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49.壊された鏡と憎悪


「ただいまぁ……。__ああ。」

 光の筋ひとつ見えない部屋に戻ると、その場は惨状だった。

 ボク……ノリス・ウォルターが指揮を執っているC班にとっては慣れた光景でも、他の者が見たら腰を抜かすはず。これを「頭が可笑しい連中」で片付けてしまえたら、どんなに良かったか。

 普段はどこか遠くを見てひとり静かに微睡んでいるコルリ・メッセが、真っ直ぐに落ちた空色の髪を振り乱して、ホリゾンブルーの虹彩を不安定に揺らしながら、彼の私物である大きな鎌を振りかざしていた。

 鎌を向けられている男は、普段は無表情ばかりの口元を今だけは歪めて、素手でその刃を受けていた。

 ふわりとうねるネイビーのハーフアップの髪が今はひどく乱れて、ホリゾンブルーの虹彩はコルリを通してどこか遠くを見つめている。

「……ウィリアン。」

 届かないとは分かり切っているけど、堪らなくなって男の名を呼ぶ。当然ともいえようか、ウィリアン・ネーロは僅かたりとも反応を示さなかった。

 ウィリアンと、コルリ。どちらも同じ瞳を持ったが運の尽き。ウィリアンの目はこの状況を楽しんでいる節さえあるのに、コルリは何処までも絶望に落ちたような瞳をしていた。

 水平線を色づける、柔い青。ボクはそれを目に映したことは一度も無いけれど。彼らの目を見ていたら、ただひたすらに美しいものだということが痛いほど分かるのに。

「……どうして、こうなったのかなぁ。」

「いつもと同じさ。ウィリアンがコルリを煽っただけだよ。」

 誰に聞かせるでもないボクの呟きに、四人目のC班メンバー、フュラオ・ミオニが応えた。美麗なライラックの虹彩が、呆れたように二人を眺めていた。

「そっかぁ……。」

 二人の歪な関係性は、もうずっと昔から変わっていない。諦めるほかないのだと思い知らされるようなこの攻防には、ボクもフュラオも、きっとコルリやウィリアンも辟易しているだろう。

 それでも、ずっと変わっていない。ウィリアンを憎むコルリと、そんなコルリの感情に火を点けるウィリアンは、ずっとそれを繰り返している。

「殺してやる……。」

 悲鳴にも近いコルリの声を合図に、ボクは未だ鮮血が飛び散りあう二人の間に割って入った。


 ひどく荒れたこの部屋で何をする気も起きなくて、取り敢えず二人を引き剥がした。涙を流して、形容できない声を吐き出すコルリをフュラオに任せて、冷めやらぬ興奮を湛えたような、この場にはそぐわない感情を滲ませる目をしたウィリアンを落ち着かせた。

 彼の左手の中指に、三日月を模った水色の飾りが映える指輪が着いているのを目に捉え、酷く空しくなる。

 鋭く割れた鏡の破片に映る自分の姿がひどくやつれていることに気付いて、こっそりと鏡の中の自分に向かって微笑んだ。その笑顔すらボロボロなのは、もう構っていられない。

 昔一度、ウィリアンが人間界とボクらの世界をつなぐ鏡を壊したことがあったなぁ。城の主に向かって、ボクが頭を下げたことがあったっけ。

 対角線上の部屋の隅で、コルリが存在しない右腕を掴みながら泣いている。顔にかかる彼の髪を除けてやりながら、フュラオも自身の銀髪を揺らしていた。


「いつ終わるのかなぁ、これ……。」


 限りなく本音が混じった言葉が、意識しないまま零れ落ちていた。

 

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