45.悪魔の呪いは指輪の裏に Ⅳ
最初に提示されていた問題というのは、ノリスが深くまで知っている……いや、知りすぎている理由だったらしい。
強姦の噂話から回ったとしても、スイレイが想いを寄せる相手や、表向きは消息不明となっている男の正体がわかるのかしら?
しかも彼は、知っていることを隠そうとした。
「……私は、スイレイ・クランナが無理やり掴んだ、貴方の弱みを知ることになるのね。」
「やっぱり聡いよ、アナリー。」
ノリスは両手を上げると、困ったように笑った。それから、開いたままだった本を、パラパラと捲りはじめた。
「あった。」
一本の麻縄で通して結ばれただけの、古びて虫に食われた紙の束。それがざっと二十枚。
普通であれば大したことのない、そこらにありふれたものなのだろうけれど、なんだか途轍もなく重要な書類に見える。
彼が持ち上げただけでパラパラと崩れるそれを、ノリスはそっと開いた。
「わ……っ!」
中には、薄い線で描かれた人の姿と、説明文献のような文字の羅列が書かれていた。それはまるで、何かの取扱説明書のようだ。
「……これは、『スファラ』の全吸血鬼のデータだよ。」
悪魔に返さなきゃいけないんだけど、こっそり持ったままなんだよねぇ、なんて笑いながら、ペラリペラリと捲る手を止めない。赤褐色の紙の吸血鬼の絵が見えたところで、彼は漸く手を止めた。
「見てみる?これがボクのやつだよぉ。」
はい、と渡されたので、それを覗き込んでみることにした。
○○○○○○○○○○○○○○○
【ウォルター】
・配属集落→集落『スファラ』(監督:ビディ)
・ファストネーム→ノリス
・配属班→C
・生月より一万二千七百七十九の月を生きる。
・登録日→一月十六日
・身長→百七十九センチメートル。
・『カリエードS』投与済。
・悪魔との契約を主に担う。
○○○○○○○○○○○○○○○
上記は、ほんの一部だ。細かく、本当に細かく記されたそれは、ウォルターという個体の情報のみならず、彼自身の趣向や好みすらも明確に示されていた。
「苗字で登録されているのね。」
「ファストネームはリーダーからもらうんだよぉ。ユーリスがボクだけにくれた、ノリスって名前、気に入ってるんだぁ。」
本当に楽しそうに、彼は目を細めて笑った。偽っているようには見えなくて、本当に嬉しそうにしている。
年齢はこれ……、十二で割って千六十四歳、か。
「意外とおじいちゃんなのね……。」
私の呟きに、ノリスが事も無げに頷いた。
「うん、みんなの中でも長寿な方だよぉ。キラはボクより三十四、年上なの。」
……キラのが年上なのか。前の私だったら驚いていたのだろうけど、今となっては容易に納得できる。てか、その年齢幅って、少ないっていうことでいいの?
「……で、カリエードS?ってなに?」
「ボクらは被検体だからねぇ、悪魔がボクらに投与した薬品名だよ。特別な変化は見られなかったみたいだけど。」
私は、わからないことを矢継ぎ早にノリスに質問していった。彼は、一つ一つに懇切丁寧に答えてくれた……って、ちょっと待て。
「被検体っ!?」
「被検体というか、実験モデルというか……。まあ、お人形だねぇ。」
言ったでしょ、と、ノリスが笑う。
「此処はドールハウスで、吸血鬼は悪魔の傀儡なんだよ。悪魔が、身体を望んだがために造られた、いわば『容れ物』。……ボクらの主は、悪魔共だ。」
ノリスが、続ける。
「ボクらには、肉体の衰弱による死……つまり、寿命がない。その代わり、悪魔の気紛れ一つで、簡単に体を乗っ取られることだってある。悪魔は、吸血鬼の自我を殺して体を乗っ取り、肉体としての存在を得る。生きるも死ぬも、全てが悪魔の気紛れなんだ。」
彼の声が、あまりにあっけらかんとしているから、その様子に鳥肌が立つ。
……悪魔の肉体が欲しかったのなら、どうして、吸血鬼に自我を持たせたのだろう。心を抱いた吸血鬼から体を乗っ取るなんて、あまりに残酷だとは思わなかったのか。
いや、そう考えないから、悪魔なのか。
「……とまあ、こんな感じで、吸血鬼皆のデータを、ボクは持ってる。本に挟んではいるけど、この本を手に取るやつは誰もいないから、ボクしか中身を知らない。」
ノリスは、紙束をひらりと揺らすと、私と目を合わせた。
「これこそが、ボクの弱み。……本来返さなきゃならないデータを持ち出して、すべてを知っておきながら、助けなかったこと。」
悪者ぶるような響きが、耳に触れた。




