50.リング:狼の横顔
硝子の瓶と、鈍色の匙がぶつかり合う音で、私……リベリテ・コルトは目を覚ました。しっかりと閉められているカーテンを開ければ、まだ光が差しているであろう時間だ。
間違えてカーテンに手をかけてしまえば、私たち吸血鬼は日差しで大きな怪我を負う。それによって死ぬことも、決してありえない話ではない。
部屋で眠るゴウとムーサを起こさぬようにベッドを抜け出る。サイドテーブルに手を伸ばしても何も載っていないことを理解し、ため息を一つ零した。
天蓋をどけて部屋を見回すと、薬品棚の隣に設置されている簡易的な椅子に座る男の華奢な背が目に入った。
「……いつもその音に起こされる。」
嫌味めいた言い方をしてやると、男は驚く素振りもなく振り返る。目の前の男の顔には、なぜか私が普段使う眼鏡が掛けられてあった。
「そ、そんなに早くない、でしょ?ちゃんと、寝て、るんだよ……?」
「それは知っている。」
目の前の男……D班リーダーのサムス・マロトが、弱そうながらも楽しそうな笑顔を此方に向けた。華奢で、今にも折れそうなその男は、細い足で近くの椅子を引っ掛けてくると、私に向かって座るよう促した。
「また薬を頼まれたのか?」
医療技術を持つサムスの元、私たちD班は集落『スファラ』の健康管理を担っている。その長であるサムスは、何かと他の吸血鬼からの要望を受けることが多い。気が弱い性格も相まって、頼まれると断れない性分なのだ。
だからこそ、また厄介事を持ち込まれたのかと不安になったが、サムスは緩く左右に首を振った。
「ち、違うよ、これは備えに。その……、怪我用の薬とか、よく入用になる道具とか。」
事前に予測し、備えて動く。それがなんとも彼らしい。サムスのその行動に一つ笑みを落とすと、私も一つ、小瓶に手を伸ばした。
「私にもやらせてくれ。お前一人がやるものでもないだろう。」
サムスは、私のいつも通りの行動に、驚くことをせず頷いた。
「助かるよ。……ありがとう、リベリテ。」
別にいい、と素っ気なく返しそうになり、慌ててそれを飲み込む。自分の指には、遠くを睨みつける狼の横顔が飾りとなった、緑の装飾の指輪が光っている。それはサムスのものと対になり、向き合って嵌められていた。
「相棒だからな、これくらいなんてこともない。」
他の二人が起きていたら、確実に言わないであろう言葉。でも、今の二人だからこそ良いだろうと、敢えて言葉を口にした。
「……うん。そうだね。相棒だ。」
C班のノリス・ウォルター曰く、特別な関係値を約束されていた私たち二人。それが今実ったのだと示すように、鼻が触れ合いそうな二匹の狼がきらりと緑に光った気がした。
それに少し照れくさくなって、サムスに頭を預けてみる。私から奪っていた眼鏡をようやく外したサムスは、私にそれを器用な手つきで掛けると、同じように頭を預けてきた。
「リベリテ、今日……は、甘えたさん、なの?」
「……うるさい。別にいいだろう。」
おずおずと、けれどからかうようなサムスの声に反論すると、ふっと笑ったサムスが頭をより一層擦り寄せてくる。
「いいよ。ぼくは嬉しい、から。」
ボリュームを抑えた甘い声、ベビーピンクと黒の甘い髪、女物の甘い香り。それら全てが抵抗なく、『彼』として入ってきて、この人は間違いなく自分の大切な人だとより実感していく。
「……このまま、夜まで、こうしていようか。」
鈍色の匙が、小瓶にぶつかる高い音。その音を覚えている吸血鬼は、きっと他にいないだろう。




