39.本物の剣豪
強く吹き荒れる風が、冬の訪れを伝えてくる。緑が力無く伏せたこの村に、風花が舞う日も近いだろう。
季節の変わり目は、体調管理が難しい。決して例外ではなく、俺……メイナード・メルテも、近頃は体を壊して寝込んでいるばかりだ。
「メイナードくん、そこの皿は下げて良いかい?」
控えめなノックのあと、この家の家主であるボリスさんが、優しい声で俺に尋ねてくれた。横になったまま頷くと、ボリスさんはそっと俺の頭に手を置いて柔らかく微笑んでから、新しくコップに注いだ水を、皿と引き換えに置いて出ていった。
ボリスさんも、その奥さんのクララさんも、幼い彼らの娘息子も、とても温かい人たちだ。血の繋がりのない俺のことも、家族の一員として接してくれている。
俺は元々、遠方から盥回しにされてきた奴隷だった。高貴な御人のみならず、平民すらもやりたがらないような仕事を、否応なしにさせられていた。それなのに満足に食べることもできず、仲間はほとんど、どこに行ったのか分からない状態だ。
此処から少し離れたトコル村という場所で、今はいない義姉に拾われた。義姉さんが、売り手の横で倒れ込んでいた俺を見つけて、助けてあげたいとボリスさんに訴えてくれたのだ。
……義姉は、俺にとっての全てだ。それは今も変わらないし、義姉に出会う前の俺がどのように生きていたか、ハッキリとは思い出せない。
だからこそ、誰よりも救いたかった。化け物の犠牲になるなど、耐えられなかった。俺が剣の練習を続けてきたのは、他でもない、あの人の為だったというのに。
けど義姉さんは、それを拒んで、化け物の贄になることを受け入れた。
『それに……、貴方なら、分かるでしょう?』
去る間際、義姉さんが言った言葉。きっとあれの意味を理解しているのは、俺だけだ。
俺は、あたたかく笑う彼女が何より大事だった。凛としたあの背を想う時間が、何より大切だった。
誰よりも、あの人のことが好きだったし、好きだ。
貴方なら分かる、なんてずるい言葉だけを残して。あの人は、最後まで美しく散っていった。ロードさんにブラフをかけたら、まさか本当に生きているとは思わなかったけど。
それが本当なら、俺に彼女を諦める理由はない。俺がなんでもするから、彼女には笑って生きていて欲しい。
乱暴に、ドアを叩く音がする。きっと、義姉さんを連れて帰ってこられなかった、あの男だろう。他人のはずなのに、身内面をして侵入してくる、あの男。
俺は、あの人に笑って生きていてほしいと願った。
でも、あのままだとそれが叶わないというのなら、笑うことはできないと、彼女が感じたというのなら。
俺は貴女がいきたい道をいってくれと、そう言うつもりだった。
……それを口に出来ていれば、少しは違ったのだろうか。
チラリと、壁に掛けられた二枚のタペストリーを見る。ピンクの物と、ライムグリーンのそれには、王宮の紋章が両方に大きく描かれていた。
「本物の剣豪は、もういないんだよ。俺なんかじゃ、あの人の横にも並べない……。」
乱暴なノックの音が、更に力を強めた。あと五秒で、ドアはこじ開けられるだろう。激しいノックの音を聞きながら、でもそれはどうでもいいと思い直して、俺はピンクのタペストリーに書かれた名前を改めて見た。
『剣豪カルファリア・パレスリー』
もう此処にはいない、国の奇跡と呼ばれた剣姫の名が、ひどく虚しく見えた。
本作をご覧頂きありがとうございます。水浦です。
さてさて、そろそろ吸血鬼共の詳細を語りたいところなのですが、私のプライベートが忙しくなってきたので、身勝手な話とはなりますが、急激に投稿頻度が落ちると思います。およそ一年ほどなので、それさえ終わればまた元に戻ると思います。本当にすみません……。
遅くはなりますが、完全に止まることが無いように努めます!
また、プロフィールは更新しませんが、準備期間に入ります。




