43.悪魔の呪いは指輪の裏に Ⅱ
まだ、誰も起きていない時間、私はノリスに連れられ、城の中を歩いていた。
青かった空が今や、恥じて顔を染めているのは、刹那に蓋切られた夜半の情事のせいだろうか。……なんて、馬鹿なことを考えてしまう。
キィ、とドアを開ける音が背後から聞こえた気がするけれど、後ろを一瞥したノリスがふ、と微笑むのみで、言葉は交わされなかった。
振り返るタイミングも逃したので、このまま気付かないふりをした。顔を洗いに、早起きの誰かが起きたのだろう。
城の最上階まで移動すると、何やら大きな部屋が現れた。何をする部屋か分からず、入ったことのない場所だ。
「これから話す内容は、他の皆には秘密にしてねぇ。」
「秘密にしたい話なら、人に話すのやめておきなさいよ。」
暗に「何が起こっても知らないぞ」と、責任を放棄する姿勢を見せると、ノリスは「えぇ?」と笑った。
「……信じるべきか否かの判別くらいつくよ。何百年、『スファラ』を守ってると思うの。」
守っている、とはどういうことだろうか。
それぞれの班のリーダーには、それぞれ何かしら、抱えているものがあるのかもしれない。
A班リーダーのユーリス・ビディは、同胞を恐れる人間たちとのすれ違いに苦しんでいたし、E班のキリア・トビニッツは、己を偽ることで守っていた。
城の中でも、C班は特に変人揃いと言われている。そして、そこを統べるノリス・ウォルターは、驚異的なカリスマ性のほかに、まだ何か隠し持っているのか。
ノリスが、ドアを開いた。すると、そこに並んでいたのは、気が遠くなるほど大量に並べられた書物たちだった。
「アナリーは入るの初めて?書物庫。」
「ええ、そうね……。」
如何せん、文字を読むのに時間がかかるのでね。嫌いじゃないけど、あまり読まない。
ノリスは、迷うことなく奥の本棚へと移動すると、何やら厚い本を一冊手にとって、長方形のテーブルに置いた。
「お隣おいでぇ?」
ぺしぺしと、座った隣の椅子を叩かれる。大人しく横に腰を下ろすと、綺麗に整った横顔が見えた。
いつの間に用意していたのか、硝子のペンとインクに手を伸ばしたノリスは、適当な紙をペラリと一枚引っ張った。
「とりあえず、悪魔の話をしないと何も始まらないから、そこから始めるねぇ。」
特に利益にもならないだろうに、楽しそう。商売のみならず、お喋りも好きなのか。
硝子ペンを器用に動かして、大きな布のような絵を描き進めていくノリス。その布は風に揺蕩うように、揺らめいているのが見えた。
そして、そこから少し離れた場所に、小さく建物を描く。簡易的にはなっているけれど、これは城だ。
「……呪いの話をするには、悪魔無しに語れない。まず、悪魔に関して知っていることはある?」
穏やかで、慈愛すら滲ませる問いかけ方に、私は頷くことも頭を振る事もできぬまま応えた。
「吸血鬼を生み出した存在だと、聞いたわ。」
「うん。正解。」
ノリスは輪郭のない声でつぶやく。
「悪魔が、ボクらを生み出し、今も管理している。ボクらは、この世界に閉じ込められているんだよ。」
光の消えた目で、薄く笑う、吸血鬼。
彼の手の上に、操り糸が見えた気がした。




