61.硝子の鈴
『ねえ、母さん。まだなの?』
『まだよ、アナリー。少し落ち着きなさいな。』
ねぇ、母さん。おうちに、これからいっしょにすむ男の子が来るんでしょ?お勉強しに来るんだって、おしえてくれたの。
『おともだちになれるかな?』
『お兄ちゃんはきっと、アナリーのおともだちになってくれるわ。』
母さんが、ほらごらんなさいってゆびをさすから。わたしは窓から体を出して、とおくを見るの。
『メイナード、これからいっしょにすむお兄ちゃんだよ!』
クラゲみたいな鈴がついている大きなカバンを持った、くろいかみのけの男の子。ちょっと、きんちょうしたかおで、ゆっくりあるいてくる。
『どんなお兄ちゃんかな……!?』
すこし上に目を上げて、ふんわりと笑ってくれた。
これからなかよくなれるんだって、わたし、すっごくうれしかった気がしたの__。
「……夢、か。」
幼い頃、ユートと初めて出会った日の記憶。大したことがあったわけではないけれど、当時の私にとって、ユートに出会ったあの日は、輝かしくて仕方がなかった。
「愚かな……ものだわ……。」
もういなくなったと思っていた。本物だと思ってしまったら、また忘れられなくなるじゃない。
生きていたのならいい。けれど、あの場にいたのが本物だったら……。
「まさか……吸血鬼になっているかもしれないだなんて。」
なんの救いにもならない可能性の数々に、私はそっと溜息を吐いた。
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「サムス、そこにいたんですか。」
「……っあ、うん。」
同じD班のムーサ・ナリジアに声をかけられて、ぼく……サムス・マロトは目線だけを投げて応えた。そのままぽつりと呟いた声は、なんとも情けないものだった。
「あの人も、面倒がらずに……、よくやるものだよ。」
薬品棚の前の作業机の椅子に腰を下ろしたぼくの手には、一通の手紙がある。先日、A班のエリエ・マイゼルと共に交流会に行ったメルテさんから、渡されたものだ。
丁寧で線の細い、あの人の文字。文字がブレないインクの滲み方からも、文字を書くことに慣れているのだろうと理解できる。
「お返事書かず、何年溜めているんですか。」
「……さあ?ざっと見積もって三百年?」
ナリジアの、何をしているんだとでも言いたげな視線が痛い。でも、そのまま白を切ると、ナリジアはふうと小さく息をついた。
「そんな態度でも気にかけてくれているだなんて、それだけ、大事にされているんじゃないんですか?」
普段、誰に対しても優しい貴方が、彼にだけはツンケンした態度を取っているのも面白いですけどね、と彼が笑う。
「サムスは人を気遣える心構えがありますし、まず人の意見を受け入れてから話を展開していこうとする冷静さや、その場での適正な判断ができるといった順応性もあります。知識欲も人一倍ですし、探究心もある。そんなに素晴らしい貴方でも、子供のような顔を見せられるのは、師匠さんだけなんじゃないですか?」
「……確かに、そうかもしれないね。」
崇拝癖があり、直ぐに人を褒めだすナリジアの言葉に、敢えて深くは触れず流した。
そしてそのまま、師匠からの手紙を、封を切らずに机の上に投げた。
「……読むことすらしないんですか?」
「読、まないよ。どうせ、何ら変わりないことしか書いてないんだろう……から。きっと。」
少しむくれるようなナリジアの顔が、なんだか少しおかしく見えた。
「……それに、まだ、叶えてないからね。」
そう。僕には、師匠と交わした約束がある。それを果たせていない今、師匠からの手紙は返事はおろか、読むことすら憚られるのだ。
例えそれが、ただひたすらに僕を想って書いてくれたものであったとしても。
「……馬鹿真面目ですね、貴方。」
「そ、そっちこそ、素が出てきてるよ!」
彼の耳元で、黒いピアスが目に刺さるほど強く、ギラリと光った。
「そりゃ、そうでしょう。貴方しかこの場にいないのだから。」
___今更、何を取り繕う必要があるんですか。
彼は、ナリジア自身を嘲笑するようにその言葉を吐き捨てた。
獣の遠吠えが痛い夜の中、より長く生きてきた二人の間には、何とも言い難い空気が流れていた。
本作をご覧いただきありがとうございます。水浦です。
ご挨拶が遅れてしまいまいたが、本年もよろしくお願いいたします。
さて、やっと再開することが出来ました。これより以前と同様のペースで投稿……できるといいな……できるかな……。危うい所ではございますが、頑張ってまいりますので温かく見守っていただけると嬉しいです。
いきなり話に出てきやがりましたセドリックもどきとユート君、これからちょこちょこ出てきます。因みにユート君、元は日本人設定でした(クラゲのような鈴は、風鈴をイメージして頂ければと思います)。ですが、あまりに世界線がファンタジーなので、存在していない世界に実在する国をぶち込むのはおかしい!と、彼も完全架空の存在になりました。今の所あまり特徴がないセドリックもどきとユート君ですが、これから活躍してくれることを祈るばかりです。
またこれからも、よろしくお願いします!




