードの笑い声が、耳に静かに触れてきた。

「僕たちに気付いたんだろうね。自分達の身体がもらえる、と。」

 ロードが私に聞こえるように言う。思わず彼の顔を見ると、昔と変わらない、頼りない柔和な笑みがそこにあった。

 ふわりと、風が吹く。

〔……細い身体の方が有利か。〕

 悪魔の声が、波を生む。ロードが真剣な顔つきに変わる。

 実体のない目が見ていたのは、私だった。

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