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37.村の剣士


 あまりにも、私は生きるのに向いていなくて。人を傷つけてなお、のうのうと生きていて。

 ……此処に来たら、殺してくれると思ってた。化け物にすべて潰されて、楽になれると思ってた。

 自分が、“被害者になれる”なんて、本気で。


○○○○○○○○○○○○○○


「お疲れ様です、アナリー。」

 そっと、A班のドアをノックする。どうぞ、という了承の代わりに、社交辞令の労いが出てくるところは、なんだか彼らしい。

「他の皆は?」

「外に出ていますよ。」

 私が尋ねると、彼は軽く微笑んで答える。

 瞬きをすると、スイレイ・クランナの、シアンの髪が目に映った。桃色の瞳と、物腰柔らかなその笑顔。その顔は、ユーリスに迫っていたときのそれとは結びつかないほど穏やかで。

 でも、さっき、此方を見ていた時の彼の目は、蛇の様だった。痛く、冷たい、大蛇の目。他の皆の反応からも、彼は少し違うのだと思うし、私がピアスを貰った時の言動からも、あまり人を好いていないように感じた。

「アナリー。」

 そっと呟いたスイレイは、穏やかに私の目を見遣る。それなのに抉るような力強さが垣間見えて、改めて、目の前の彼は人間とは違うことを悟る。

 スイレイの表情は、微かに歪められていった。悦に入ったような表情で、夢に浮かされているように。

 彼が、口を、開く。

「……【赤薔薇(レッド・ローズ)】」

 スイレイの声に、氷が横たわった。冷たく痛い響きが、首を打つように絞めかかってきた。

 魔法の、呪文……?赤い、薔薇って、どういうことなの……。

 別に、何かされているわけじゃない。それなのに、私は指先すらも、意図的に動かすことが出来なかった。目線はしっかりとスイレイの方を向いていて、彼が瞬きをする瞬間じゃないと、呼吸すら許されないような気がした。

「……アナリー。一つ、貴女に伺いたいことがあります。」

「なに……?」

 声が、擦れている。なにか、とてつもなく嫌な感情が自分の胸を、脳を、つまり心を煽ったのが分かった。

 スイレイが、私にそっと近づいてくる。彼の細くて白い、けれど骨ばっている華奢な手が、私の方に触れ、首に触れ、そして頬をなぞる。

 その触れ方が、ユーリスに向けたものと似ていた気がした。淫猥で狡猾で、そのくせ何故だか無垢に感じる触れ方だった。

 一瞬にして、背筋が凍る。それなのにあまりに純粋だから、拒むにも拒めない。

 彼が、口を、開く。

「……“カルファリア・パレスリー”。」

 !!

「どなたのことですか?」

 悪気があるのか、それともないのか。スイレイは、ただ歌うように軽やかに、そう言った。

 どう答えればいい?

 ……ロードだ。彼のせいだ。あの時、ロードが口に出してきたから。

 その名前を、その姿を、他人に突き付けられたくなかった。自分一人で忘れられるわけがないから、自分の罪として、その名を自分の中でだけ、とどめておこうと思っていたのに。

「……だれで、しょうね。」

「では、貴女が『姫』と呼ばれていた理由は?」

「……っ!」

 そこまで突いてくるなんて。……どうして。

「構わないで。その呼ばれ方、嫌いなのよ。」

「村中の人間が、貴女の美しさに充てられたのでしょうか?」

「絶対に違う。これ以上、その話をするのはやめて頂戴!」

 楽しんでいるような彼の顔に、怖気立つ。純粋で無垢な残酷さが見えた。

 人の本質そのままに生きたら、あまりに純粋に終わるんだろう。そしてそれは、あまりにも残酷な生き方を意味する。

「かわいらしい呼び名じゃないですか?」

「人が嫌だと言ったものを繰り返さないで。」

「優しい色合いのお洋服がお好きなら、それこそお姫様のようではないですか。」

「服の好みと関係ないでしょ?」

「カルファリア・パレスリーさんという方はお知り合いで?」

「だから、だから口にするなと……!」

 収集なんて、つきそうになかった。彼の疑問に、私はただ首を振るばかりで。

 思い出したくない。考えたくない。もう、忘れることもできないような話だと言うのに。忘れられないからこそ、意識したく、ないのに。

「……そういえば、こんな噂を聞いたことがあります。国王すらも実力を認めた、剣士が村にいるのだと。」

 幼子に聞かせるように、ゆったりと。それに心を抉られるようで、改めて自分の汚れ具合を思い知った。

 痛々しいほどに、愚かなほどに、彼は純粋なのだと思う。だからこそ、人が拒否することを、平気で口走る。

「その剣士の名が、確か……。」

 ……“カルファリア・パレスリー”と。

 

 唇が触れてしまいそうなほど近くで、大嫌いなその言葉を聞いたあと、私はなにも考えられなくなった。

 彼に唇を奪われようと、どうでもよかった。

 ただ、その名前が大嫌いだった。

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