64.むかしばなし 前編
ひたすら肉体的な疲労と痛みに耐えていた頃の記憶は、明瞭には思い出せない。
けれど、俺の奴隷としての生活が終わった日、彼女と出会えた日のことは、よく覚えている。
それは、日が照りつづけていた夏の日のことだった。
『こんな奴、市場に出して売れるかよ?』
『まあ、見た目だけはいいからな。労働力にはならんくても、美人に飢えてる野郎共にはいい餌かもしんねぇよ?』
『怪我だらけでひょろっちくて、湯浴びもまともにしてねえボロガキがねぇ……。蓼食い虫探しでもする気なのか?』
『ひでぇ言い草。まあ、他の資材の横に値札貼って並べときゃ、誰かの目につくだろ。』
その夏の日に、俺は今までさせられていた危険鉱山での仕事を辞めるよう指示され、次の場所へ売られるため、首に鎖を繋がれた状態で歩かされていた。
労働による過労と、夏の暑さの中、水も飲ませてもらえない状態で、俺はとっくに歩ける限界を超えていた。でも、歩かないと首が締まるから、歩かないわけにはいかなかった。
……奴隷の存在は今でも、田舎に行けば珍しくも何ともない。俺が産まれる数年前に新国王が奴隷制を禁じたはずだけど、未だ全て払拭された、『過ぎた問題』にはなっていないのが現状だ。
『ほーらガキ、もっと速く歩けよ。荷物もちゃんと持ちやがれ。床に引き摺るな。』
体が痛い。暑いのに寒い。頭が痛い。気分が悪い。力が入らない。
寝る間もなく働いて、夜明けまで偉ぶった大人たちのストレス解消で殴られ続けて。もう、話を聞けるような状態じゃなかった。
『っぐ、ぇっ、げぇ、げほ……っ。』
『……うわ、マジかよ、吐きやがったんだけどこのガキ。』
『あー、もう交易地だし、このあたりで広げようぜ。吐いたもんには砂でもかけとけよ、小僧。』
首にかけられたチェーンを引っ張られ、太陽で焼けた砂上に倒される。身体に走る火傷の痛みと、脱水が原因の具合の悪さで、俺は売られる前に死を悟った。
父さんも母さんも、目の前で死んでいったっけ。ごめんねと謝られたけど、俺は二人に謝ってほしいなんて一度も思ったことないのに。
……そろそろ、二人に会えるかもしれない。二人だけじゃない、どこに行ったのか分からなくなった仲間たちも、もしかしたらいるのかも。……死んでるなんて思いたくないけど、きっとそうだろうから。
倒れたまま、荒くなっていく自分の呼吸音を聞いた。気分が悪くなってまた吐いたことに、俺に値札をつけた男は『またかよ、汚えな』と言っただけだった。
もう、いいかな。いっそ早く殺してくれ。目を閉じて、眠って、そのまま死んでしまえたらいい。もう一度これを繰り返すなんて、もう嫌だ。
幸せなんて少しもなかったから、せめて次生まれ変わることがあったら、今度はこんな目に遭わない生き方をさせてほしい。
そう願って、ゆっくりと俺は目を閉じる。もう期待なんてしない。このまま、ゆっくりと気を失ってしまえたらいい__。
『ねぇ、お兄さんたち。そこの子、私にはいくらで譲ってくれる?』




