60.『フィッセル』の情報なんて
「失礼するわ。」
エリエとともに、交流会から『スファラ』に帰ってきた私は、すぐさまC班の扉を叩いて、返事が聞こえる前に開けた。
開けて一番に目に入ったのは、着替え途中だったのか上裸のウィリアン・ネーロだったりするのだけれど、目当てのノリス・ウォルターを見つけると、私は手招いた。
「急にどうしたのぉ、アナリー?ボクに何か用事みたいだねぇ。」
のんびりとした喋り方の彼を部屋から連れ出して、空き部屋に彼と私の二人になった。
「いや、ホントどうしたの、いきなり……。」
「貴方は、ユート・シァーナという男を知らない?」
「え?」
彼の襟元を掴んみ、顔を近づけてそう言うと、ノリスの目が点になった。何の話だと眉毛を寄せると、簡単な動作で首を傾げた。
「いや、知らない……。」
「じゃあ、集落『フィッセル』のセドリック・アイリーンの情報を教えてくれない?詳しくなくていい、断片的なものでいいの。」
焦燥が自分の声に滲んでいることだけが、嫌に冷静に理解できる。端から見たら、私はひどく滑稽だろう。けれど、確かめずにはいられなかった。
セドリックと名乗った男に、私は見覚えがあった。そしてその面影は、ユート・シァーナという若い男のものと酷似していた。
ユートは、私たちの村へふらりとやってきて、村へ文化を学びにやってきた……言わば、ホームステイで勉学に励む異国の青年だった。
私の家にホームステイをしていたユートは、随分と年下の私にも、義弟メイナードにも、実弟と実妹の二人にも、そして私の両親や祖父にも、穏やかに接してくれていた。ある日突然帰ってこなくなり、そのまま行方不明となっていたのだ。
交流会で見た男は、大人びていて落ち着いた印象があった。ユートがいなくなった年月を考えれば、歳を取るのは当然のこと。
吸血鬼としてあの場にいた理由はわからないけれど、あれは他人とするには、あまりにもユートに似すぎていた。
ノリスの言葉を待っていると、彼はぱちりと瞬きをしてから小さく息を吸った。
「……『フィッセル』の情報なんて、何一つも持ってないよ?出向くことなんてほとんど無いんだから。」
私の手をそっと包んで自分と離したノリスの声が、淡々と響く。少し驚き、戸惑ったような彼の顔は、なんだか不思議だった。
私の声が、不器用に震える。
「この間、すべての吸血鬼の情報を持っているって……。」
「『スファラ』の、吸血鬼だよ。他の城の話は知りようもないからねぇ。そもそも、あんな物をいくつも手に入れるなんて、心労がとんでもないことになりそう。」
だから、持ってない。ノリスは、申し訳なさそうに笑いながら言った。
「というか、セドリックって、確かもう死んでるでしょ?死人の墓は掘らないほうが身のためだよぉ。」
ノリスの言うことは、尤もだ。人の墓は荒らさないほうがいい。私たちの家の中では、ユートも既に死んだことになっていた。この世に生きていて、帰ってきたのならそれは奇跡だと。
「そう、ね。気にしないほうがいいわね。ごめんなさい。迷惑掛けたわ。」
「ボクは気にしないけど……。まあ、集落『フィッセル』はあまりいい噂を聞かないから、身を守るためならあまり関わらないほうがいいかもしれないねぇ。」
穏やかに、ノリスが笑う。彼にそっと微笑んで、私は彼とともに部屋をあとにした。




