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36.大輪の乙女


 リベリテ・コルトは、私に対して口を開かない。どう切り出せばいいのか分からないようで、目線を泳がせて逡巡している。

 でも、やがて覚悟を決めたようで、眉をキリッと寄せると、私の胸を人差し指で突いた。

「落とした剣を、見た。……白地に薔薇が描かれた、ロングソード。」

 ドクンと、身体の血がすべて怯えたのがわかった。理解するのを拒否しようとしているみたいだけど、そんなことがうまくいくはずない。

「……そう。」

 だからどうした。何に勘付いた。何を理解した?

 身体は、硬直するばかり。何処にも目線を動かせなくなって、彼の眼鏡の輪郭を視線でなぞるだけ。

 リベリテは、私と目を合わせた。人に関心がないと言われている彼だから、人との付き合いは得意ではないのかもしれないけれど、それでも私と目を合わせてきた。


「……柄にあった、あの紋章。あれは、本物か?」


 ああ、悟ったのか、彼は。

 私が、隠すつもりでいた話。一生背負うと決めた、私の罪。そのくせあまりにも重すぎた、振り払えない、責任を。

「……本物よ。」

「……そうか。」

 短い、やり取りだった。それだけで、彼はすべてを理解したように頷いた。

「なら、あの日の素早さも、辻褄が合うな。……お前の顔があまりに不愉快そうだから、これ以上は口にするのをやめておく。」

「そうして頂戴。他の人には誰にも話さないで。」

 リベリテは、一歩ずつ下がっていく。それから、しっかりと頷くと、くるりと背を向けた。

「誇っていいことだと思うが、お前の望みなら、そうしよう。」

 聞き取るのもやっとというようなぼやけた声で、リベリテは言葉を返す。そのまま、彼は真っ直ぐに部屋へと帰っていった。

 ……誇っていい、こと?

 私の中には、戸惑いが渦巻いていた。

 あんな事実が、誇れるべきもののはずがない。

「もしかして、知らなかったのかしら……。」

 皆まで言わなくて、よかった。

 もし、彼が『あのこと』を知らなかったのだとしたら、不要に不安を抱かせずに済んだのだから。


○○○○○○○○○○


「……ゴウ、お前の推測通りだそうだ。」

「何が……?」

 私……リベリテ・コルトは、自分が所属するD班のメンバー、ゴウ・タイルに声をかけた。先の一件で精神的に追い詰められた彼は、薄い布団を被り、壁に寄り掛かって座り込んだまま、此方を力なく見上げた。

「アナリーの、剣。」

 それだけ言うと、ゴウは思い出したと目を見開き、それから軽く繰り返し頷いた。

「そっ、か……。そっかぁ……。」

 ゴウの頬には、仄かに赤みが差していた。穏やかなナイトクイーン(月下美人)は、薄く微笑むと、噛み締めるように目を閉じた。

 アナリーから『誰にもいうな』と言われたことを思い出したけれど、初めに気付いたのは彼なので、仕方がないと思うことにする。

「……初めて剣を見たとき、まさかと思ったの。そしたら、『姫』と呼ばれていたから。」

 やっぱり……と、ゴウは自分の手を眺めた。

「だから、彼女は素敵な人になったのかな……。」

 置いていかれるような寂寥にも、知らないことを知れた幸福感にも見えた表情を見てから、自分の椅子へ座る。

 トリエミア家の子息は言った。『カルファリア・パレスリー。その名を忘れないで』と。

 それが誰のことなのか、その人物はアナリーとどのような関係があるのか、俺には分からない。

 ただ、トリエミア家の子息が持ち出した話題に関するものは、アナリーに不快な思いをさせかねないと、先程の彼女の反応から理解した。ならば、彼女にできることは、それに触れないこと、だ。

「アナリーの剣と、『姫』という呼び名。……たったそれだけで、よく、勘づいたな。」

 私がゴウの隣に座り、目線を合わせず(私は元々、人と視線を合わせるのが得意ではない)尋ねると、彼は目の潤んだ温容のまま、輪郭の溶けた声で呟いた。

「そりゃ、分かるよ。人間の世界へ行くたびに、ずっと見てきたんだもの。……あの瞬きが羨ましかったし、憧れだったから。」

 

 ……ゴウは、私に対して、『アナリーがただの村娘ではない』という可能性の話をして来た。そうであれば、あのような瞳はしないと。何か、高貴な出の娘なのではないか、と。

 軽々しい身のこなしで、城壁から砂地に降り立って見せた。時折見せる凛とした姿は、慈愛ありつつも人の上に立つ者の風格があった。彼女の所持品の剣には、マチレ村を支配下に置く、王宮の紋章が彫られてあった。

 彼女の姿は、誰も知らない。

 もし、本当の姿を彼女が嫌っているのなら、それなら、誰も知ってはいけないのだと思う。

 知らない。だから、知ってはいけない。悟った先を、受け入れるまでに留めなければならない。

 ……そう言えば、彼は大丈夫なのだろうか。

 人の領分に土足で踏み込むあの男を、私は心で睨みつけた。

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